新人合宿 雲取

参加者(係)

3: F谷(CL)、K納、M下、W部

2: S川(sL)、K原(H)、T田(W)、N村(F)、M田(E)

1: M山、I藤、K辺、O合、N原



4/19(金)晴れ

駒場=(電車)=奥多摩駅


理学部ガイダンスのあるM田と本郷のF谷さんを除き、5限後新学生会館集合とした。Lは家のプリンターが故障し大量の紙をコンビニで印刷しなければいけない事案が発生し遅れる。L不在の間に2、3年会の皆様は1年生の装備チェックをしてくれた。申し訳ない。19:30には野暮用が片付き、20:05発の井の頭線に乗り込む。ここで後期教養のお二人が満員電車に乗り切れず、1本遅れて追いかけることとなる。井の頭線は夜急行にのりかえると悲惨なことになる(経験則)ので、各駅停車で吉祥寺まで行く。中央線は相変わらずの大混雑、端の車両でようやく乗れるくらい。立川で乗り換え、後期教養の両氏と合流し、30分ほどの待ち時間があったため、Lは改札を出て成城石井でお買い物をする。その後は青梅での乗り換えを経て10:30ごろ奥多摩駅着。F谷さんも同じ電車に乗っていたらしい。すでにK納さんは奥多摩にいた。

駅前は立派なトイレもあり待合室は一晩中明かりがついていた。駅前の奥多摩朝観光案内所の下に駅カン適地があり、一年生をそこに寝かせる。一方我々は駅前に銀マとシュラフを広げて就寝。と行きたいところだが、ここでコッヘルが1セット多いことが発覚。K納さんからフライのリーチを頼まれていたLが、部室に落ちていたコッヘルもリーチ対象と勘違いして持ってきてしまった。さらに、K原が持ってきたヘルボAの中身が非常用セットだったことも発覚、先日の部室整理の際非常用セットに誤ってヘルボのテープを張り付けてしまったらしい。これについてはM田のファーストエイドキットを頼ることにした。

奥多摩駅前のトイレにはツバメの巣があり一晩中うるさかったが、危惧していた酔っぱらいはいなかった。M田は終電で0:00ごろ着、寒空の下野良猫がうろちょろしていた。コンビニは早くに閉まる、ここ東京だよね?



4/20((土)晴れ

奥多摩駅6:05=(バス)=鴨沢バス停6:40体操・自己紹介6:55~着衣調整~小袖乗越7:30~7:45たるみ(小袖の廃屋)7:55~8:45たるみ(堂所道標)8:55~9:45七ツ石小屋10:05~ブナ坂10:33~10:55奥多摩小屋跡11:05~小雲取山11:32~11:50雲取山12:25~小雲取山12:36~奥多摩小屋跡12:54~13:15ブナ坂13:25~13:40七ツ石山13:50~七ツ石小屋14:05


バスが6:05に出るので5:00ないし5:30の間に各々起きる。やはりツバメがうるさい。市野さんに入山連絡を入れて朝ご飯を食べる。バスは速めに乗り込んだので概ね座れた。F谷さんと向こうの山の上に見える白い建物は何だろう?(大寺山の仏舎利塔らしい)とか、奥多摩湖の水が少ないねなどと話しているうちに鴨沢バス停で下車6:40。ほとんどの人がここで降りた。ワンゲル体操と簡単な自己紹介を済ませ6:55に出発。歩き始めてすぐに3分ほど着衣調整を入れる、道中にはあちこちに平将門迷走ルートの看板がある。小袖乗越をあっさり通過し小袖集落付近の廃屋でたるむ。なかなか立派、N村がグミの差し入れを出してくれる。地図読みしずらいトラバース道をひたすら登る。LはM下さんに後期教養への勧誘を受けたり、一人地図読み修行をしたりしていた。小袖からの道なき道(地図には書いてある)との分岐の先には水場がある。所々ある岩頭では休んでいるひとがちらほら。堂所の道標(実際は地図上の「堂所」手前のコル)でたるみ。尾根に乗るわかりやすいところなので地図読みを出したところ、経験者のO合君が正解。K原君は答える気がないようだ。富士山を横目に尾根上を進むと七つ小屋下という道標を右に曲がって七ツ石小屋へ。ここまで1年生も難無くついてきてくれている。すごい。七ツ石小屋ではおばちゃんに天場代14000円を支払って領収書も切ってもらう。天場は満張らしくそんなに広くもない。小屋には猫がいた。かわいい。ここでサブ装に換装し、小屋て前のスペースにメインザックを置いて雲取山へ向かう。

小屋からブナ坂までの巻道には水場があり小屋までホースが引いてある。その上にある橋はちょっと危ないかも。サブ装ということもあり結構なスピードで進む。途中ダンシングツリーとヘリポートを通過し、奥多摩小屋跡から少し登った所でたるみ。左手には富士山だけでなく南アルプスの稜線もうっすら見える。奥多摩小屋の後はもはや何もなく、ロープがしてある。ここでN原さんがちょっとしんどいらしいので荷物をF谷さんに持ってもらう。見た感じそれほど深刻でもなさそう。多くの要望に応えて奥多摩小屋上のヨモギの頭というピークは巻く。小雲取山もあっさり通過し、雲取まで尾根上をあるく。コルのあたりでしきりにM田がピークハントの宣言を要求するので、しぶしぶLは斜度が変わりそうなところでピークハントをかける。当然のようにメインザックをからって来ていたM田君は爆速で登頂1147。Lは最後尾でちんたら登って1150に山頂着。避難小屋は山頂よりも手前にあるので注意。反省会でいうのを忘れていたが、ピークハントで稜線上を走り回ることについて、おじさんから注意を受けた。Lも之には同感なので人の多いところでは節度をもってハントしていただきたい。山頂は思ったよりも混んでいない。通りかかりのおばさんに写真を撮ってもらい長たるみ。いろいろと差し入れが展開される。皆さんありがとう。山頂標は「日本百名山雲取山」という木の柱と東京都が設置した石のモノリスがある。一等三角点もあり、旧内務省設置の石碑もある。Lとしては1時間位ダラダラしていてもよかったものの、暑いので早く行動したいという要求があり30分ほどで下山。下りは登り以上のハイペースで、1ピッチでブナ坂までたどり着く。途中、行きは巻いたヨモギの頭を打ちともにyamapユーザーであるW部さんと山頂通過を喜んだ。また、大輔は奥多摩小屋跡のピンをすっ飛ばした。ブナ坂から七ツ石山の登りはちょっと厳しいが一瞬で登り切り再び10分ほどたるむ。ここにも東京都公式のモノリスがある。M下さんがジュース1.5Lを差し入れてくれた。おいしい。F谷さんはしきりに七ツ石山には本当に七つ石があると主張していたが山頂からはよくわからない。しかし、七ツ石神社まで下ると、神社の裏手に七ツ石があるように見える。へぇと思った。尾根を下ると行ききた道に合流し小屋へ帰還。ここまで7時間。爆速だった。

とりあえず、片方の七点と四五天(女子天)を立てて置き、M田をサイマスに任命しサイト時間等を考える。いくらなんでも早すぎるので、K納さんが持ってきてくださったタコ焼きセットでたこ焼きをし、1530にサイトを開始することにする。たこ焼きはK原と大輔が1年生とともに楽しんで作っていた。M田は後ろでストレッチをしている。M下さんは『日本の歴史問題』なる本を読んでいる。各々だらだら過ごす。小屋には売店があり色々買える。水場も無料で使えるほか、トイレはチップ制100円。天場は満員だった。ドコモは入らないが、トイレの方まで行くと入るかもしれない。auは余裕で入る。サイトはポトフ。N村曰く茶飯を悲惨なことにしないためらしい。サイトは外でやる。ポトフは比較的ソーセージ過多の感があったが美味しい。ふりかけのバリエーションが豊富でよかった。茶飯も普通においしかったが、K原大輔の二人は茶飯の廃止を執拗に唱えていた。もう片方の七点を立てて各々宴会をする。しかし、もう片方の七点は寝てしまっている。我々のテントでは大輔君が持ってきてくれたホットサンドメーカーでほっとさんどをつくったり、K原の指導のもと「じゃがアリゴ」を作ったりした。当然マシュマロやおつまみもある。ありがたいがかなりボリューミー。明日が雨予報ということもあり、やや早めに行動するため400起床として430-500で十分行動できるくらい明るんだ時点で出発することにして就寝1900ごろ。



4/21(日)曇りのちガスのち(雨)晴れ

七ツ石小屋4:40~着衣調整~千本ツツジ5:11~5:30たるみ(高M山)5:40~鷹ノ巣山避難小屋6:19~6:38鷹ノ巣山6:50~水根山7:04~7:50たるみ(六ツ石山手前のコル)8:00~六つ石山分岐~空身~8:10六ツ石山8:15~空身~六つ石山分岐~8:22狩倉山8:27~8:50三ノ木戸山分岐9:00~9:03三ノ木戸山9:10~奥多摩駅10:33


400起床。Lは冬山の過酷な環境に比べ、シュラフなしでも寝られるのが素晴らしく感動。他の子はあまり寝れなんだらしい。朝サイトはチーズ餅茶漬け。K原はチーズ不要論を主張するが言語道断である。女子天含めて9人分を作るので、5人のもう一方のテントの1.5倍位の時間がかかった。わがテントは皆さん小食であらせられるので、Lが餅を余分に食べることとなり、今山行1つらかったかもしれない。また、ティーパックの数が1個足りず、茶飯が薄かった。I藤君も朝サイトはしんどそうだった。小食にはつらい。

雲が出ているので朝陽がさえぎられて周囲が明るくなってくるまで少々時間がかかっている。夜明け前行動を主張するM田は4:20ころには出発を主張するが、Lはまだ暗い上、これから通る西側のトラバース道は更に暗いと危惧したため4:40まで様子を見ることにする。結局、4:40ごろになると周囲も明るくなってきて鳥も鳴いているため438くらいで体操を行い40に出発。鳥のさえずりが夜明けを知らせる(個人の意見)空は曇りだが、霞がかった奥多摩の山々は幻想的だった。今日も読みをはるかに超える爆速で進軍し、1ピッチで高M山まで至る。トップのN村が千本ツツジの手前で巻き道に入ってしまったため、ピーク手前のコルで尾根に乗る。またここで着衣調整、景色がいい。千本ツツジにはツツジ1本も咲いていなかった。また、F谷さんが枝に頭をぶつけ軽く出血。高M山は何もないピークだが、地図で見る以上に東に伸びる尾根の傾斜が激しく、独立峰の感があった。絶妙に寒い。一方で、その隣の日蔭名栗山は対照的になだらかな頂上でブロードピークだなぁと思った。また、稜線から見える富士山手前の鉄塔が立った山は三つ峠だろうか。そうこうしているうちに鷹ノ巣山避難小屋を通過。立派な小屋で幕営している人もいた。小屋のコルから登り返すと鷹ノ巣山に至る。結構な急傾斜でロングピッチを切ったが、前方を歩くM田がLの方をチラチラ見てくる。ピークハントがしたいようだ。昨日と違い石尾根は人の少ない静かな稜線なので、傾斜が急になるところでピークハントを宣言する。M田とK納さんが走り出したのに続いて、一年男子も少しだがペースを速める。無理せんでいいのに、、、1番乗りはM田で635。ピークからは景色がよく三頭山あたりが雲海から顔を出している。遠くには丹沢も少し見えた。関東平野は雲の下である。山頂標は例のごとくモノリスで、I藤君が不況のためにブランデーケーキを差し入れてくれた。

鷹ノ巣山を下ると1651付近で幕営している人を確認。平坦な土地にテントを張り、ちゃんとごみをテントから離して木の上につるすという周到なハイカーだった。水根山はすこぶる登りごたえのないピークだった。手前には倉戸口の方への分岐がある。ここらへんでガスが出てくる。続く城山は山頂を通ったものの、トップのK原は将門馬場を巻き道であっさり通過。地図にはないが一応尾根上との分岐があったため報告してほしい。この結果、LのGPSログはギリギリ将門馬場を通過していないことになってしまいむずかゆい。将門馬場から下ったコルでたるみ。ここで夏合宿の話などが出た。Lは暇だったので六つ石山への尾根上をふらふらしていた。石尾根縦走路は六つ石山を巻く形をしており、六つ石山分岐で空身になって六つ石山へ向かう。ものの3分もせずに登頂。M田は当然本ザック、おろすのが面倒くさいF谷さんとLもメインのまま向かう。頂上は曇っていたものの例のモノリスが出迎えてくれた。六つどころではなくたくさんの石が落ちている。山頂に10分ほど居座ったのち分岐へ戻る。北が下になっている気持ちの悪い地図があった。分岐から進むと埋もれた祠がありさらに進むと1452m峰(狩倉山)がある。Lはさっきの将門馬場をまかれた腹いせに二年会の男どもの反対を押し切って狩倉山登頂。山頂は東京農業大学の演習林の中にあり地味な山頂標があった。急傾斜をくだって三ノ木戸山分岐でたるみ。北側斜面は東農大の演習林らしく針葉樹林と広葉樹林が稜線上ではっきり分かれる植生となっていた。また、三ノ木戸山分岐手前にも分岐があり、三ノ木戸林道を経て奥多摩駅に至る。ここでもLはせっかくだから巻き道を使わず三ノ木戸山への登頂を主張し、頂上には四阿があるなど三ノ木戸山のすばらしさを紹介する。隊の皆さんもLのわがままに付き合ってくれて三ノ木戸山に登頂。四阿はすっかり荒廃し、何にもないピークだったが、ふと上を見上げると山桜が咲いていた。尾根上を進んだのち登山道に合流、一時林道と交わるが通行止めになっており、すぐに登山道に入る。下り登山道は杉の林の中を下っていく。なお、一時雨が降ってきたが標高が下がるにしたがって天気が好転し、絹笠山814mの下の神社のあたりでは晴天に恵まれた。絹笠山直下には記録通り腐った橋があったので、一人づつ通過していく。下を通って巻くことも可。橋の先に神社があり赤い鳥居がぶっ倒れていた。また、石の仏像・神像が祀られていて享保年間のものだった。周辺には樵小屋らしき廃屋や石垣が無数にあり地元の人々の生業の場だとわかる。石垣の間を下ると車道との合流点に達する。民家がまばらにある車道を下っていく。途中はきれいな花が咲いて居たり、ダイヤル付きのブラウン管テレビのある廃屋があったりと非常に魅力的な道だった。W部さん、F谷さん、そしてLと大輔はゆっくり散歩しながら降りて行ったが、トップ集団はこの区間を爆速で降りていった。途中には三田羽黒神社という立派な神社がある。社殿は立派な割に表参道(登山道)は荒れていた。LはT田くんに日本の神社について語ったりしていた。道中は桜がきれいでショートカットを挟みながら奥多摩駅へ至る。この間たるみなしのロングピッチだった。2日目もおよそ6ピッチと読みをはるかに上回るスピードだった。

温泉は過去記録と同じもえぎの湯で700m歩く。人が多く男性は満員で整理券を渡されるほどだったが、割とすぐに入れた。近々リニューアルオープンしたらしくタオルを配っていた。温泉から上がると上の休憩場兼食堂で反省会。下山連絡を入れて奥多摩駅に戻り14:00過ぎの電車で中央線に乗り込み帰宅の途に就いた。


総評

30kmを超える行程は1年生には厳しいかもしれないと思ったが余裕をもって完遂することができた。雨予報で行動開始の判断に苦戦したが、結局晴天に恵まれたので概ね満足できる山行になったと思う。

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