2019年6月8日土曜日

藪トレ1週 大佐飛山・塩那スカイライン

東大ワンゲルでは毎年、一年生に藪に親しんでもらうために藪トレというものを行なっています。

そしてその第一弾がこれ、大佐飛山企画!栃木100名山で最も遠い山と言われ、残雪期はそれなりの人で賑わうこの山域ですが今回、あえて藪で行きます。

さらに今回は「あの」塩那スカイラインを利用するというおまけつき。さあ、張り切って行きましょう。

記:黒瀬

メンバー
4年会:勝木、坂田 
3年会:浦中、L黒瀬、H嶋中 
2年会:F内田、EW今田 
1年会:太田、中尾、福本

※注:今回はこれまでのFBみたいにふざけていません。それを期待してきた方は、申し訳ないですがブラウザバックをお願いします。

さて、始まりだ















ウワァァアあああああああ!





うわぁぁあああーああーー、あーああー!






あああああー、飽きた飽きた秋田飽きたぁぁあああーーーー!







上越の藪は行き飽きたんだぁあああーーーーーーーー!





うわぁぁあああー!



あ、





失礼、取り乱しました。

さてさて、今年も始まった藪トレ。これについてLは去年からざっくりした方針だけは持っていた。「上越以外の藪に行こう」ということである。

上越の藪が悪いわけではない。むしろ藪としてはこの上なく良いところである。

ただ、企画を出す上で我々は上越の藪に頼りすぎている節がある。これではTWVの藪山行の幅が広がらない!部の未来を見据えた上で、私はあえてこの企画を出すことにするのである!(建前)

それにここで目新しい山域をバーンと出せたらみんなと違っててカッコいいし、珍しい記録でアクセス数も稼げてそれが誰かの目にとまって某山岳系雑誌とかに寄稿されちゃったりとかしてインタビューの申し込みが殺到したりとかしたら嬉しい、してほしい(本音)。

そんなーこんなで地図を見ていると見つけたるは大佐飛山の文字。

残雪期に登られているのは知っていたが、夏は当然藪である。ネットにもワンゲルにも記録は少ない。よし、ここに行こう。

藪としてはワンゲルでは1965年以来である。しかも記録は見つからなかったので実質初記録?






6/7() 東京 雨 那須塩原(百村) 弱い霧雨

東京=()=林道登山口▲0

雨だ。

事前の予報によれば、この週末は全国的に雨らしい。記念すべき令和初の藪トレだというのにあんまりである。

アプローチは先発隊と後発隊に分けて行った。先発隊は16時過ぎに本郷を出る予定だったが、なんやかんやで17時になり、駒場まで向かう途中にも渋滞に巻き込まれたため結局東京を出たのは1820分。

この移動中、もしかしたらと思いヤマテンを再度確認すると土日両日とも昼頃から雷雨の予報が土曜日は曇り時々1mm/h以下の弱雨、翌日は晴れ!に変わっておりLは大変喜ぶ。

レンタルでやってきた車は走行距離80000km!のオンボロ車で、高速をノロノロ進み那須塩原市、百村に着いた頃には21:30

後発隊を待つ間に巻川木ノ俣線の偵察をする。巻川林道は、一部舗装されていない区間があるものの走りやすい道である。しかし、車同士のすれ違いは出来ないので注意。新登山口は巻川林道側から入った時の最初のはしご。看板があり、道幅も広くなっているので車は5台ほどは停められる。

そこから木ノ俣林道方面へ走っていくとさらに3つほどはしごがあった。どれが旧登山口かは分からず。

木ノ俣林道から県道369号線に出るところの前には少し林道が荒れているところがあるので新登山口へは巻川林道の方から行った方が安心できると思う。(とはいえこちらも崩落を撤去した跡があったので、確実に使えるとは言い難いかも。)

23時前に後発組と合流し、入山連絡。新登山口で勝木さん、嶋中、L以外には寝ていてもらう。2330分くらいだっただろうか。

さて、残った3人で下山口の深山園地に車をデポすべく走り出す。結局色々な心配をよそに、深山園地前ゲートまで車は問題なく到着した。十分に整備されている道である。車をデポして新登山口に帰り、Lが眠りについたのは日付をまたいだ1時ごろであった。明日は4時起きである。

うわっ…Lの睡眠時間少なすぎ









6/8() 曇りのち雨、本当に時折晴れ間

0新登山口4:425:16百村山登山道出合〜(たるみ12)5:56三石山〜(たるみ11)6:44サル山〜(靴ひも2)7:27山藤山7:39(ゴアマ8分、靴ひも2)8:40黒滝山9:059:40西村山〜(たるみ10分・12)11:50大長山〜(たるみ12分・12)14:54大佐飛山15:1115:40 1826手前コル▲1

「…」

「……」

「4時になったよ」

嶋中の声がした。

起きてみると4時7分。そう、起床時間を自分で決めたくせにLは寝過ごしたのだ。

3時間しか寝ていないとはいえ寝坊してしまった。嶋中と同じ車中泊でよかった。起こしてくれて感謝感謝である。

テント組もさすがに起きているか、と思いきや動きがない。しばらく泳がせようとも思ったが4時15分、痺れを切らして各テントの人間を起こしにかかる。

お〜い、朝ですよ〜。まったく、誰も時間通り起きてこないとは情けない ←

テントをたたませてトイレに行かせて、結局4:30出発がずれ込んで4:42出発になってしまった。朝はもやのかかる曇りで、この天気のまま続けばいいなと思った。

さて、出発である。登山口のはしごは少しぐらつくものの通行に問題はない。百村山尾根に出るまでの道は最初は九十九折のち急登。ぬかるんでおり1年会を中心にズルズル滑る。

上級生は互いに互いが滑るのを見て笑い(嗤い?)あっていた。

尾根に出て歩いていると太田が気分が悪いというので早めにたるむことにする。山での朝は毎回こうらしい。


このころはまだ晴れていた


どうしてだろうと今田に聞いてみると、よく覚えてないが交感神経がどうのと言われた気がする。うーんわからん。

イオンバランスが悪いのかななど思いつつ、気休め程度だがアミノバイタルを飲んでもらう。しかし(やはり?)この後も気分の悪さは治らないらしく、次も早めにたるむことにした。

聞くと食欲があまりなく、行動食もフルグラしかないらしい。それでは喉を通らずすぐにエネルギーにもならないだろうとLのとらやの羊羹(はちみつ)をあげる。

それからは気分が悪いながらも規定のペースで歩けるようになったようだ。たるみも従来のスパンに戻る。

ここら辺の尾根は名のあるピークがいくつかあるが、特に眺望が良いとかはない。山藤山だけは少し拓けていた。


上から読んでも山藤山、下から読んでも山藤山


今日は意外と曇りのまま続くのでは?とか思っていたが山藤山を越えたあたりで雨が降って来る。あーあ。ゴアマをつけさせる。わかっていたこととはいえ少し気分が落ち込む。

黒滝山は那須塩原市内への展望が拓けているが今はガスに巻かれて何も見えない。


凝った山名標をしている
ガッスガス


依然天気には不安があったが雷レーダーなどを見た所、雷は今日のところは無さそうだったので薮入りを決め、薮装をつけさせる。

今年初の藪トップかつ次の地形はRF(Route Finding)難ということでトップの方針会議には長めに時間をとったが、たるみ25分はあげ過ぎだったかな?トップは最初は浦中に中継のお手本を見せてもらって、その次のピッチから今田と嶋中に中継を交代でやってもらうようにした。

いよいよ薮入り。西村山へは半分踏み跡もあったし赤布も打ってあった。トップは気づいていたか分からないが、道標もあった。これが大佐飛山まで続いていたらやだな、いずれはしっかりした道が出来てしまうのだろうか。。。

薮入り、踏み跡が見えるだろうか?


踏み跡を辿ると270°の沢筋を超える。ここから稜線に沿って歩けばよく、トップも特に迷わずに西村山に着いた。黒滝山と西村山の間のコルはサイト適地。

大長山までは細い稜線をぐんぐん歩くだけでいいのでRFも何にもない。藪は腰丈の笹+倒木少々。時折背丈笹が現れる。相変わらずのガス、ここの稜線も景色がよければまた違ったのかなとか思いながら歩く。

初藪の一年会や内田に藪の感想を聞いてみると、最初は物珍しかったが、今は無心で歩いているとのこと。ふぁいと〜。

大長山は広めのピーク。ここにもMWVの看板があった。特に言うことなし。

一応記念にパシャり


そしてここから先の稜線が1日目の藪のハイライト!だと思う。尾根上は時折濃い灌木に覆われているが稜線が広いので右に巻ける。そしてその巻いた先が素晴らしい。

鬱蒼とした尾根上を抜けると膝丈に満たないほどの笹薮が眼前に広がる。木がまばらに生えていてとても開放的だ。コルにいるときなんかは広いピョコが前後にあるおかげで丘に囲まれた平原といった感じ。この時期でも雪が少し残っているためバリエーションに富んだ楽しい尾根歩きができる。

ガスがあるのが本当に惜しい

歩け〜、登れ〜


Lは思わず隊の後ろを離れて藪を駆け回ってしまった。ここまでなんともビミョーな山歩きだったのでカタルシスがすごい。

ここから1813先コルまでも、思わず今日はここで泊まろうと言い出しそうになるくらいには良いテン場であった。

ああ、晴れている時に来れたならどんなにか良かっただろう。

1813pの先も尾根は細くなるが、藪が全く無くなるようなところもありとても楽しい。一年会も、疲れてはいるようだったがよくついてきてくれている。


たるみ中


大佐飛までもう少し、1820ベロでたるんでいる時、内田から腿の外側の古傷が痛み出したとの報告を受ける。休んだらどうにかなるものでもないらしい。特に足をあげるなどの動作が辛いようである。藪こぎは特にそれだね。

兎にも角にも、完全に悪化しきる前に申し出てくれたのはありがたい。

Lは、塩那スカイラインは山道に比べたらまだ歩きやすいと考えたのと、本ルート完遂にこだわってしまったこともあり、内田には申し訳ないが、引き返さずこのままついてきてもらうことにする。内田をセカンドに置き、本体誘導には時間には余裕があるのでゆっくり歩くようにと伝えた。

1451分、ついに大佐飛山に着く!企画段階でも色々言われたし、Lも本当にたどり着けるとは思っていなかった。展望はガスっていてほとんど無いが、焦がれ続けた無雪期の大佐飛山の山頂に立て、後から感動が襲ってくる〜。

この大左飛山、実は準マイナー名山なのです。

三角点を探し出し、みんなで集合写真を撮る。ここでは今田のカメラを使わせていただいた。

大佐飛山はなぜか電波が入る。見ると、日曜日に乗るはずだった高気圧が消えている。おっと不穏。


三角点は雪があるときには見えない。
藪を漕ぎ、無雪期にたどり着いた証である。

集合写真!達成感がすごい!


長たるみにもしようかと思ったが、みんな全身びしょ濡れで風が吹くとガタガタ震えだす。勝木さんがおおサビ〜と言った。・・・さっさと降りるか。

この後は1824pとの間のコルに平らな場所を探してテントを張るという方針にした。ちょうどトップがコルに笹原を見つけてくれたためここでサイト。


サイト地に着いた!


Lも含めみんな寒さで震えている。さっさとテントを張り、サイトを始める。

今日の夕飯はトマトカレー。トマトの酸味で食が進む。ジジ天では持ってきたソーセージに飾り包丁を入れたりタコさんウインナーを作ったりして遊んでいた。米は若天に炊いてもらったが、これがたいそううまい。聞くと今田が炊いたそうだ。今田には名誉コメ炊き職人の称号をあげよう。

その後は若天の七天で宴会をした。藪トレにふさわしくたくさんの差し入れが出たが、一年会はお腹いっぱいでもう眠いのでほとんど食べてくれない。中尾はNoと言える人間だし太田は寝てるし悲しい。ほとんど上級生+福本で回しあって食べた。差し入れはソーセージ、ポテチ、チーズ、キャラメルコーン、フルーチェ、イワシ、塩羊羹、その他諸々。

思えば今日は雨の中の11時間行動であった。みんな疲れているのも無理はない。

ヤマテンによると明日は晴れの予報である。明日は晴れるから楽しいよ!とみんなに伝えた後、濡れたテントでまさしく泥のように眠りにつく。夜は暖かかった。












6/9() 8時半頃まで晴れその後ガス、昼前から雨

サイト地4:35(たるみ12)6:19名無山6:307:40 1622手前コル8:278:44水場分岐〜9:14ひょうたん峠9:389:59男鹿岳口〜(たるみ1010)13:03見晴台13:1314:09深山ゲート14:35脱出

今日は34半、3時の起床コールは聞こえなかったが周りの人間が動きだしたのに気づいてもぞもぞとサイトを始める。朝食はCHP(パスタ)。ジジ天のスパゲッティは茹で時間7分で若天は3分、ちょうどいいハンデだ。

分配出来は3:30CHPはペンネよりも食べやすかったかもしれない。コロンブスの卵的発想に感服する。

撤収を4:00にして出発は4:35。四時半出発予定だったが、まあいいだろう。予報通り、空は晴れ渡っている。今日こそいい日になりそうだ(フラグ)。


この日最初の方針会議


綺麗な朝焼けを横目に見つつ、サイト地を後にする。


朝焼けとテン場


さて、そこから先はしばらく感動仕切りだった。快晴、とまではいかないが高曇りの空に蒼が交じる爽やかな天気。昨日とは打って変わってガスはなく、おそらく今山行初の眺望に息を飲む。

昨日は見えなかった大佐飛山の山容も、今日はくっきりと見えた。あそこに登ってきたんだぞ!と誰かに自慢したくなる。前方に見える名無山も、ちょうど等脚台形のような立派な形をしている。今回が初藪の4人にも良さが少しは伝わったらいいなと思いつつ漕いで行く。


ずっしりとした山容の大佐飛山
眼前にそびえる名無山


ちょうど、下山路の塩那スカイラインも稜線から眺めることができた。山の斜面に定規で線を引いたようにビーッと一直線、道路が走っている。


斜面に線が走っているのが、分かるだろうか


今田と嶋中には昨日できなかった本体誘導を経験してもらった。腰丈の薄藪ということもあっただろうが、一年会は昨日に比べて積極的に地図読みをしていた。藪の漕ぎ方もなかなかさまになってきている。

稜線上に時折灌木が横たわっていたが、それでも名無山の山頂にはあっという間についた。


名無山から振り返っての大佐飛山方面


山頂で木登りをすると塩那スカイラインの瓢箪峠、そのプレハブ小屋が見える。山頂には前評判通りMWVの標識が。


ひょうたん峠方面、左の白い点が小屋

名無山山名標 by MWV


さて、ここからコルまでの下りがRF難箇所である。尾根に途中までは沿っていき、適当な場所から正確に角度を切ってまっすぐに降りていかなければ目的のコルには着けない。

トップと中継、本体誘導はうまく連携をとってくれていた。概ね正確に目的のコルまで降りていってくれる。ここは急な下りなので一年会はドサドサと笹の上でこけるが、こけるごとにリカバーが速くなっていくのは見ていて面白かった。

1622の南コルに着いたのは7:40分、特にミスもしていないが読みより伸びてしまった。展望があってこれだから、もしガスっていたらと思うとゾッとする。


笑顔で降りてくる本体


たるみ。と、ここで内田から報告が。右腕をダニに噛まれたらしい。なに、それは厄介だ。

見て見ると確かに、直径3-4mmほどのダニが内田の上腕に噛み付いている。先ほど噛まれたばかりらしく、まだダニは膨らんでいない。セオリー通りなら噛んだダニを無理やり取ってはいけないので手の施しようは無い。

しかし何もしないのはLにとっても、多分内田にとっても不安である。

Lはたるみついでに水場偵察をここでやっちゃう予定であったので、今田、嶋中、浦中、L+自ら着いてくることを志願した福本(えらい)が水場偵察に行っている間に、残った人にダニの処置をしておいてもらうことにする。

水場偵察についてだが、本来水場分岐としていた箇所は1622の西コルである。ただ、情報によると水場はその南側の沢が二俣になる所(1530-40m?)とのことだったのでこちらから行ってもたどり着けるだろうと判断した。

今田、嶋中、浦中をトップに据えて水汲みへ。地図からなんとなく想像はついていたが、降りたところの左側に沢筋が現れる。このまま沢筋を辿ろうかと思ったが、なんとこの時期でも雪渓が残っていた。

これでは沢床に降りれないので、右岸をトラバースしながら雪渓がなくなったあたりで沢床に降りることに。沢床へは比較的降りやすい。下り12分ほどで十分に水が汲めるほどの水量と落差になった。昨日の雨でみんなの水の消費量が少なく、下山時まで十分に余裕があるので水汲みはせずに帰る。登りは15分ほどかかった。

ちなみに、本来の水場分岐よりこっちの方が平らでかつ広いので、テントとかを(もし張りたい人がいればだけども)張るならこっちの方が良いと思う。

帰ってみるとコルはガスに包まれ出していた。あれ、今日は晴れるはずじゃあ…。内田のダニについて聞くと、上級生が、火に近づけてたら死んじゃった〜などという。正直、もう少し真面目にやってほしかった。

内田自身は、足の古傷が痛みかつマダニにも噛まれて気分はどうしても落ち込んでいたことだと思うが逆にそれをネタにして隊を盛り上げてくれていた。えらい。

さて、ここまできたら藪抜けまであと一歩。天気が良い間に藪抜けしよう!

1622pは巻き気味で通り過ぎる。ひょうたん峠までは踏み跡や標識がちらほらあった。1622西コル(水場分岐)にも水場の標識が。稜線北側は切れていることが多く、最後は少し急登。初藪メンバーに藪抜けの作法を教えて念願の藪抜け!


藪抜け写真でつまづくL


こける体勢からそのまま

藪抜け土下座












 

藪抜けした感想は、道路に出た、だった。(本当にこの通りだったのだから語彙力とかそういう問題ではない)

幻の「廃道」塩那スカイライン、栃木県が過去100億円という莫大な予算を費やすもついぞ完成しなかった伝説の観光道路。

正直あまり期待はしていなかった。山道より少し歩きやすければいいなぐらいに思っていた。

それがどうだろう目の前にあるこの「道路」は。きちんと道幅は広く路肩の崖は舗装されている。いま、霧に隠れた道の先からエンジン音が鳴り響いてきても無理なく受け入れられそうな、そんな道路だ。


普通に綺麗な道


ひとしきり感動を済ませる。辿り着いたひょうたん峠は残念なことにガスっており、少し肌寒かった。藪抜け箇所には錆びた標識がある。


藪抜け地点と古い看板


有志を募って、名無山からも見えた瓢箪峠にあるプレハブ小屋をひとっ走り見に行く。来てくれたのは福本、浦中、嶋中だ。

歩いて5分ほどだろうか?近づいてきたプレハブ小屋は白い直方体の形をしていた。人を入れたくないのか、ドアはしまっており、ドアノブまで外されている。しかし窓の鍵は開いていて中に入ることはできる。


プレハブ小屋、周りも拓けている


中の様子はこんな感じです。











あ、貼る写真を間違えました。





中は少し荒れているがブルーシートも敷かれており使えないことはないだろう。雑魚寝であれば10人以上は寝れる。中は少し暖かかった。

近くには記念碑が。「104建設大隊 塩那の峻険を拓く」と書いてあり、下には当時の栃木県知事の名前が入っている。この道路は開通していたことがないのだから、これらの人工物は作られたっきり、人目にはほとんど触れていない。我々はこれを目にした何人目の人間なんだろう…。(実は結構いる)


階段と石碑、看板も


ひょうたん峠に戻ると、浦中が差し入れのこんにゃくゼリーを出してくれた。藪の感想を話しつつ、濡れた靴下を絞ったら出発。あとは塩那スカイラインを歩き通すだけである。

浦中と勝木さんは分離隊とし、早めに下山して入山口にある車を取ってきてもらうことにする。

残った隊もゆっくり歩き出す。もうここまできたらDead or 完遂である。

男鹿岳口には前情報通り赤布が多めに打ってあった。近くには満発のプラティパスとストックがデポってある。誰か男鹿岳に登っているのだろうか。


男鹿岳口、取り付きは少し急登?


時間的に男鹿岳に登っている暇はない&天気が悪く展望が望めないので泣く泣く男鹿岳カット

藪抜けした時は塩那スカイラインに寝そべり道路だ道路だとはしゃいでいたが、歩き始めるとまた評価はガラリと変わる。

やはり塩那スカイライン自体は道路というよりは林道に近い。道自体の舗装は望むべくもなく、左の崖は舗装されているところもあれば舗装されていないところも同じくらい出てきて、まちまちだ。

道幅も、車が通れそうな場所もあれば、左右の笹薮で、もしくは崖側の道が崩れ落ちていて人一人が通るのがやっとというところもあった。その上、土砂崩れや倒木で道幅の半分近くが埋まっているところも出てくる。


がけも舗装されている、これは歩きやすい

一方こんな場所や

こんな道もある

人一人分ほどある落石


完全に道が埋まっているところは1665pの南東、東西に延びる道に一箇所だけあった。土砂崩れの影響のようだ。ほんの少しだけ藪を漕いで通過することになる。


こうなるともう道は通れない

反対側


道を自然に還すという県の方針からか、できてしまった道が沢状地形になってしまうことだけは石を積み上げ斜面に水を逃すことで防いでいるところがあったが、それ以外の崩落などは全く撤去などされている様子はない。何処かのタイミングでいきなり通れなくなるということもあるだろう。ここを通る時は事前情報の確認が欠かせない。


これは多分整備のあと
水をがけの方に逃がしている。


一応観光道路としての名残として、ガードレールや、観光客用に設置されたであろう看板が残っていた。もっとも、全て落石でひしゃげてしまっているが。舗装されていない道と藪の中に出ているガードレールの対比は、何か、こう、クるものがある。ポストアポカリプスのような世界観だ。


看板であったもの、月見曲

ギリ耐えている、貫通広場

まだまだ現役、石楠花岩

見晴らしは無い、見晴台

ここまできたらあと少し、本部跡
廃道+ガードレール、岩でひしゃげている


1520mのベロあたり、月見曲の前には植生回復経過観察小屋という名前のプレハブ小屋があった。こちらは小屋の中は瓢箪峠のものと違って綺麗だが、ドアと、窓からも中に入れないようになっている。


綺麗な小屋だが利用はできない


他にも色々特徴や変わったところがあった。

まず色々落ちている。崩落箇所の大きな石はもちろんだが、今ではお目にかかれないような古い柄の缶ジュースや瓶、靴なんかも落ちていた。

特にこの靴は履けなくなったようには見えず、かつ両足とも揃っており崖の落ちる方向に足先を向けているので、ついそういった方面の想像をしてしまう。


靴が落ちてる


道の途中で焚き火をしたような跡なんかもあった。深山園地へ2-3時間ほどの場所であるし、ここで寝泊りをする理由は思い至らないのが、なんとも不思議である。


これは丁寧な焚き火だ


道の脇に雪渓が残っていると思ったら、今度は山菜の王様タラノキが道の脇からニョキニョキ出ている。少し山にはいれば女王のコシアブラもあった。


雪渓かな、雪渓かな

タラノキ、痛い


ちなみに、塩那スカイラインは電波はあまり期待できないが、たまに入ることがある。少なくともひょうたん峠と見晴台は電波が入った。

歩くごとに発見があり、Lとしては歩いていてとても楽しかったのだが、やはり隊のみんなは疲れていたようだ。

男鹿岳口から見晴台までの時間は読みからかなり伸びてしまった。途中、崩落などで歩きにくいところがたくさんあり、やはり林道と同じようには歩けない。しかも、かなりガスが濃くなってきており、期待していたスカイラインからの眺望も望めない始末。悲しい。

最初は物珍しかった塩那スカイラインにもみんな飽きてきたのだろう。おしゃべりなど無い、無心の行軍が続く。


無心で進む


12時過ぎ、ガスならまだしも雨まで降りつけてくる。あらあら。ヤマテンでは晴れって言ってたのに!少しだけ気分は萎えた。が、おや、雨のせいか心なしか隊のペースが上がった気がする。

13:03、読みの1.5倍の時間をかけて見晴台に到着。ここでみんなやっと自分たちの居場所を特定できたのだろう。あと読みでは60分だと分かり、少しだけ隊の雰囲気も明るくなる。ここで、水はLが3発背負っているので他の人には水を全部捨てさせる。さあ、ラストスパートだ。

身も心も軽くなったのか、みんな今までより好調なペースで歩いてくれる。雨は強く打ち付けてくるようになる。見晴台から50分、ようやく第一のゲートを発見。

よほど侵入を許したくないのかゲートの脇がさらに石壁で固められている。しかし山側からなら巻ける。


第一ゲート、本部跡のすぐ先


続けて第二のゲートも登場。ゲートというよりフェンスに近い。開くことをそもそも想定していない作りだがこれは谷側から巻くことができた。


第二ゲート、フェンス
反対側から


そしてここから深山園地の領内に入る。ゴールは近い。看板を見るとあと500mとある。みんな頑張れー。最後のゲートを超え、舗装路の上に出てゴール!ほぼ読みどおり、63分で最後の区間は通過できた。ああ、長かった。


案内看板

ラストゲート、ゴーール!


と、ここで予定通りなら車が2台待っているはずなのだが、まだ到着していない。雨に打たれ全身びしょ濡れである。さらに雨宿りできる場所がまるでないので待っている時間が寒い寒い。結局30分弱待たされた。


最後まで達成感たっぷり


そのあとは無事着いてくれた車に乗り込み、板室温泉とその近くの青木食堂で温泉と打ち上げを行って、みんなで本郷へと、帰途についたのだった。



まとめ
久しぶりの本格的な雨藪山行だった。それでも楽しいところ、見所はたくさんあったのだが、初藪の人にこれは申し訳ない。懲りずに別の、今度は晴れている藪に来て欲しい。
メンバーに恵まれたこともあるが、完遂できて本当に嬉しい。夏合宿に向けて自信になった。
黒滝山からひょうたん峠へ藪で抜けている記録はネット上でも見つけられなかった。オンリーワンのものになったという自負がある。
いつも行ってるルートは嫌だということで作ったルートだが、長かった。この企画はそれに尽きると思う。もう一度行きたいかと聞かれたら返答に窮するが、藪トレとしてはRFもでき、それほど濃くないが藪もしっかりしているので定番ルートになっていいと思う。誰かまた出してください。今度はもちろん晴れた時に。


長い(確信)


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