2021年11月1日月曜日

夏企画 白神山地

夏の長期藪企画として、白神岳、向白神岳をメインとする白神山地西部に行ってきた。残念ながら藪合宿という形での実現は叶わなかったが、様々な難局を乗り越えながら、意味のある藪企画を成し遂げられたと自負している。
記:西田賢(2021年10月26日)

白神山地の最奥!向白神岳!

山域:白神山地西部
行程:真瀬岳、白神岳〜向白神岳〜一ツ森峠
日程:2021年8月25日〜9月2日(8泊9日)
山行形態:藪山登山
メンバー:
OB1 W浦中
3年  EH曽根 L西田 F西村
1年  鴨田 川辺


◎はじめに

1年の頃から藪の魅力に取り憑かれたLは、マイナー12名山や白神、知床といった未踏の藪に憧れ、また藪合宿のLとして隊を率いワンゲルの歴史に名を刻むことに憧れた。2021年度になっても新型コロナは収束の兆しを見せない中、我々執行学年会は例年のような2週間程度の長期合宿は諦め、最大34日程度を複数本出すという方向で動いていたのだが、TWVでは長年足を踏み入れていない白神山地西部の藪稜線が実は縦走可能なことを知り、迷わず白神山地をLの挑戦の場にすることを決定した。


藪トレの時期終盤に最大34日という日数制限が撤廃され、結局真瀬岳から秋田青森県境を西進し白神岳、向白神岳と北に抜ける長大な藪ルートを行くことになったのだが、如何せんこの山域(特に向白神岳の稜線)に藪で立ち入る者は少なく計画立案には大変苦労した。


また企画名こそ「夏企画」としているが行程や難易度は例年の藪合宿に匹敵しL自身も藪合宿のつもりで計画し遂行した。その心は、藪合宿のようなシビアな経験なしには一定程度以上の実力はつかないというのがLの持論で、したがって合宿レベルの夏の企画が今年も行われないとすると、今後の部のレベルが大きく落ち込んでしまうことを憂慮したからである。この点、今企画に現2年会が誰も参加しなかったことは大変残念でまた心配でもあるが、参加してくれた1年会2人にはある程度のことは伝えられたであろうし、今後の藪を牽引してくれるはずだと信じる。

 


◎行動記録

8/24()(0日目)アプローチの日

曇り、深夜から未明にかけて雨

東京=(電車)=八森駅▲0

1日で東京から八森駅まで青春18切符のみでアプローチする場合21:13八森着の終電になんとか間に合わないこともないのだが、それではあまりにも余裕がないので、上級生は23日の午前中にある程度東北方面に移動しておき午後に大量の審議をこなすという形をとった。


黒磯にあるLの実家に泊まっていたLと西村は24日朝一の東北本線で出発しようとしたのだが、電車発車直前で西村にリーチしてもらったGPSの地図が欠けていることに気づく。さすがに夏合宿でGPSに不備があるのは怖いので、Lのみ一旦家に戻って地図の入れ直しをした。どうやら藪トレやら夏企画やらの地図を入れっぱなしにしていたためにGPSのストレージが圧迫されて白神の地図が表示されなくなっていたらしい。不要な地図を消去して白神の地図を入れ直すと今度はきちんと表示されたので、Lは改めて終電で出発した。くれぐれも忘れ物がないように念押ししておいたのでEFチェックは問題なく、仙台で浦中さん、東能代で東京から直接アプローチしてきた1年会2人と西村とも合流できた。


八森駅で能代方面のタクシー会社に配車予約の電話をするが、八森駅から真瀬岳登山口は営業区域外から営業区域外への配車になるためできないと断られた。八森周辺のタクシー会社が全て既に廃業していることは知っていたのだが、ならば能代から配車をお願いすれば良いと思っていたのが誤算だった。鳥形駅まで戻れば営業区域内からの配車になり可能とのことなので、大雨のため既に下界停滞を決めた翌日に鳥形まで移動することを隊に告げて待合室で就寝。22時頃には既に雨が降っており、曽根曰く二ツ森の林道と白神ラインが既に通行止めになっているらしかった。波乱の夏企画の幕開けである。



 

8/25()(1日目)八森停滞の日

朝雨激しく、午後は大方落ち着く、深夜は再び雨

八森駅▲0=(電車)=大間越-18:15三ノ又沢林道分岐18:37-19:40真瀬岳登山口▲1

始発電車の邪魔にならないよう5時前に起床したのだが、雨のため五能線は上下線とも全て運休。することもないので朝はジフィーズ。八森駅は無人なのだが、待合室で待っていると構内放送で我々にどこに行きたいのか尋ねる声がする。誰かと思ったら能代駅の駅員さんが監視カメラで我々を見ており、遠隔で運転再開の予定等を案内してくれていたのである。


午後には上下線とも動き出すとのことなので、今一度タクシー会社に予約の電話をする。するとなんとワクチン未接種の県外の客であることや今日の大雨で林道の状況が分からないことを理由に、能代を管轄するタクシー会社3社全てに配車を断られてしまった。そういうのは昨日の時点で教えてくれ……。慌てて岩崎方面の岩崎タクシーに電話をすると大間越から真瀬岳登山口まで配車してくれるとのこと。この岩崎タクシーの運ちゃん秋穂さんには今山行中散々お世話になることになる。


17時の電車で大間越まで移動することにして八森で下界停滞とする。駅周辺には一応銀行、郵便局、小さな個人商店などはあるが、コンビニやスーパーなどはない。というか東八森以北には基本コンビニ等がないので注意。また駅のトイレの水道は壊れていて水が汲めないが、駅から少しのところにだだっ広い公園(トイレ、水道も綺麗で前後泊でテント張るのも良さそう)がありここの水道で汲める。今回は八森駅舎内の八峰町商工会議所が9時から開所したので水道を借りた。


唸りを上げて荒れる日本海。不吉だぁ...



商店で夕朝食を買い足して大間越に向かい、大間越から登山口までタクシーで向かう道中、重城に入山連絡を入れ並行隊中アの原とも互いの完遂を応援し合う。三ノ又沢林道分岐にロープが張られ、我々なら無理やり突破できそうだが運ちゃんにそこまでお願いはできないのでタクシーはここまで。ジャンタク1台10300也。


出発を記念し駅舎前でパシャリ


ザックの重さが藪合宿らしさを実感させる


今日の大雨でER1の旧林道部分の崩壊を心配する声があったので、Lと浦中さんで分岐から片道10分ほどだけ偵察に行く。その範囲では問題なかったが、正直10分ごときではER1の全容は分からない。ER1は林道扱いではないのでよしと割り切って出発し登山口まで快速に飛ばして1pで着いた。


いよいよ出発!@三ノ又沢林道分岐


が、登山口の渡渉点が想像よりはるかに増水し茶色く濁った水が音を立てて流れている。これ本当に渡渉できんのか?また歩き回って調べたわけではないが、各自パッと携帯を確認した限りでは各社電波が入らなかった。例え電波がなくても末端が林道上を移動するだけなので大した問題ではないのだが、曽根が安全性がと喚いて胃が痛い。とりあえず渡渉点の偵察と進退判断は明日の自分に任せて寝る。雨と汗と湿気でいきなり不快な夜であった。



 

8/26()(2日目)藪の真瀬岳に苦しんだ日

終日小雨

真瀬岳登山口▲1(4:50~5:55渡渉偵察)6:32-7:07斜面とりつき-(タルミ10)-8:33 540m露岩 8:43-9:00 599P -(タルミ11+12分、西村のザック処置17)-13:15 真瀬岳 13:43- 15:00真瀬岳先のコル▲2

3:45起床。L西村浦中で渡渉点の偵察に出て(リミット1.5時間)、渡渉可能な地点と取り付き点の探索及び渡渉の工作を試みる。まず登山口の渡渉点は大雨のせいか川に下りるところが大きく抉られ1mほどの段差になっている上、下りたところの水深が深いため不可。


登山口から上流側に歩いて少し水深が浅いところから対岸に渡り、あるはずの登山道を探しながら斜面の付け根に沿って歩き取り付き点を探す。途中23回渡渉する必要があった。なんとか斜面に取り付くポイントは見つけたが登山道がどうしても見つからない。それもそのはず、真瀬岳へと続く登山道は登山口付近でさえ既に大分荒廃しそこに雨水が流れ込んだことによって完全に沢床と化していたのである。


本体をどう通すか話し合った結果、偵察隊が大きく回り込んできたルートも渡渉が楽ではない上渡渉回数も増えるということで、予定通り登山道に沿って渡渉させるのが良いだろうということになった。取り付き点から登山口まで登山道沿いに戻り、2箇所の渡渉点はできるだけ水深の浅いところを選んで赤布を打っておいた。共に水深膝下程度、川幅5m程度。落ち着いて渡れば倒されることもないため工作はなし。


茶色く濁り音を立てて流れる@登山口の渡渉点


登山道は既に荒廃している


パッキング等済ませ藪装をつけて6時半に本体出発。渡渉点では1年会を念のため空身にし、鴨田西村、川辺浦中のペアで皆問題なく渡渉をクリアした。斜面に取り付いてからも登山道と呼べるものはなく、半藪を薄い踏み跡を所々拾って進むと言う方が正しい。取り付き後主尾根から沢を渡って左ののっぺりした面に移り、九十九折で登った後再び主尾根に乗り直すように踏み跡がついているのだが、踏み跡自体を信用していないため400m過ぎで早々に主尾根に乗り直した。主尾根上は杉植林の斜面で、踏み跡はないが藪も薄く順調に高度を上げる。「599m露岩」ピンの露岩は正しくは540m地点にあり、代わりに599m標高点は斜度が緩む以外には位置同定の目印になるものがなかった。


540m露岩。通過には支障なし


630mから上は一気に藪が濃くなる。途中西村のザックフレームが盛大にイカれた。西村ザックは藪トレの時から様子がおかしく、かなり深刻な壊れ方ではあったが、今日ここで下山を決めたくないのでとりあえず応急処置してもらって今日は予定通り進むことにする。


基本はササと潅木で藪の状況としては檜倉尾根に似ているが、ササがかなり濃い。所々踏み跡や細ザサで進みやすくはなるが、すぐに背丈を超える太ザサに覆われ、踏み跡を探しに少し道を外すことさえ難しいほどである。ずっと1列ラッセル陣形で我慢して我慢して漕ぎ続ける。特に850mベロあたりからの山頂直下100m強は踏み跡の影もないものすごいササ藪(まるで和賀の竹藪)で、総力をあげて山頂までなんとかたどり着いた。


真瀬岳山頂。藪で身動きとれず、鴨田(+川辺)しか写ってない


真瀬岳までは上部の半藪化は聞いていたが、一般の記録もあるし2018には慶應が通過できた程度のはずである。だからこそ真瀬岳までは道区間にしているのだが、ここ10年弱の間にこれほど激しい藪山と化すとはいったいどういうことだ。L含め誰一人理解ができなかった。


当然ここまで読みより大幅にのびているが、出来るだけ前進しないわけにはいかない。Lが本体の1年会を誘導し曽根西村浦中の3トップを伸ばす。三角点からコルに下り始めるまでわずかに北進するだけでも灌木の乗り越え+ササで進むのが困難。下り斜面は基本ササなのだが、地形図で見るよりもはるかに急斜面で注意が必要な上、尾根不明瞭なのでRFも注意。この時点でコルより先に進むのは時間的にも疲労的にも不可能であったのでコルでサイトすることにする。


今日のサイト地@真瀬岳先のコル


今日の水場。ブナ林の水場は豊富

渡渉に始まり1日中ずぶ濡れで、早くもシワシワ病とこの疲労である。今日の大幅な遅れと合わせて、この合宿を形に出来るのかという不安にLは一人押し潰されそうになっていた。水は南の沢10分。夕サイトのソトアヤムは東南アジアのスープ料理らしいが西村アレンジの生姜が効いていて美味しい。



 

8/27()(3日目)一時下山の日

午前中曇り+ガス。下山中11時頃から晴れ

真瀬岳先のコル▲2 5:04-5:17 西村転倒-6:00 2に戻る 7:20-(タルミ5)-8:58 真瀬岳 9:20-(タルミ15)-11:55 540m露岩 12:12-13:25真瀬岳登山口 13:40-14:58 三ノ又沢林道分岐=(タクシー)=能代▲3

今山行中は基本315起床445出発としたが、結局いつも5時発であった。朝サイトは分配まで45分もかかり撤収も遅い。出発時フレームがもはやザックを支えられていないのか、西村のザックがグワングワンと左右に揺れるような状態になっていた。そういえば昨日サイト地についてから西村のザックの様子を確認してやるのを忘れていた。かなり不安定そうだったが、大丈夫だというのでとりあえず出発する。


が、これがいけなかった。まもなくしてトップから西村が転倒して頭を打ったと報告が入る。行って確認すると、乗り越えようと潅木に乗った時にバランスを崩して落下するように転倒し前頭部、頭頂部を含む複数箇所を強打したとのこと。意識ははっきりしているが、目がチカチカし頭が痛みを伴ってグラグラするらしい。状況は深刻と判断し、とりあえず10分その場で休ませ、痛みが引かなければサイト地まで戻って1時間待機、それでも改善しなければ下山とする。目眩等を伴って頭の内部が痛む場合は、血管の損傷の可能性があり、そうなれば時間差でより深刻な症状が出る可能性があるからである。


結局サイト地まで戻ってテントを張り、その中で休ませる。その間せっかくなので曽根浦中で880m左折点の偵察をしに行ってもらうが、正解尾根はすぐに現れたらしくさっさと見つけて戻ってきた。ただ曽根曰くガスで視界が無いと難しいだろうとのこと。西村は1時間経っても改善の兆しがないので下山を決定する。トップは基本浦中さん。真瀬岳の登り返しでは斜度が最もきついところに突っ込んでしまい詰まる。


真瀬岳山頂で岩崎タクシーを呼べるか試そうとしたところ、川辺のau2本入っていた。なんとサイト地でも3本入っていたらしい。優秀すぎる。これ幸いと15時に三ノ又沢林道分岐に来るようお願いして、曽根浦中をトップに出して下る。


下りは山頂直下の濃い部分を過ぎたあたりから630mまでの藪の濃い区間ずっと踏み跡とピンクテープが比較的明瞭に見え、追うことが出来た。昨日も逆目ササのラッセルに苦しみ踏み跡を追えていないように感じたが、実際にはおおよそ踏み跡上にいたのだろう。途中11時頃からガスがとれ晴れ間が出てきた。630m地点を過ぎると藪が薄いためかえって踏み跡が分からなくなるが、踏み跡に拘らず角度で降りるように指示する。タルミ毎に西村の状況を確認するが、頭痛は一向にひかない。


尾根の下部では、主尾根をそのまま下りていくと数mの崖にぶつかることが昨日の上りでわかっていたので、昨日登ってきたルートを忠実にたどる。渡渉2箇所はすでに減水していて足首上くらいで渡渉でき、沢床と化していた登山道の水も大方引いていた。登山口で少しだけ休んで三ノ又沢林道分岐まで林道歩き。シワシワの辛いLはみんなに容赦無く置いて行かれた。


黒滝をバックにパシャリ。なかなか立派な滝だ


三ノ又沢林道分岐ではちょうど秋穂さんが待っていた。事情を説明すると能代にある能代厚生会病院を紹介してくれて、営業管轄外での運行になるはずなのに登山口から病院まで直接連れて行ってくれた。Lと西村は病院で落としてもらい、他のメンバーは能代駅まで運んでもらう。


病院の検査では念のため脳のCTを撮ってもらい、特に異常はないとのことでとりあえずは一安心だが、痛みはまだ引いていないらしい。近くの風呂に入った後歩いて能代駅に向かい他のメンバーと合流し、再入山について話し合う。


候補はフェーズ1=真瀬〜861P、フェーズ2=861P〜白神岳、フェーズ3=白神岳〜向白神岳〜一ツ森として、ER1で再入山しフェーズ23の完遂を目指すのが第1候補。この場合、毎日長行程が続く上予備日0とギリギリで、最悪フェーズ2で白神岳を打てるのみとなる可能性も十分にあった。あまりに勝率の低い賭けである第2候補は、ER2で再入山しフェーズ3のみの完遂を目指すもの。


ずれにせよ、西村を欠いては戦力的に厳しいので、明日を下界停滞とし西村の頭痛が引いたタイミングで再入山の判断をすることにする。また、曽根はザックの胸ベルトが破損したことを理由に再入山したくないと駄々をこね、Lは流石にキレる。その程度のトラブルに自分で対処できなくてどうするんだ、全く。


大破した西村ザック。フレームが完全に抜けてしまっている



 

8/28()(4日目)能代停滞の日

晴れ 

能代駅▲4

Lはどうしてもフェーズ23の完遂の可能性を諦めきれなかったが、周囲の説得が頭を冷やしてくれたのもあり、第2候補をとることにする。


今日は下界停滞なので諸々の洗濯と能代観光。駅の待合室にいると観光案内所のおっちゃん珍田さんが色々と案内してくれた。能代は見所が多く良い町で、何よりLの地元栃木のバスケ少年の憧れ田臥勇太の出身地である。


駅のホームに飾ってあった。Lは大興奮

生憎Lは終始ずっと駅で待機していたのだが、駅前にあるカフェ「白神café&Gallery」の素敵なお姉さん菊池さんに声を掛けられる。ここは白神山地の案内所のようになっていて菊池さん自身も山岳ガイドの資格を持つ方である。我々が向白神の稜線を無雪期縦走する変わった集団だと知ると、カフェに招き入れてくれお茶だのお菓子だのを振る舞ってくれる。L1年会2人はありがたくお邪魔し、楽しいひと時を過ごしてしまった。


白神cafe&Gallery

1年会と菊池さん


夕方には’07卒のOB戸田さんが能代にお住まいということでわざわざ差し入れを届けてくださる。またふと駅員さんに声を掛けられ何事かと思うと、何と1日目に八森駅でアナウンスしてくれた人だったのだ。


皆から応援の声をもらい、我々は色んな人の無数の支えによって山に登れているのだというLはしみじみと感じる。計画の大幅な変更を余儀なくされ傷心のLは、この事実に思いがけずを励ましされた。この日お世話になった方々、ありがとうございました。


夜西村に調子を聞くと、頭痛が大分和らいできたらしい。最終的な判断は明日の朝に回すが、無事向白神に向けて再入山できそうである。



 

8/29()(5日目)白神再入山の日

朝晴れ、山頂着いて以降はガス

能代▲4=(電車)=白神岳登山口駅 6:44-7:20 白神岳登山口 7:42-(タルミ11)-9:39マテ山分岐(マテ山まで片道2) 10:00-(タルミ10)-11:20大峰岳分岐-11:44白神岳避難小屋▲5

5時に起床。西村の頭痛は引いており行けるとのことなので、5:43の始発で白神岳登山口駅に向かう。駅から1時間弱車道を歩けば登山口に着く。広い駐車場と小屋があり、小屋はトイレと飲用ではないらしい水道あり。中は避難小屋のようになっているが宿泊は禁止らしい。沢の指定ルート上で灌木の刈払い痕があり警察が捜査中との張り紙があった。我々が今から立ち入るのは核心地域である為、法律上藪の刈払いをしてはいけないのである。向白神の稜線など誰も入らないのだから誰にバレるわけでもないのだが。


1年会トップで出発。駐車場から数分歩くと登山道入り口に着き、ここならaudocomoの電波が入る。ここで再入山連絡をサボったのは重城に申し訳ない。道は整備された登山道で特に危険箇所もない。1年会が上手にペースメイクしてくれるので、巻き気味でマテ山分岐着。上級生は地図読み指導もしてくれた。マテ山までも道があり片道2分、ブナ林に囲まれた小ピークである。




限界下は気持ちの良いブナ林である


マテ山山頂。変なポーズしてって言ったらこうなった笑

1100mあたりで森林限界上に出るが、稜線上は残念ながらガス。花の写真等を撮りながら白神岳避難小屋に着く。


限界上に出ると...


花も広がる

が、白神岳山頂は残念ながらガス

小屋は木造3階で、小屋手前のトイレ建物の工事作業員の人たちと共用だが、3階だけで我々7人が十分入れた。電波もSoftbank以外は入る。白神岳山頂は小屋から1分。途中東の沢筋の水場に下りていく道(踏み跡)があり5分も行けば脇から十分量の水が出ている水場がある。

水場の水量は十分


時間があるので天図大会を開催する。確認テストと称して西村曽根にも描かせたが、流石にちゃんと出来ていたので、ミスったら剥奪でもしてやろうかというLの目論見は果たされなかった。1年会二人はほとんど初めて描くはずなのにとても上手。あと23回くらい描けばW取れるんじゃないかと思う。


小屋内は火器禁止なので、外で石狩鍋の夕サイト。石で缶潰ししているとおっちゃんが金槌を貸してくれた。その速いこと、人類石器から金属器への進化である。明日明後日よりも明後日明々後日の2日の方が天気が良さそうなので、明日は小屋停滞兼偵察の日とする。




8/30()(6日目)小屋停滞の日

ガス 

白神岳避難小屋▲6

のんびり起床し、サケと塩昆布の和風パスタを作る。白ごまと海苔が効いて美味。午前中は大富豪に興じ、Lは最弱の汚名を返上することが出来た。


昼からL西村浦中で向白神の稜線を往復2p偵察に行く。ちょうど小屋から藪入りしたが、それではダメで、正解尾根の1つ南側に出てしまい地形図に出ない沢筋を越えなければならなくなる。正しくはトイレ建物の位置から角度90で藪入りすべきである。藪は背丈を遥かに超える太ササで空身でさえ自由に身動きが取れない。藪に没して視界がない上、ガスと尾根不明瞭のため気づけばあっという間に尾根から落とされている。結局1pL1180m、先行する浦中さんも1150m付近までしか進めなかった。向白神の稜線に立ち入った瞬間にこの強烈な藪、RF、この進度である。本当に踏破できるのか?一気に不安が襲うが行くしかない。赤布を細かく打ちながら小屋に戻る。


戻るとLの靴のソールが盛大に剥がれていることが判明。とはいえ、L自身の問題は自分でなんとでもできる。浦中さんと1年会に天図をとってもらう間に、ソールに穴を開け丈夫な紐を通してギチギチに縛り上げた。今山行を終えるまでは何とかもってくれるだろう。1年会の天図はすこしミスがある程度であと一歩。向こう3日の天気はゆっくり東進する高気圧のおかげで悪くなさそうだった。夕サイトはマフェで英気を養う。ピーナッツバターがよく効いていて美味。いよいよ明日からが未知未踏の向白神の稜線である。

 



8/31()(7日目)白神の藪に阻まれた日

ガス、一時雨、11時頃から晴れてくる

白神岳避難小屋▲6 5:03-5:44 1180m付近-6:11 1140mベロ付け根 6:23-7:47 玄関岳手前の1100mピョコ 8:02-9:12 玄関岳 9:30-(タルミ14)-11:52 奥座敷手前 12:18-12:36奥座敷手前と1165Pの間のコル▲7

ここからは水場なしの予定なので水は皆4発全発担ぐ。曽根西村浦中の3トップを伸ばしLが本体を誘導する形で藪入り。ガスと藪で視界はなくトップはいきなり左に大きく外す。ついて行く本体も左に外し尾根上復帰に時間を要する。


1140mベロに着く頃には尾根明瞭となり、以降は藪抜けまでトップが散開してRFしなければならないような箇所はほとんどない。1140mベロは二重稜線になっている。ここまでは太ササの密藪が厄介だが、以降は雪でグネグネと曲げられたブナやらダケカンバやらの高潅木が合わさってさらに厄介。乗り越え、避ける動作が永遠と続き一向に前に進まず、ロング切っても地図上1cmちょっとしか進めないピッチが続く。


身を没する藪やぁ....これでも灌木が無い分まだマシ


玄関岳の登りではトップの西村曽根が全く伸びられなくなる。2人を急かし続けながら何とか山頂までついたのだが、西村が過呼吸気味になりかなり辛そうにしている。無理をさせ過ぎてしまい申し訳ない。ここでガスに加えて小雨が降り出す。呼吸が落ち着くまで待って、3年会2人を本体に下げ浦中さん1トップの形で出発する。浦中さんの実力とLにとっての安心感はさすがという他ない。玄関岳からの下りもイモることなく突破し、下り切って90度左折するところでタルミ。ここからは晴れて来る。ベロから奥座敷手前への上りはササ藪がかなり濃い為ラッセルに切り替え、奥座敷手前に着く。


ここで浦中さんと今日この後の動きを話し合う。1165Pまでは250読みだが奥座敷手前までで既に350と大幅に伸びている上、1165Pはまだ先である。この先読みより一切伸びずに歩けるのならば、Max越えしてギリギリ日の入りまでに1225Pを越えられるのだが、少しでも遅れればその瞬間サイトMax10pの準則に引っかかることになる。ここまでの大幅な伸び、読みの不確定さ、隊の疲労具合から見ても1225P先のサイト地に着くのは不可能であろう。


ということで、この先のコルで何とか水をとりあと2日かけて藪抜けすることにする。奥座敷手前と1165Pの間のコルは、幸運にもツェルト1張と(無理矢理だが)45天1張が入るスペースがあった。さらに幸運にも西の沢筋を10分も下ると水が取れた。これであと2日歩くことが出来る。


電波はdocomo1本立ったが天図は取れなかったので、浦中さんに描いてもらう。明日明後日で高気圧の勢力下に入るので天気は良さそう。Lは初めて藪中ツェルト泊をしたが、平らな小スペースを選んで張れるという点では案外快適である。今後活用してみてもいいかもしれない。明日はいよいよ向白神岳に立つ日である。


藪中ツェルト泊。意外に快適だ

今日の水場!助かったあああ


 

9/1()(8日目)向白神岳で感動した日

曇り、向白神岳山頂あたりからは晴れ

奥座敷手前と1165Pの間のコル▲7 5:11-6:15 1165P 6:30-(タルミ13)-8:14 1221P-(タルミ12+11)-11:20 1250mピョコ手前のコル 11:30-12:46向白神岳 13:27-(タルミ10)-15:16 1225P8

1p目は曽根浦中2トップを出すが直後曽根の地図が壊れたとかで本体に下げ、結局浦中さんの1トップである。情けない。本体誘導は1列の時以外はL1日担う。


1165Pへの上りは初め細ササで薄らと踏み跡のようなものが見えたのでここから楽になるかと期待したが、期待は全く裏切られ、すぐに潅木を跨ぎ乗り越えながらのササラッセルになる。1165Pに着いた時点で、トップ浦中さんと本体誘導Lはかなり消耗してしまった。


1165P以降も曲がりくねったダケカンバなどの潅木+ササという藪の状況は変わらないが、1221Pまでは距離が短いので読み通り進んだ。1221Pへの上りから尾根が細く明瞭になる。1221Pは平らで腰丈くらいのササのためテン張れそう。サイトMaxに引っかからなければだが。1221Pからは、1240mピョコへの上りでササが細く踏み跡のようなものが薄〜く見えるものの潅木の強烈な抵抗は相変わらずで全然進まない。特に1240mピョコに上りきってから向白神岳までの稜線上はミヤマナラの低灌木に非常に苦戦する。


我慢して漕ぎ続け、結局4時間以上かけて何とか向白神岳山頂にたどり着く。感動することこの上ない。一方を見れば日本海、その他はどこまでもどこまでも白神の山々が連なる。この山深さ、今まさに「白き神々の森」の頂に立っているのである。写真をふんだんに撮る。Lは普段は三角点をあまり気にかけないのだが、この時ばかりは探し回り運よく見つけ、皆で写真を撮る。一体どれだけの人がこの三角点と写真を撮れるだろうか。


また、この稜線の東斜面は絶壁のような急峻な斜面で、二の沢、三の沢が見えた。一の沢を含めた3つの沢はかなり難しいらしいが、確かにこの急斜面を遡行して来るのだから恐れ入る。▲8の水場以北の斜面(特に東斜面)の沢筋に水を求めて下りるのはまず無理だろう。1年会含め皆この山深さに感動してくれてLも嬉しい限りである。浦中さんの杏仁豆腐の差し入れをいただくなどして一通り山頂を堪能し終えたら、サイト地目指して再出発する。


晴れで出迎えられた向白神岳。右奥が日本海


三角点を囲んでパシャリ

気分は上々だが潅木の状況は相変わらずなので、上級生3人で本体の先頭を引っ張ってもらう。途中曽根のゴアマがダメになり足が完全に露出する形になってしまったので、長ズボンを履いて代用する。それが暑いらしくバテているが1225Pまで突っ張る。1225Pはササを踏み倒せばツェルトと45天が入りそうなので今日はここをサイト地とする。


ツェルトは空中戦してしまえばササのゴツゴツは気にならず意外に快適。逆に45天は傾いたりして大変そう。Softbank以外の電波は入る。夕サイトはターメリックライスとカレー。1年の時の夏合宿で今田さんが開発し、西村が受け継いでくれたL待望のメニューである。1年会2人がターメリックライスを見事に炊き上げてくれた。疲れた体にカレーがしみる。白神の山々にちょうど沈む夕日が美しく、皆テントから出て夕焼けを眺めながら食べていた。今日は目標としたメインピークに見事立ち、天気も恵まれ、美味しいカレーをいただき、明日はついに藪抜け、そしてこの山行の終わりである。最高の気分だ。

 

9/2()(9日目)白神山地最後の日

快晴

1225P8 5:12-(タルミ11+30+17)-9:45 吉ヶ峰 10:03-11:10 直角峰 11:16-11:50 太夫峰 12:23-13:46 一ツ森峠

今日は快晴で、星と朝焼けが綺麗に見える。東の方向の岩木山もなかなか立派で、皆思い思いに写真を撮る。準備中に曽根がスマホを無くしたと騒ぐが取り合う気にもならない。結局見つかったようだ。


朝日と岩木山


1225Pを出発した直後は静御殿と呼ばれる切り立った岩稜で通過に注意が必要。岩稜の西側はストンと切れていて、かなり高度感がある。東側は比較的斜度が緩く万一滑っても掴む藪があるので、東寄りに通過するのが良い。1200mベロまでの20m強の下りは急な岩場で、岩稜の東側を藪を掴みながら慎重に下りる。その先すぐにハングした細い岩の上を歩く箇所があるが、ここも東側に寄りつつ藪を掴んで通過する。


岩場下から後方

岩場下から前方。左は切れ落ちている

ハングした岩


静御殿より朝日

岩稜には高山植物がいくつか咲いており、記録のために写真を撮っておく。向白神の稜線では結局藪ばかりで高山植物にはほとんど出会えなかったが、静御殿の一帯はなるほど確かに一変して高山の様相である。ここさえ通過してしまえば危険箇所はなく、再び藪漕ぎである。


静御殿の岩に咲いた花

名前は分からん...


1220mベロは一部三重稜線になっていて、東端の尾根から西端の尾根に乗り換える必要がある。この三重稜線の間が「西側窪地」と書いたサイト可能地だろうが、あまりスペースはなくソロ天か、せいぜい無理矢理45天1張張れるかどうかといったところ。


藪の全体的な状況は、1225Pを境にして太夫峰側は断続的に踏み跡があるのだが、グネグネと曲がる潅木に阻まれなかなか進めないのは相変わらずである。途中Lがスマホを落としたかと一瞬ヒヤッとしたり、川辺のザックの腰ベルトの不調だったりでタルミが伸びがちになってしまったのは反省。今日は時間もあるので、最終日のみになってしまい申し訳ないが、1年会にも藪トップに出てもらう。すると、上級生もびっくりなペースで歩いて行くではないか。自分が尾根を外したことにすぐに気づき修正する能力、二人で協力する能力も高い。鴨田と川辺は体力とメンタルの余裕がすごいなぁとずっと感心していたのだが、ここまで余裕を持て余しているとはなぁ。

コルから吉ヶ峰への上りは踏み跡明瞭で潅木の妨害もないため、ほぼ道のようなスピードでぐんぐん上り、あっという間に吉ヶ峰山頂に着く。吉ヶ峰からは我々がずーっと歩いてきた稜線が見渡せ、感動する。小さな草地に皆座って眺めることしきり。


吉ヶ峰から向白神岳を振り返る。かっこいい...


藪抜けまで1年会に本体のトップを任せて1列で出発するが、再び、そして最後の最後までグネグネ潅木が邪魔をしてきてペースが落ちる。1pで直角峰まで、0.5pで太夫峰まで最後の藪を漕ぎ、太夫峰でついに藪抜け。皆よく頑張った。

面白いポーズしてって言ったらこうなった笑。鴨田と西村がなんか好き

Lも撮ってくれた

太夫峰山頂もSoftbank以外は電波が入るので、岩崎タクシーに電話し14時に一ツ森峠に迎えにきてもらう。藪抜け写真やら浦中さんがここまで歩荷してくれたカルピスやらののち出発。太夫峰からは道区間なので1年会トップで飛ばす。歩きやすい登山道であるが、一部急斜面に取り付けられた階段の状態はあまり良くなかった。


ようやく一ツ森にたどり着くと、ちょうど秋穂さんが迎えにきてくれ再会を喜んだ。最寄りの温泉ということで不老不死温泉まで運んでもらう。海の中に露天風呂があることで有名な温泉である。料金は1万円ちょっと。秋穂さんに重ねてお礼を言ってお別れし、下山連絡や片付けなど諸々済ませたあと海岸で天突き。Lの口上の準備とピッチ計算を待ってもらっている間に、露天風呂の受付が3時半に締め切り締め切られてしまったらしく皆に申し訳ない。Lとして天突きしてもらう側になると、やっぱりとても嬉しいものである。これで天突き文化も無事1年会に継承できただろう。


不老不死温泉の外風呂と夕日


内風呂で汗を流したあと、打ち上げと明日の移動組の関係で秋田市まで出たいのだが、五能線の乗車料金+300円で特急リゾート白神に乗れることが判明したので、迷わずそちらを使う。さっきまで藪にいたとは思えない優雅な電車旅である。電車の中で存分に反省会をして、あとは焼肉の打ち上げが待つばかり。秋田駅から少し歩くが、焼肉キングの食べ放題を存分に楽しむ。我々の中には焼肉過激派はいないので、一昨年のような惨劇を繰り返すことなく、皆ちょうどよく満足するくらいで終えることができた。


駅に戻り各自寝床を求めて解散。明日は西村曽根浦中は移動組、川辺と鴨田は仲良く十二湖観光をするらしい。Lは羽後朝日に出発である。こうして夏企画白神山地は幕を閉じた。

 


◎まとめ

総計47.8pうち道区間9.28p 藪区間38.52p

白神の藪は凄かった。藪化した真瀬岳でさえワンゲルが普段経験する藪を遥かに凌ぐレベルである。まして向白神の稜線はLが経験した中でもトップレベルに困難な藪だった。当初の計画と見比べればフェーズ12の大部分をカットせざるを得ず見劣りするかもしれないが、Lは今回の結果に十分満足している。記録がないため読みやコース状況が非常に不確定の中で始まった今企画は、例年の夏合宿に負けず劣らず様々なトラブルに直面し、その度に7人全員で乗り越えた。そして最大の目標としてきた向白神岳の山頂に晴天の中立つことができたのである。今まで一体どれだけの人が向白神の稜線の無雪期踏破を試み、そして成功させただろうか。我々はそれをやってのけたのだ。Lはその事実を、そして一緒に歩いたこの6人を誇りに思う。皆ついて来てくれてありがとう。


◎今後この山域を無雪期で出す人へ

白神岳と向白神岳をメインとするこの山域はとても良い場所です。藪はかなり大変ですが、だからこそ白神山地の最深部に立った時の喜びは変えがたいものがあるでしょう。今回は記録がない中でのシビアな挑戦でしたが、この記録を糧として後が続いてくれることを願います。以下アドバイスを書いておきます。


・白神山地は世界遺産のため立ち入り制限がある。今回のルートは特段の手続き無しで歩けるが、自分たちのコースが入山可能かどうかを地元森林管理署によく確認すること。


・真瀬岳はすでに藪山と化しており、この先刈り払いが入ることもないだろう。今後は藪区間として扱うことになる。そうするとMax12を超えると思うので、予備審で弾いた元ER1を偵察し使えるようにすること。


・向白神の稜線は、今回の記録に合わせて読むと間違いなくMax12を超えるだろう。この稜線上にはERは取れない。読みを縮めるなら向白神岳から北側(一ツ森側)だろう。偵察山行をするなどしてなんとかMax12に収めること。


・ただし、今回の隊は総じて強い隊だったとLは考えている。真瀬岳にしても向白神岳の稜線にしても、律速がいたわけではなく藪を漕ぐのにとにかく時間がかかるのである。その事を踏まえ、安易に今回より短く読まないこと。余程強い上級生メンツのみで行くのでもない限りは、無条件に短く読むのは勧めない。

 






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