【個人山行】屋久島・障子岳〜永田岳北稜無雪期ソロ縦走〜

 マイナー12の最難峰、障子岳を含む永田岳北稜の無雪期単独縦走に成功した。想像していたよりも、正しく遥かに大変な縦走だった。去年の丸山岳の単独到達などは、当時の自分の精一杯なりに楽しい山行だったが、今回はそれらとは一線を画する。これを書いている今あるのは、1週間がまるで一睡の夢だったかのような非現実感と、妙な虚脱感だけである。

本記録は残しますが、基本的に他人が真似することを想定していません。また、時間記録や写真記録はほとんど残していません(時間は思い出せる範囲のざっくりしたもの)。その訳は、単純に山行中にそんな時間的、精神的余裕がなかったからです。日記とポイント解説程度ですが、ご容赦ください。

障子岳山頂

記:西田賢(2022年9月29日)


山域:屋久島・障子岳
行程:淀川登山口→永田岳→障子岳→坪切岳→吉田岳
日程:2022年9月21日〜27日(6泊7日)
山行形態:藪山登山
メンバー:4年会 西田(単独)
特記装備:水最大6L、朝夕4食、予備3食、8mm*30mロープ、7mm*10m捨て縄、120cmスリング*2、その他確保器類


◎はじめに

大学院入試が一通り終わった9月初旬、気づけば大学4年はすでに半分過ぎ、夏休みも残り1ヶ月を切っていたが、この夏にどこに行くかはとっくに決まっていた。マイナー12の最難峰、屋久島の障子岳である。永田岳からのピストンならまだしも、永田岳北稜の全縦走を目指すならとにかく時間がかかる。距離的、時間的にも気軽に行けるところではなく、落としにかかるなら今年しかないという妙な焦燥感があった。

 

障子岳を含む障子尾根は非常に険しい岩稜と激しい藪のミックス、障子西壁は数百mの垂直壁を有する大岩壁帯であり、正しく天然の要塞である。西壁のクライミング攻略を除けば、永田岳からネマチを経由してピストンするか、宮之浦川の源頭に詰めて坪切岳経由でピストンするかだが、いずれにしても10年単位で数パーティー入るかどうかと言われるほどだ。まして永田北稜の全縦走など、少なくとも記録が手に入る範囲では存在しない。ならば僕が自分でやるしかあるまい。幸い、書籍『屋久島の山岳』と昔のOB松野下さんのピストン記録のおかげで永田岳-障子岳間の攻略マップはおおよそ出来ていたし、情報提供に協力いただいた大阪ワラジの会の方のおかげで障子岳-坪切岳間も少なくとも人間がなんとか通過しうる程度の地形であることは保証されていた。

 

超大型の低速台風14号のせいで大幅に予定を後ろ倒す羽目になったが、直前に白毛門でトレをこなして、20日移動、21日入山とした。

 

◎評価と分析

あらかじめ全体の評価と分析をまとめる。具体的な行動記録も参照してもらいたい。


障子岳まではⅠ峰〜Ⅻ峰から成る

・永田岳-障子岳

障子岳までの難しさを語るなら、「ルート取りの難しさ」とまとめる。それは、複雑かつ険しい地形、視界を遮るガスと藪の濃さを必然的に含む。障子尾根前半は、地形図を見れば一目瞭然なように、というか実際にはその数倍、谷と尾根と岩壁が複雑に入り組んだ地形をしている。だから例え現在地を正確に把握していても、次の数mどのようなルート取りをすればいいかは全く非自明である。普段なら自由に動き回ってルートを探すが、濃いガスが常に視界を塞ぐし、藪や岩壁でそもそも自由に身動きが取れないのである。特に3日目から5日目にかけて通過したⅩ峰〜Ⅺ峰のルンゼ帯は、大岩壁に囲まれてルート不覚に陥り、正直気が気ではなかった。もちろん縦走を終えた今なら、獣道を正しく辿って、藪の苦労も懸垂の回数も最小限で、比較的楽に安全に障子岳まで到達できるだろうが、だからと言って初見でそれができたかといえば、それは全く話が別である。正直、OBの松野下さんが初見6時間で障子岳まで辿り着けているのは頭がおかしいとしか思えない。

 

そういう意味で、障子尾根前半は滑落等のリスクはあるとやはり言わざるを得ない。それと関連し、縦走用の荷物を持って永田-障子間を歩くのはピストンと比べてリスクがかなり上がると言わざるを得ない。荷物の重さと大きさは藪と岩壁で身動きが取れるかに直結するからだ。事実、ルンゼの登り返しや4日目の大高巻きは、少なくとも縦走の本ザックを背負ったままでは不可能だったというのが正直な感想だ。

 

藪としてはヤク笹と石楠花のような灌木で、特にヤク笹は永田-Ⅴ峰でかなり深く、灌木はⅨ峰からの下りをはじめとする谷筋などに密生している。笹と灌木と言っても、ヤク笹は背こそ最大で肩程度だが密度が異常に高いし、灌木は異常に高密度高強度で、正直捕まったら僕でも動けなくなるレベルである。ただし、上で少し述べたように、永田-障子間では獣道が続く「正しい」ルート取りが確かにあって、難しいけれどもそれさえ捉えられれば藪自体にはそこまで苦労しない印象である。

 

水場も、ネマチコル-坪切間に水場がないとの前情報から6L常に担いだが、Ⅸ峰下りの沢筋、ルンゼ帯などの水場は安定していそうで、少なくとも永田-障子間は水に関してシビアではないと思われた。

 

・障子岳-坪切岳

全区間で一番情報が少なく、かつ地形図上では1470mピークからの下りが全区間で最大傾斜最大落差の崖になっているという事前予測だったためかなり緊張していたが、実際にはあっさりと巻けた。また尾根も比較的明瞭で、藪も特別濃い区間があったわけではないので、疲労困憊だったことを差し引けば、特段の苦労はなく突破できる区間だと思われる。この区間の水場は坪切岳直下にしかないが、突破に時間のかかる区間ではないので、そこまで大きな問題ではないのではないか。

 

・坪切岳-吉田岳

ロープが必要な険しい地形はなく、各沢筋で比較的簡単に水が取れるのでその点は問題ないが、1072P-吉田岳間の灌木藪が激しい。この区間で撤退したネット記録では1時間250mレベルの薮とあって、坪切-吉田の全区間に渡ってそのレベルの藪を覚悟していたが、実際には坪切-1072P間はあまり苦労しなかった。それでも、1072P-吉田岳間では確かに灌木藪が激しく、場所によっては向白神の稜線くらい厄介かなと思うような場合もあった。また噂通り棘ツルがあちこちにあって、それが非常に鬱陶しかった。


 


◎行動記録

9/20(火) 0日目快晴

東京=(新幹線)=博多=(高速バス)=鹿児島港▲0

直前の台風の影響でJetstarが取れなかったので、新幹線(博多まで)+高速バスで鹿児島港まで移動する。それぞれちょうど5時間程度だが、博多までの新幹線は案の定ものすごく混んでいた。22時前には鹿児島港に着いたので、東龍という食事処でカレーを食べて、無事下山したらまた寄りますと約束してネカフェに泊まる。飛行機だと食糧だのガスだのを現地で準備しないといけないが、今回は東京で全て準備してきたのでこの点は気楽だった。

 

9/21(水) 1日目山中ではガス、曇り

鹿児島港=(フェリー)=宮之浦港=(バス)=紀元杉14:45-15:05淀川登山口-15:45淀川小屋▲1

8:30発のフェリー屋久島2で出発する。デカザックを担いだ学生らしき3人パーティーを見かけた。偶然にも27日の帰りのフェリーで再会しその際聞いたのだが、どうやら北大ワンゲルのパーティーだったらしい。想像より遥かに快適なフェリー旅を楽しんで、12:40に宮之浦港着。紀元杉に向かうバスは日に2本しかなく、乗り換え時間も10分しかないので大慌て。フェリーから宮之浦交番までダッシュしてなんとか登山届けを提出しバスに乗り込む。


フェリーから


合庁前で紀元杉行きのバスに乗り換え、ヤクザルなどを見かけながら1400m近くまで標高を上げる。縦走開始点の永田岳まで海から素直に登るとそれだけで2000m近く標高を上げる羽目になるので、体力と時間を可能な限り縦走に回すために今回は淀川登山口までは楽をする。紀元杉バス停から淀川登山口までと、そこから淀川小屋まで、合わせてちょうど1時間で着く。道は歩きやすく原始の森という感じがして少し楽しい。屋久杉とブナの違いはあれど、去年の白神を思い出していた。


小屋につくと宮之浦岳を越えて縄文杉の方へと縦走する予定の単独男性3人と、宮之浦岳ピストンのご夫婦と一緒になった。みんな東京近辺から有給を使ってきているようだ。寝るまで色々と楽しくおしゃべりし、障子尾根縦走の話をするとやはり驚かれたが、僕としては人と話していると不安が紛れるのでありがたい時間だった。

 

9/22(木) 2日目雨、ガス

淀川小屋6:25-10:00宮之浦岳-(水場25分)-11:35永田岳11:45-15:15 1750m付近▲2

夜中から嫌な音がしており、5時前に起きると外は雨が降っている。おかしい、少なくとも今日は晴れ予報だったはずだ。今日はただのアプローチに過ぎず、縦走はまだ始まってすらいなのに。いきなり装備を濡らすのは最悪だと思いながらも、ここで予備日を使うわけにはいかない。晴れ予報だった今日で山中この天気ならば、明日以降の核心地帯ではもっとシビアになる可能性があるのだ。


とりあえず日の出の6時過ぎまでは待って出発することにする。縄文杉方面に向かう3人は5時過ぎに先に出発して行った。結局天気は回復しないまま6:20分に出発。しょうがない、シビアな縦走になることはとっくに覚悟の上だ。初めは木が傘になってくれたが、限界上に出ると道は川になり、道脇の笹藪で頭から爪先まで既にずぶ濡れ。消耗しないようにとにかくゆっくり歩くが、それでも巻き気味に3時間半で宮之浦岳。ちょうど小屋で一緒だったうちの2人に追いつく。auの電波で天気予報を見せてもらってすぐに出発。分岐でお互いの無事を祈ってお別れする。


永田岳

さあいよいよ一人旅。永田岳手前の水場で6L担ぎ、藪装等を全て準備して永田岳に向かう。山頂はガッスガスで行先の尾根不明瞭。引き返せない奈落に自ら足を踏み入れていくような恐怖感があった。とにかく角度を切ってスタート。トラバース気味に鹿道を辿ろうとするが、視界がないのもあってなかなかうまく辿れない。視界があって先の尾根が見えれば、どうルート取りすればいいかが大きく描像できて、それに従って適宜鹿道を拾っていけるのだと思うが、それができなかった。早くもヤク笹と灌木の海に溺れ、その強固さに圧倒されているうちに、気づけばⅢ峰東側の深い谷にはまり稜線からは40m近く落とされていた。身動きの取れない藪と急な斜面に閉じ込められて悪戦苦闘し、脱出だけでおそらく1時間以上を消費した。


なんとか稜線に復帰してネマチ手前まで行くと、ガスが一瞬切れてネマチの大岩峰が目の前に姿を現し、圧倒される。確かに岩峰の付け根を巻くように鹿道が見え、僕は多分1740m等高線に沿う形でトラバースして巻いたと思うが、実際の巻きも決して簡単ではなくそれなりに緊張した。また、巻き切ってネマチの肩に少し下るところに大きなスラブがあって、それを避けるにはさらにかなり下の位置をトラバースしないといけなくなる。僕は結局スラブに1本走ったクラックに足をねじ込んでクライムダウンしたが、正直懸垂するか迷った。ここに限らず、障子尾根上の花崗岩のスラブは滑りやすい上にミスると谷底に真っ逆さまの場合が多いので、通過には毎回緊張する。


肩に乗り上げコルを目指して下り始めるが、相変わらず視界はなく全然下れない。風雨も強まってきたし、何より精神的に疲れ切ってしまったので、今日はもう動かないことにする。1750m付近の丸岩の足元にちょうどいいスペースを見つけたので、そこにツェルトを張って行動終了。夕飯を食ってシュラフに潜りさっさと寝てしまう。大きな不安を残す縦走初日だった。

 

9/23(火) 3日目晴れ、曇り

1750m付近 6:15-12時頃 ルンゼ入口-13時頃 ルンゼ入口に戻る-16時半頃 行動終了▲3

目を覚ましてツェルとから出ると晴れている。よかった、今日は一層地形が複雑なので昨日の視界では地獄だと心配していたのだが、とりあえずは大丈夫そうだ。ネマチコルへの下りは簡単、コルでは下の方で水の音はするが何m下れば水がとれるのかは見てないので不明。ネマチコルからⅤ峰への登り返しはヤク笹の物量に押されて鹿道を辿っても苦しい。


ここからはⅥ峰、Ⅶ峰、Ⅷ峰、Ⅸ峰と230mの岩混じりの小ピークが連続する区間で、鹿道を正確に拾えればスイスイ進めるはずだが、なかなかうまく辿れず時間がかかる。Ⅵ峰は横に並ぶ3連ピークの中央峰、丸岩が乗っかっているところからⅦ峰めがけて下れば良い。Ⅷ峰の下りでルート取りを誤り、気づいた時は崖上にいたので懸垂で降りる。この時に捨て縄を落とすという大失態をしていた(後述)


Ⅸ峰からⅩ峰手前コルまでの250mの下りが第1の核心部分だが、尾根を辿るのではなく320度の谷筋を辿るルートを選択。Ⅸ峰から谷筋に入るところは、谷筋が比較的明瞭なので迷わなかった。下り終盤までは谷筋を尾根に沿う形でうまく歩けば想定よりも安全に楽に下れたが、灌木藪も相まって時間はやはりかかる。問題は1470m付近で谷の中央から発する尾根に乗り換えないといけないポイント。尾根に乗り上げるのが早過ぎて結局崖に当たり1回懸垂、さらに降りた先がおそらく20度の沢筋のポイントだったのだが、それを元の320度の谷筋と勘違いし、GPSの表示バグも合わさって大変混乱した。最終的にはガスが切れた一瞬でⅩ峰を視界に捉えてそれを目指して正解尾根を下る。なおこの沢筋で水がとれる。コルまでは薄い。


Ⅹ峰の直登は不可能なので、コルに着くと南の谷を30m下り、Ⅹ峰南の大岩壁帯の付け根をトラバースする。トラバース自体は危険ではなく、下のイラストのルンゼ3を下るとルンゼ入口に到着する。ここは地形図で言えば30度の谷筋の1350m地点に当たり、ここから330度で稜線に並行する方向に伸びる正解のルンゼ1、今通ってきたルンゼ3、稜線に直接登り返す方向に伸びるルンゼ2の3つのルンゼが伸びている。


Ⅹ〜Ⅺ峰のルンゼ・岩壁帯を南西側から見た図

ルンゼ1の登り返しは問題ないがその先の下りが明らかに崖になっている。弱い藪しかないので捨て縄で支点工作しようとするも、なんとここで捨て縄がないことが発覚。どれだけ探しても見つからない。1回目の懸垂時に使っているので、それ以降ザックを開けた時に落としたとしか考えられない。全身から血の気がひいていくのを感じた。この先も核心は連続するので流石に捨て縄なしで突っ込んでは詰むだろう。戻って探すことを決める。なおルンゼの下り側は崖以外もかなり急になっていてザックを背負ったままでは登り返せず、空身で登ってからザックを引き上げなけなければならない始末だった。


何とかルンゼ入口に戻ってきた時にはもうヘトヘト。だが悪いことは続くもので、ルンゼ入口からⅩ峰手前コルまでのトラバースルートがどこだったか完全に見失っていた。今回はピストンではないので赤布を打ってきていないし、GPSもログを残していないのが原因である。記憶を頼りに手当たり次第いろんなルートを試すが、どこに行っても断崖に阻まれてコルに戻るルートを見つけられなかった。


諦めて明日ハ谷と合流するところまで下ってハ谷を登り返し、半日かけて落とした捨て縄を回収しにいくことにする。前に進めず、後ろにも戻れず、完全に大岩壁帯の真ん中に閉じ込められたこの日の精神状態は、今思い返してもまともではなかった。

 

9/24(金) 4日目晴れ、曇り

ルンゼ入口6:15-9時頃 Ⅹ峰手前コル-16時頃 ルンゼ入口に戻る▲4

朝改めてトラバースルートを探すがやはり見つからないので、予定通り1250mまで谷筋を下ってハ谷を150mほど登り返してコルを目指す。巻けない滝が出てきたら詰みなので、一か八かの賭けだった。案の定10mほどの大滝が出てきたが、左の垂直面を藪を掴んで意地でよじ登り大高巻きに成功し、結局2時間弱かけてⅩ峰手前コルまで戻ってくることができた。


そこからは1470m付近の懸垂箇所をはじめ、できる限り記憶を辿り捨て縄を血眼になって探しながら登り返す。途中Ⅹ峰付近で、今度はマップケースが藪に盗られていることに気づいた時には流石に心が折れた。最終的にはⅨ峰の懸垂箇所で捨て縄を発見し、再度懸垂して何とか回収した。マップケースの回収は諦めた。捨て縄を発見した時は嬉しかったなぁ。今日発見できなければ撤退しようと決めていたが、これで前進できる。あとは「正しい」トラバースルートを辿ってルンゼ入り口まで戻る。結局捨て縄回収で丸1日使ってしまった。

 

9/25(土) 5日目曇り、ガス、夜には雨

ルンゼ入口6:15-11:20 障子岳 11:30-17時頃 坪切岳直前▲5

この日に坪切までの核心箇所を全て突破できるかが勝負だった。水は坪切まで水を縛って4L。まずはルンゼ1を登り、下りはじめたところで1回懸垂。弱い灌木しかなく支点強度が若干不安だったが、2点で固定分散して突破。下部でももう1回懸垂が必要だった。この2箇所は落差数〜10mほどだが、岩がハングしていて明らかに登り返しが困難。ピストン記録ではこのルンゼを登り返しているわけだから不可能ではないのだろうが、少なくとも僕には空身であっても大変苦労しそうに思えた。戻って来なくて良いよう頑張って進もう。


ルンゼを下り切るとロ谷に合流するので、谷筋をそのまま詰める。途中で2股に分岐するので左股を詰めていくとそのまま直接Ⅺ峰のピークに着く。ここらへんのルート取りは『屋久島の山岳』や松野下さんの記録と違うのだが(彼らは、ルンゼを下って沢を登り返すとC峰に着くと書いている)、どうも彼らのルート取りが分からない。まあ特段危険なくⅪ峰に辿り着けているのであまり気にせず進む。


最後のコル目がけて下るが、気付かぬうちに薮の激しい急斜面に入っており、見ると案の定間違い尾根に入っていたので、トラバースで正解尾根に復帰。詰む斜度に入る前にトラバースできてよかった。コルからは直登はせず、北の300度の谷筋に合流してそれを詰めることで、苦労なく障子岳直下のコルまで辿り着けた。コルにザックを置き、はじめは南寄り、岩壁が出てきたらそれに北側から乗り上げる形で山頂に向かう。11時半前に山頂に着く。ガスの中で視界は無く、三角点も見つけられないのは少々残念だが、障子到達の証拠写真を数枚だけ撮って足ばやに山頂を後にする。まだ核心の真っ只中なのだ、感慨に浸るのは無事下山してからにしよう。コルまでガスが濃くて少々迷い、一度行き詰まって懸垂する。


障子岳到達の証拠

結局坪切に向けて出発したのがちょうど12時、ここからが情報が少ない区間で最大警戒で臨んだが、藪は基本薄くて所々灌木の密生に捕まる程度。一番心配していた1470mピョコからの下りは東斜面をずっとトラバースすることができ、懸垂が必要な崖には出会うことなく意外にあっさりと突破できてしまった。1441P手前コルから1441Pへの登りは、直登するには少し怖い岩が避けられないので、コルから少し左にトラバースして0度の沢筋を詰める。


1441Pさえ越えてしまえばもう滑落のリスクを心配しなくていい。その点は非常にうれしいのだが、すでに疲労で体は限界だった。何とか坪切までと体を引きずるように藪を漕ぎ、17時頃に坪切岳直前の1380mの肩に着く。藪もなく、すぐ東の沢で豊富な水が取れてとても良いサイト地。実に4日ぶりに命を落とすかもという恐怖感から解放され、非常に気分はよかった。ただ、ここからは今度は薮との戦いだ。藪としては坪切-吉田間が今山行最大の難敵になることは分かっている。明日中に意地でも吉田岳に辿り着きたい。

 

9/26(日) 6日目雨、曇り

坪切岳直前 6:15-15:45吉田岳-17時半頃 吉田岳登山口▲6

夜はパラパラと雨が降っていた。この日は行動中も降ったり止んだりで全身びしょびしょの日。坪切-吉田間の薮の概況としては身長〜3m程度の灌木で、障子尾根前半の灌木と違って11本は細めなので漕ぎ分けられるが、非常に濃い所では密度が高く、一時的には僕で1時間250300m程度のペースを強いられることもあったと思う。また、灌木に棘ツルが絡みつき、足元には棘藪が生えているのが非常にウザかった。


1030m最低鞍部への下りの途中までは比較的薄めで、1358Pのピーク周辺で部分的に非常に濃くなる程度。ただ1212Pから最低鞍部への下りは、下りの勢いに任せたので時間としてはそこまでかからなかったが、濃さとしてはかなり濃かった印象。最低鞍部周辺と1140mピョコへの登りは非常に濃く時間を要した。


ピョコから吉田岳の区間は僕のsoftbankでも電波が入ったので、親と福家、34年会ラインに途中連絡を入れる。今山行は、当初は吉田岳から先も一湊漁港まで縦走を続ける計画だったのだが、吉田岳までで永田北稜の主要部の縦走は完成すること、体のみならず靴とザックが限界を迎え大破しかけていることから、吉田岳からエスケープして縦走完了にしようと決めた。自分としても十分満足できる結果である。その旨を連絡して吉田岳を目指す。


1140mピョコからも薄いところはあるが総じて濃いめ。ヘトヘトな体を引きずるようにして16時前に吉田岳に到着する。下りるか迷ったが、明日楽をするために最後の気力で林道まで下る。吉田岳から登山口までは、登山道はないがピンクテープが数mおきに打たれていて、丁寧に追っていけば迷うことはない。藪漕ぎもないので半登山道のような感じだが、足場はあまり良くなく、トラバースが多かったのもあって17:30頃ようやく林道まで下り切り、ツェルトを張って休む。


吉田岳

9/27(月) 7日目曇り、下界では晴れ

吉田岳登山口 6:15-9:00 永田のバス停

全身もシュラフもずぶ濡れで、底冷えしたものあってほとんど眠れなかったが、林道歩きだけなので意気揚々と歩き出す。下界まで600m以上高度を下げるが2時間ほどスタスタ歩く。途中ちょうどいい沢筋で全身の汚れを落として着替えた。9時前には永田のバス停に着き、ようやく下山完了、大変な、でも満足できる縦走だった。


ようやく下りてきた

バスで宮之浦港まで移動し、午後のフェリーで鹿児島港まで戻る。バス待ちの間に仲良くなった吉田さんのおかげでとても楽しい1日となった。こういう出会いがあるから個人山行の1人旅は好きなんだ。また、下山してメールを開くと院試の合格通知が来ていた。無事第1志望の中村先生の研究室に合格できたらしい。身が引き締まる思いと同時に、素核実験で飛び回る際には海外の難峰に挑戦する機会もあるかなと期待したり


ともあれこれで最難峰障子岳を、永田北稜縦走というこの上ない形で完了できたわけだ。次のマイナー12挑戦はどこだろう。とりあえずは今年の冬の目標である厳冬の飯豊と日高に向けて最大限の準備をしよう。まずはそこを生き延びてからだ。

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