夏合宿(道隊) 大雪山

 参加者   4年会 LEW曽根   3年会FH  1年会 永田 松田 山本



202284(木曜日) 曇時々晴

上富良野駅=(バス/タクシー)=吹上温泉

直前に2年会が全員SARS-CoV-2によって不参加になり、とりあえず2年会抜きの5人で日数を6泊7日+行動予備日2日に短縮して入山する(2年会が途中合流した場合は元の9泊10日+予備日2日に延長あり)ことになった。前日までに出発していた3人はひたすら道内を移動し、当日出発勢も山本は新幹線で、島は飛行機で北海道入り。島は当初予定していた旭川空港昼着から急遽早い便に変更していたようで、LINEグループで上富良野を観光していると言う。永田が千歳線の人身事故の影響で集合に間に合わないとのことなので、最初から間に合わずタクシー利用の予定だった山本と途中で合流するように指示する。Lは余裕を持って2時間前の列車で上富良野駅に到着したところ、島は観光を終えて駅舎内にいた。見晴らし台に行ってきたとのこと。島はこの駅の田舎っぽさに少し衝撃を受けているようだった。旅行好きの視点からすると有人駅だから北海道ではこれでもマシな方なのだが…下界はいい感じに晴れていたが、肝腎の山の方は分厚い対流性の雲が帯状になって覆いかぶさっている。駅に併設された観光案内所のおじいさん曰く今年は晴れてもこんな感じで、ここ1週間で上まで見えたのは1日しかなかったとのこと。去年は空気がカラッカラで好条件だったとのことだが、昨年は7月から8月の最初までは太平洋高気圧がかなり北偏して記録的猛暑、その後前線が通過すると一転して記録的低温になったがその時もオホーツク海高気圧が張り出してきていたのに対し、今年は高気圧の張り出しが微妙で高気圧中心部の下降流域まではあまりかからない一方高層の気圧の谷が近くに来やすく、地表附近の気圧配置がそこまで悪くない場合でも上空の寒気の影響で高層は微妙であまり安定しないという事だろう。一方で今後の天気は、明日は上空の寒気が微妙だが明後日までは基本晴なので予定通り入山は全く問題ないが、その後があまりよくない日ばかりで、美瑛富士避難小屋から先の核心部へ進めるか怪しい感じである。松田がなかなか来ないと思ったらギリギリの列車で到着し、リーチのコッヘルを手に持ちながら急いで走って来た。十勝岳凌雲閣行きのバスは駅前広場にやって来る。マイクロバスで、自分たち以外に数人の登山客が乗る程度で、隣の座席に荷物を置いて問題ない。町中から田園地帯を通って山道に入り、約30分で吹上温泉の白銀荘に到着。運賃は1500円。白銀荘のフロントでテン場の利用受付を済ませる。「1張」500円と大きいテントなら格安の値段で、水道・トイレあり、ゴミは持ち帰り。テン場は広く平らに整地されており、人は多いがそれでも奥の方に行けば場所に余裕がある。因みに、本来は緊急時のヘリコプター発着場とのこと。場所は確保したが永田の本体がないので建てられない。日の入りまで1時間ほどあったことから、Lはその時間を活用して片道徒歩数分の吹上温泉に向かう。大自然の中にある無料の混浴露天風呂。Lはここの入浴マナーがわからなくて、不愛想な先客の地元民風おじさんに半分叱られる感じで教わる羽目になった。脱衣所はなく、湯船の上の方にあるベンチが設置された簀子の上で服を脱いでそこに荷物を置く。上と下の2箇所の湯舟があり、上は完全な温泉で地元民は基本こちらに入るとのことだが熱くて長時間浸かるものではない。一方、下の方は熱い温泉水だけでなく冷たい沢水のホースも置いてあり、ホースを湯舟から出してそのまま谷に流すことで水温の調節ができる(出る時は必ず2本のホースとも湯舟の中に戻す)という仕組みだった。現地には説明書きが少なくとも目立つところにはなかったので、今後来る人はあらかじめ頭に入れておくべきだ。緑豊かな谷間の風景を楽しみながら休む。自分が入ってすぐに先客のおじさんが出て、出るころに次の客がやってきたので結構独り占め状態で楽しめた。テン場に戻る時は暗くなりかけており、人や車もあまり通らないことから熊が出てこないか少し不気味な雰囲気で、まだ入山していないことから油断していたが熊鈴と熊スプレーをしっかり持ってくるべきだったと思った。戻ったところでテントはまだない。到着は20時頃になるとのこと。人身事故のせいなので仕方ないことだが遅くて暇すぎる。ここで出発後にW代行を引き受けたLが途中でトランプの調達を忘れたことに気付く。W装はL装の中身で代替するとしてそのまま安心してしまっていたのだ。仕方なく外で夕食を食べることくらいしかやることがなく、上手く時間をつぶせない。島がエキノコックス対策として飲食前に使う消毒用品を忘れたことが発覚し、この後ずっと他の人から借りることになる。山には雲がかかっており、次第に雲底が低くなってきて霧がすぐ上までかかってきて、雨が降りださないか不安になる。移動中もずっとレポートを書いており時間がなかったという松田がスマートフォンを見ながら本地図を描いており、予備地図忘れが発覚したのでL装の予備を渡す。辺りは完全に暗くなり、20時頃になってやっと永田と山本がタクシーで到着。向こうはこちらの場所がわからないからという事で、タクシーがやって来たのを見て迎えに行く。行ってみると何と2人が大量の荷物を外付けしていた。よく聞くとそもそも今年の1年会はロシアとウクライナの戦争の影響で物流が滞ったとかでザックが品不足で70L程度の小さいものばかりしか買えなかったという。この情報は上級生2人とも把握していなかったので驚きであった。翌朝テントを畳んだ後荷物を詰め切れるかが怪しい中、とりあえず全員飲みポリに加え共ポリも満発入れてテントを組み立ててさっさと寝る。エキチェの時に持っている分が足りないという事で部室にあった中古品を渡した永田のポリタンクの蓋に穴があり水漏れするとのことなので、E装の予備を取り付ける。また、松田の浄水器は人数変更に伴う共装削減の時にとりあえず2台に減らすと言っていたが、旭川駅で非常用パックと大缶をデポした場所が見つからなかったとのことで3台目もそのまま持ってきていたが、後々蓋を開けてみると浄水には意外と時間がかかったので、これが結果的に成功になった。不要に狐の荒らし対策として荷物は全部中に入れた。7テンでそれをやると今回の5人でギリギリであった。入山前だがパッキングの問題で時間がかかることが確実なので、翌朝は3時起床と時間を指定する。なお、それまでの天気は一瞬若干の霧がかかったり時折僅かな雨粒がパラついたりしたが、それだけで基本は曇りで何とか持った。

 

202285(金曜日) 曇一時霧後晴

吹上温泉4:32(5:10たるみ5:22)~雲ノ平分岐6:006:11十勝岳避難小屋6:31(7:11たるみ7:25)~昭和噴火口7:49(8:09たるみ8:24)(8:54たるみ8:56)9:22十勝岳9:43(10:29たるみ10:42)(12:09たるみ12:18)12:53美瑛富士分岐13:0113:43美瑛富士避難小屋

テント内で朝食を食べて早めにテントを畳む。案の定パッキングで四苦八苦して時間がかかり、どうやって詰めるかとか色々言っていると他の登山客に朝早くうるさいと怒られる。しかし、1年会のF装や行動食を物によっては小袋分けにして隙間に押し込むなどしてLと島の95Lのザックに詰め込んだところ、ギリギリ入りきったので予定通り出発することになる。なお、この中で山本が7泊目以降のF共装も必要だと思い持ってきていたことが発覚。どうやら、日程を短縮する時のF装の変更について、6泊目まで5人分持ってくるようにと言ったのが、7泊目以降は当初予定から変わらないという風に解釈されてしまったようだ。ここもはっきり確認するのが不十分であったことから、日本語が下手であまりうまく言葉を組み立てられないLの個人のことで、割と他人に言われる言葉の伝え方について、情報量の負担が多いとかで長いことによく文句を言われるが長文の方が、誤解を招きやすい短文で伝えるよりは長い目で考えると後々面倒なことになりにくいことからよいのではと改めて思った。また文句を言われそうなので体操と1分間スピーチは省略して出発。トップはとりあえずずっと島にやってもらう。最初の入口の案内が全くなく、どれが正しい道なのかわからない。島が携帯のGPSを見ても精度の問題でよくわからないが、とりあえずぱっと見最初の角度が南寄りで少し怪しそうだが唯一見えるテン場の左側から伸びる道を試しに少し進んだみたところ、程なくして分岐があった。しかしここで島は間違えてそのまま南東の三段山方面へ進もうとしてしまう。幻湿原、屋久島と島は去年もLの企画でトップとして簡単な分岐の間違いを連発していることから、やはり大丈夫か少し不安が残る。次回からは気を付けてしっかり確認するようにしてください。しばらくは樹林帯の斜度が緩いトラバース道を進むが、所々熔岩がゴロゴロ露出しており早速火山らしさが感じられる。途中火山活動を監視する小屋もあった。天気はたまに霧がかかるが晴れ間もある感じ。渡渉はギリギリ登山靴が浸水しない程度の水量があり、危なくはなかったが1年会は少し不慣れな感じ。増水時はまず通行無理だろう。沢を渡ったあと島はそのまま沢に沿って河原を下ろうとするが、行き過ぎている気がしたのでよく探してみると、渡った地点から少しだけ左側に寄った先の岩に黄色の矢印が描かれていたので呼び戻す。一気に1000m程登るこの日の上りが荷物が重いことも有り一番きついことから、上り区間は所定の50分よりも縮めたショートピッチを取りこまめにたるむ。森林限界を超えると植生が全然なくなりいかにも火山という風景が広がり、人が少ないというわけではないが登山道がわかりにくくなる(所々に目印はあるので、余程の視界不良でなければ問題ない)。望岳台からのER1と合流するが、あちらの方が道幅が広く主要経路と言う感じだ。そこから上り区間に入ると程なくして山本が少しきつそうになる。みんな動物の糞があるたびに熊ではないか気になるが、この辺りは小さいものばかりでそうではなさそうだ。十勝岳避難小屋の手前でトップに鉈または熊スプレーを渡し忘れていたことに気付き、山本の鉈を島に渡してもらう。開けた斜面にポツンと立つ十勝岳避難小屋の中はしっかり整理されており、最低限だが水の備蓄やヘルメットが置かれていた。この辺りまで登ってくると霧に覆われることもなくなり、下界がうっすらとした雲海に覆われているのが見下ろせる。上も雲があり時折山にかかっており、ここはその狭間と言う感じである。山の斜面からは所々から蒸気がもくもく立ち昇っている。先を見ると間隔は開いているが登山者は多い。小屋ではキジ打ちもあり長めにたるんだが、トイレだけでなく茂みもないので、他の登山客がいない時を見計らってパパっと済ませる必要があった。昭和噴火口のピンは少しずれており、平らな尾根に出たところの方が正しそうである模様。開けた荒涼な台地が続くだけでなく、火山ガスの臭いもなかなか強い。特に山本が上り坂ではいつもきつそうなのでこまめにショートたるみを入れる。最後の200m程がなかなかきつかったが何とか十勝岳に到着。山頂に到着した時には晴れ渡っており、周囲を一望できた。

十勝側は見事なびっしりとした雲海が広がる。しばらく景色を楽しんだのち、他の登山者に集合写真を撮ってもらい出発。山頂は人が多かったのに縦走路に入った途端に人が殆どいなくなる。大半の人は縦走ではなく十勝岳だけを目当てにしている模様。十勝岳直下は石ころばかりで滑りやすく少し歩きにくいが、しばらくすると斜度が緩い道が続くようになり、多く空は晴れて右手には雲海が広がり、稜線歩きは気持ちいい。

美瑛岳分岐への登り返しに備え、コルに到着したところでたるみ山本のポリを2発抜いてLと島で1発づつ持つ。美瑛岳分岐の手前辺りから美瑛岳方面にかけては岩っぽく、左側は断崖である。周りで対流性の雲がもくもくと増え始めており天気予報にも午後は局地的な雷の恐れが記されていたことから、上空の寒気が抜けきっていないことと考えられ、午後の俄雨のリスクを考慮し、万一雷が来た場合この辺りは全然逃げ場がなく危なそうだし早く小屋があるテン場に着きたいという事で、美瑛岳・美瑛富士はカットすることにする。トップ島が美瑛岳分岐を報告せずLも気付かなかったため、いつの間にか下りをずっと進んでおりとっくに通り過ぎてしまっていた。美瑛富士分岐への岩石がゴロゴロする下りは山本はあまり問題ない一方、永田が苦戦するので途中でセカンドを入れ替える。向こうの美瑛富士はきれいな形をしている。鞍部を挟んでみても美瑛富士の登山道は明瞭で、足早に下りる2人組の登山者もはっきり見える。この頃どんどん両側からやって来る雲がかかりやすくなり、かかると少し暑かったのが霧でひんやりして体感的には少しよくなるが、雲の動き的に山の辺りで風が収束していることから実際に強い上昇気流の発生による天気の急変が懸念されるようになる。下りはこの天気の様子に加え上り基調になるといつもきつい山本も下り基調なら調子は悪くないことから、上りのショートピッチで時間がかかった分を取り戻すべく基本的にはロングピッチの方針にしていたが、1年会が下りでそこそこ疲弊したため美瑛富士分岐ではショートピッチにしてたるむ。1年会はまだまだお疲れモードというところだったが、大きな蜂がブンブン飛び回るようになったので急いで出発。ここから先は美瑛富士を東から巻くが、ここまでとは一転して笹やハイマツがしっかり生えるようになり、登山道が狭いので横から伸びてきているのがうるさい。また、植生の根元ではっきり地面が見えない右側の谷底方面の踏み抜きも要注意。美瑛富士避難小屋までの半分よりは手前のまだ下り基調に入っていない所で、登山道の10m程上に残っている雪渓から流れ出る雪融け水と交差するところがあった。ここで水を汲めるなら汲んでみたい気がしたLはとりあえず浄水器を持っている松田に出せるか聞いたが、すぐには出ないと言うので、とりあえず先へ進んで汲むなら後で戻ってくることにする。最後の方は両側から笹がはみ出すだけでなく抉れてぬかるみもあるので少し歩きにくくなったところで美瑛富士避難小屋に到着。立っていたテントは数張程度だがまだ空きはある一方、小屋の中はよく見てないがそこそこ人がいるようなのでコロナ対策も考えてテン泊にする。L以外はみんなお疲れモードでしばらくは動こうとしない。電波は入ったので天気を見て今後の方針を考える。明日は地表附近のオホーツク高気圧がまだかかっていることに加え高層の気圧の尾根もかかることから天気が一番良く、明後日は地上附近は若干微妙だが高層は気圧の尾根がまだかかっており大雨や雷は心配要らなそう、8日から怪しくなり始め9日は前線通過で大荒れしそう、10日と11日はこれまでの予報より良くなっており曇なので前線通過後のそこで動けそう、と言う感じであった。また、隊の調子に関しても少しきつそうな場所もあったが、それでも全体的に読みより少しづつ縮めてきている感じなのでペースも問題ないと判断。予定通り進んだ場合は予報が少しずれると8日が危なくなる恐れがあるが、元々の計画では2日目と4日目の行程が短く5p+10p+5pであったことから、そこを見直して2日でヒサゴ沼避難小屋まで抜ければ悪天候に巻き込まれないということで、指定地ではないので規則上は駄目ではあるが明日三川台まで頑張って12p進むことにする。そうすると双子池で汲む飲み水を煮沸する手間が邪魔になるが、丁度先程元々は期待していなかった水場があったことから、その手間を省けるということでそこから先の分も含めてここで飲み水を汲むことにする。みんなはまだ休んでいたい雰囲気だが、先ほどの空の様子だけでなく、気象庁の天気予報にも局地的な雷の恐れが記されていたことから、時間が経つと対流活動がさらに活発化して夕立が降るリスクを考慮して、すぐに場所を取られないようにテントを立ててから水汲みの準備をするように急かす。浄水の時間短縮のため、吹上温泉で汲んだ共ポリはきれいな水であることを活用し、まずそれを飲みポリに移してそれでも空いている分の飲みポリを満発まで浄水しながら汲み、共ポリはそのまま汲むことにする。浄水器が3台あることから3人で行うことにする。この日は上級生2人と1年会からは志願した山本で水汲み隊を結成して向かう。今後もそうだが水汲みする時は狐や熊に荷物を荒らされないよう必ず荷物番を付けて、水汲み隊と留守の人たち両方が熊スプレーまたは鉈を持つようにした。先ほどの雪渓までは空身で片道約15分かかった。雪渓は小さく、水汲みには問題ない程度だが水はちょろちょろと言う感じでしか流れておらず、もうすぐ涸れてしまいそうである。雪融け水はひんやりとしていておいしい。浄水しなくて済む共ポリはすぐに汲めるが、3人とも初めての浄水に意外と時間がかかり、全部で1時間もかかってしまった。途中北側からもくもくとした高い雲がやってきて、電波が繋がらなくて情報もわからないので天気が心配になったが、美瑛富士分岐方面からやってきて雪融け水で半身浴し始めたおじさんに聞いたところ雷は特に問題なさそうとのことなので一安心。水を汲み終わったらさっさと戻るが、山本の空身は行動中から一変して普通に速い。外サイトは熊対策として臭いが付かないようにテントから離れた場所で行いたかったが、他の登山者がやってきて水たまり・ぬかるみでない平らな適地が埋まってしまったので仕方なくテントのすぐ横で行う。

この日の献立は、所定のスタミナ丼はぱっと見普通なら汁物ではなく炒め物のように作るものに見え、考案者の加藤がいないことで作り方がよくわからないということで、2日目の豚骨醤油鍋に変更。島のスプーンがなかったので、コンビニで配られている白色プラスチック製のLの予備を渡した。また、缶潰ししようとしたところ、他の参加者が誰も缶切りを持ってきておらず、固定できずグラグラするので指で付け根を押さえる必要がある壊れたLのフォーク付きのものしかないことが判明。この日の缶は缶切りがなくても何とかなるものだったが、みんな他人任せの考えを持つのは危ないので今度からはしっかり持ってきてください。石は沢山転がっているので缶潰しは問題なくできた。小屋にトイレはなく携帯トイレブースしかないので、キジ打ちは少し登って茂みの裏に行く必要があった。19:30頃に就寝。

 

86(土曜日) 晴後曇

美瑛富士避難小屋4:225:30ベベツ岳5:48(6:28たるみ6:38)7:18オプタテシケ山7:49(8:40たるみ8:50)(9:45たるみ9:51)~双子池キャンプ地9:59(10:09水場探し11:09)(11:43たるみ11:50)(12:20たるみ12:28)13:17コスマヌプリ13:44~(13:53松田帽子回収14:06)(14:43たるみ14:55)15:07(1558P手前)

2:15に起床。人が多いので起床係は設けなかった。暗い中外サイトで、献立は松田の鶏ガラスープが最初からこぼれていたことからそれを早く使うべく鳥雑煮にする。餅が丁度いい硬さでよかった。島が共ポリ用として汲んだが飲みポリへの転用を考慮して予め浄化していた余った水約500mLを結局水が足りない人がいないならと言って捨ててしまう。これが後々仇になった。一応最新の天気を確認したところ昨日と同じような感じなので予定通り出発。恐らく荷物が多い影響で、相変わらずパッキングに時間がかかって出発が遅れる。体操は山本、時間節約のためこの日も夏合宿定番の1分間スピーチは省略したが、結局この後も時間に余裕がなかったり人が多かったりしたためこの山行では1回も行わなかった。トップは引き続き島だが、ペース管理を容易にするためか大体山本を先に歩かせていた模様。石垣山は文字通り大きな石だらけの山だった。昨日に引き続き十勝側の雲海がびっしりしており、一方上は雲がうっすらして晴れており、朝日が幻想的でいい景色だ。

ベベツ岳からは山本がトップをやりたいとのことなのでそうさせる。この辺りからは低いハイマツが増え、進むにつれて稜線も岩っぽく細くなる。オプタテシケ山では360°周りをよく見晴らせただけでなく、リスも多かった。松田のキジ打ち待ちのため長たるみになり、トップ松田で出発。山頂直下は大きな崩落地となっており、天気次第だが数十年以内に山頂の方まで崩れそうな気がした。その後も細い岩稜線で所々足場が狭い所では少し慎重に進む。
しばらくすると双子池のコルまでの長い下りに入るが、明瞭な道がなくて巨岩がゴロゴロしている中にただ主に黄色いペンキの目印があるだけのところが多く、わかりにくい。視界不良時はGPSが必須だろう。また、普通に岩石帯が歩きづらくて読みよりかなり時間がかかってしまう。このような岩っぽい所は歩き方的に荷物が重いと一気に歩きにくくなるものだと思った。ここの下りは山本がきつそうだったので途中のたるみ後にトップ山本に交代。あと少しで双子池キャンプ指定地に着くというところでも疲弊している人が多かったのでショートたるみ、ここでトップは永田に交代。出発前にネットでもう涸れそうという情報を見た双子池キャンプ指定地手前の登山道沿いの雪渓は完全に消えており、所々窪地に水たまりが残っているだけであった。鞍部まで下りきっていないところにある双子池キャンプ指定地は、下り坂途中の段差にテントを張れる場所が点在しているという感じで、石がごろごろ転がり水たまりやぬかるみもあるのでいい感じに張れる場所は数張程度しかなさそう。トップの永田はピンだと気付かず、指摘したところ「これがキャンプ地か…」と少し唖然としていた。この辺りから両側に薮がしっかり茂るようになって見通しが効かず、また鞍部ということもありぬかるみが多くなる。手間がかかったのが水場探しであった。ここまでの調子だとこの日のうちに三川台に到着することは難しそうであったので、途中でビバークできるように双子池で共ポリを汲むことにしたが、結局実際には来れなかったもののTWV2019が双子池本隊の水を使う計画であったのを見てそうしようとしたところ、鞍部を過ぎてやや登り始めたところまで行っても水場に通じる踏み跡が見つからない。植生で見通しが効かないので、登山道から数百メートルほど離れている双子池本体は見えない。大きさはさっきの下りでもはっきり見えたほど十分あったのだが。薮の中の地面が周りより少し盛り上がっている所に行って灌木に登ったり、島・永田・山本に声が届く範囲で薮中に入り手掛かりを探してもらったり、灌木が低すぎるという事でLが島を肩車しても、大きさ数メートルの水たまりしか見つからず、これを使うしかないのかと諦めムードだったところ、登山道の少し先の方を1人で見に行った松田が登山道から分かれる踏み跡とその先にある大きさ10メートルほどの池を見つけた。ここで丁度身軽なおじさんが追い抜いて行こうとしたので聞いてみると、双子池の水場とはその松田が見つけた池であるとのこと。この水場は双子池本体ではなく、地形図で鞍部から少し先へ上ったところで登山道の近くに描かれている別の小さめの池だったので、今後出す人は気を付けること。因みに、オプタテシケ山の少し先で美瑛富士避難小屋方面からのピストンだが山頂の少し先まで行ったというおじさんとすれ違って以降、南沼キャンプ指定地に到着するまでの核心部で遭遇した登山者はこの一人だけであった。行ってみると水草やおたまじゃくしがいたが、さっきの水たまりよりは格段にマシだったのでこれを使うことにする。また、分岐路の途中に7テン1張程度のテントを張れる場所もあった(ただし、地面がぬかるみではないが濡れていたことから、水はけは良くなさそう)。水を汲もうとすると平らなのでそのままではプラチパスを膨らませられず、水が半分くらいしか入らない。今回持ってきているポリタンクは全て飲みポリ/Lポリであり、普段とは違いエキノコックスの関係でそこに入れてから注ぐこともできないところだったが、水を一旦コッヘルに入れてからプラチパスに注ぐことで解決した。この際、それを思いついてザックを置いた所にコッヘルを取りに行ったLが中に入っていた山本の荷物を取りだした時に一番下にあったしゃもじの存在に気付かず、間違えて入ったまま水を入れてしまい、今日の夜サイトでは消毒のためしゃもじも一緒に煮沸する必要が発生する羽目になった。また、水深が深めのところから表層の水だけを上手く汲めないと水中の異物が混入しやすく、少し汲みにくい。色々やっているうちに1時間も経ってしまった。前のピッチが短かったことからトップそのままで出発。ここから先は植生が高くなり、登山者が少ないことから状況次第では少し薮っぽい懸念もあったが、どうやら昨年か一昨年辺りに刈り払われた効果がまだ持続しているようで、灌木がたまに斜めに入って来るくらいで笹はほぼ問題なく、全く大したことはない。しかし、斜度はきつくないが日差しが強いことに加えて薮で風通しが皆無のため、想定外に暑くてきつい。特に山本の足並みが大幅に遅くなったので急遽早めにたるみ、山本の水を2発抜いてLと島で持つ。双子池では飲みポリを汲まなかったことから、きつすぎて水不足になる可能性もあると考え、状況次第では双子池に戻って水を汲み足し、天気が若干怪しいが、万一悪くなりそうになったら日の出前行動でゴリ押すことにしてでもゆっくり進めるように、8日も使ってヒサゴ沼避難小屋に着くのを1日遅らせるのもありかもしれないと言ったが、すると島が自分の水が1発以上と余裕があり他の人に渡せるので問題なく、戻る必要はないと言うので引き続き進む。ここでトップは松田に交代。標高が上がるとだんだん笹が減ってハイマツばかりになり、見通しも少しだけだが良くなる。上りでは時折後方のオプタテシケ山の眺めが見事に見えるようになるが、前方の眺望は大体あまりよくない。次のピッチも早めにたるみ、トップ山本に交代。1668Pにはテント1張分くらいの空き地があった。少しだけ広場っぽくて小型テントかツェルトなら何とか泊まれそうという感じのコスマヌプリでは、直前で目に虫が入った永田の処置と余分に持った水の影響でザックのバランスが悪くなってきつい島のパッキングやり直しにより長たるみになる。
肩にいるため山頂方向は露岩以外ハイマツで埋め尽くされたそこへの尾根しか見えないものの、この辺りまでくるとハイマツもあまり高くなく、見晴らしの良さはまあまあと言ったところだが、相変わらず日差しが強くて辛いので、待っている人たちは少しでも消耗を抑えるため、何とかあまり高くないハイマツの日陰に入ってじっとするようにし、景色はあまり楽しめなかった。
何と松田が水をほぼ飲み切ってしまい、余裕がある山本の水を貰っており心配になる。トップ永田に交代して先に進むが、出発して程なくしたところで松田がコスマヌプリに帽子を忘れて回収したいと言うので、熊スプレーを持たせて他の人たちは待った。コスマヌプリの先しばらくは稜線が細くて周りをよく見渡せる。とても山深くてよさそうな感じであったが、きつすぎてそれを眺めている余裕も全くない。暑さの状況の改善は見えず、先ほど水に余裕があると言っていた島が水の消費量が増えてあと少ししか残っていない(山本の水を背負ってから一気にきつくなった)、もう今日は終わりにしたいと言い出した。松田の水不足だけでなく島も水の消費速度が急増したことを重く見てたるみで方針見直しを協議。三川台まではこのペースでは今日中に間に合うか怪しいことに加え、この暑さの中で引き続き進むと本当に水が切れそう、一方で気温が低い早朝の方が消耗を抑えられそうという事で、次にテントを張れそうな場所があったらそこでビバークとした。トップ松田に交代して程なくしたところ、1558Pの手前の緩い上り坂の途中に無理矢理なら張れそうな場所があった。一応1558Pにもっとよさそうな場所があるか見て決めようと、1年会にはそこで待ってもらいLと島が空身で少し先を見に行ったところ、手前の小ピョコを登り切って1558Pは一旦下った先でまたガッと登らないといけないのが見えたところで、島がもうさっきのところでいいやと言いだしたことから、疲労状況を考えて先まで見ずに戻った(因みに翌朝通ったところ、1558Pにテントを張れそうな場所は普通になかった)。ここまでかなりくたびれたのでまずはしばし休憩。電波はギリギリ入ったが、天気予報を見るとなぜか局地的な雷の記述があった。空の様子も雨雲レーダーも辺りのどこにもそのような気配はなく、高層天気図的にも安定していそうだったが、気象庁は安全上見逃すよりは空振る方がマシという考えなのだろう。結局この後夜にかけて上層の雲は増えて曇ってきたが、雷や雨の気配は全くなかった。サイトマスターは永田で、サイトは島と松田の飲みポリが残り数百mLと不足している分を共ポリの余りから捻出しようということになり、当初は水の量が少ないということでまずは予備食で中サイトを考えたが、ここで1年会が予備食の意味を分かっておらずα米を全く持ってきていないことが発覚。みんな(非常食のように)他の行動食とかを多めに持ってこればいいかなと思っていた模様。使用する時は最初からはっきり周知すべきだったほか、人数変更の時の混乱でFチェが行われていなかったことが気付けなかった最終的な原因と考えられるので、今後はそのようなこともないようにしてほしい。Lと島が持ってきた分のα米は全員で食べると1泊分にするには足りなくて夕食1回分だけまたは朝食2回分だけしかないことから、場所がなくて外サイトにすると先にテントを畳まないといけなくなる朝を中サイトにするために夕方は普通の外サイトにする。ここでFの島は前日夜に飛ばしたスタミナ丼に着目。具材を汁ではなくとろむように作れば丁度水をあまり使わなくて済むという「妙案」を思いつき、そうすることになる。新品のコッヘル大の方だけを使って米と具材の両方を作る。まず米を作る時にはしゃもじも忘れずにともに沸かした。しかし、具材を作ったところ中身の水が完全に飛んだせいで底が思いっきり焦げてしまった。焦げ滓が多すぎて丼だけではなくその後に作った茶飯も強烈だった。また、カッポジしても全然取り切れなくて折角の新品がボロボロになってしまった。キジ打ちに行った島が緊迫した様子で逃げ帰り、登山道をしばらく戻った先で熊だと思われる動物の低い唸り声とガサゴソ歩く音を聞いたと言うので一気に緊張感が上がる。熊スプレーや熊鈴を持って行かなかったのに割と離れた所まで行っていたのと、熊から逃げる時はゆっくり後ずさりして撤退する原則を守っていなかったようなので、万一の場合は危なかった。キジ打ち程度でも油断せぬべきだ。どうせ登山者は全然いないし安全のためキジ打ちはテントのすぐそばでいいとする。サイトが終わったら7テンを立てるが場所が狭い上邪魔な植物もいくつかあり、登山道に対し横向きに立てることになったが片方の出入り口が薮で塞がれてしまい、その手前は段差ができて人が寝られない。茶飯はテントに入ってから作り、それと同時に余った共ポリを浄水して不足している島と松田の飲みポリを補充するが、双子池近くの沼水は浄水器を通しても少し土の色が付いておりかわいそう。段差がある奥の方にはザックをまとめて積み重ね、人は手前側で寝た。20時前に就寝。


87(日曜日) 晴時々曇後霧時々曇

(1558P手前)4:07(4:21靴紐4:23)4:56ツリガネ山の肩5:17(6:07たるみ6:19)(6:43松田眼の処置6:51)(7:04水汲み9:09)~三川台9:24(9:52たるみ10:03)(10:45たるみ10:56)(南沼11:20)11:38南沼キャンプ指定地12:30~北沼分岐13:04(13:11たるみ13:22)(14:14たるみ14:25)~天沼14:5715:32ヒサゴのコル15:43(15:55軽アイゼン装着16:09)(16:14軽アイゼン解除16:28)16:44ヒサゴ沼避難小屋

2時に起床しようとしたが、前日夜に起床係の指名を忘れており10分ほど寝坊してしまった。サイト道具もザックと共に奥の方に押し込んでいたところ、ヘッドが1個しかすぐには見つからなくてα米用の水と茶飯を同時に作れず1つづつ作る羽目になったほか、睡眠時間が短かったせいか手際が悪く動きが遅い。島は熊が怖くてあまり眠れなかったそうだ。早く準備できれば若干の日の出前行動を考えていたが、相変わらずパッキングに時間がかかることもあり結局日の出とほぼ同時の出発になった。テントを畳んでいる頃にツリガネの肩と山頂を結ぶ尾根を肩の方に下る登山者の前照灯が見えてびっくりする。最初は向こうの場所を勘違いしたかと思ったが、後で日が明るくなった中で先に進んでみると、どうやらその登山者がいた位置はツリガネ山の尾根の途中で間違いなさそう。短いわけでもなく入る人も皆無な薮尾根で夜明け前に行動しているのはなかなかの強者だ。登山道で遭遇した人は他にいないので昨日のおっさんだろうか、或いは他の人が南沼方面または三川台に伸びる台地林道からの廃道をピストンしてきたのだろうか、不思議だ。体操は松田でトップは山本。ツリガネ山の肩手前のコルには7テンでも余裕のあるテントを張れる場所があったが、すぐ近くに熊の糞も落ちていたのでみんなこちらの方がビバーク地点より泊まりたくないという感じだった。ハイマツが横からはみ出ていてうるさいが、足元の踏み跡は明瞭なので問題ない。ツリガネ山の肩では清々しい朝の情景に浸れる。十勝川は相変わらずびっしりとした雲海が壮観である。昨日昼間と比べると気温が低いだけでなく上層の雲が割と出てきており日差しもさほど強くないので、狙い通り暑さで消耗せずに済み山深い景色をどっぷり楽しむ余裕が出た。異常だった水の消費量も落ち着き三川台までの水も心配なさそう。ここからはまずトップ永田に交代させようとしたが、熊スプレーを受け取ったところで事故が発生。熊スプレーの安全留め具がいつのまにか外れており、ザックの横に押し込むときに誤ってスイッチを押してしまい噴射、本人は大丈夫だったが松田と島にかかる。肩のピョコはしばらく熊スプレーが漂っていたのでしばらく全員少し離れて退避。Lはその時少し離れていたせいか嗅覚の個人差のせいか、十勝岳から離れてもピークで時折ある火山ガスの硫黄の臭いしかわからず熊スプレーの臭いを全然感じなかったが、隣にいた島は目がピリピリして舌がしびれると言いまあまあ辛そうな感じだった。鼻がピリピリすると言う松田がしばらくたった所でも一番きつそうだったので、ペースを合わせるため急遽トップを松田に変更。下りに1箇所ある今山行唯一の鎖場は少し長めだが、地面が濡れていない限りは危険ではなく1年会も問題なく普通に通過。1507C付近には7テンでも余裕な広さのテントを張れる場所があり、近くには稜線の左側へ謎の踏み跡が分かれていた。この辺りから周りの植生が低めな場所が再び増え、所々で周りの山深い風景を一瞬ではなくしばらく見渡せるようになる。次のたるみで今度こそトップ永田に交代。途中松田が急に目が痛いと言って停まることになる。どうやら、先ほど顔に付いた熊スプレーの成分が汗に溶けて目に入った模様。飲みポリで軽く流す処置をしても完全に除去できないが、Lポリまでは要らなくてもうすぐ着く水場で洗うようだ。水場探しではまず手前の方で1回右側の笹薮に下ってゆく細い明瞭な溝があったのでとりあえず停まったが、上の笹薮がしっかり茂って覆っており目印もなく、人が入ってなさそうで違いそうな気がしたのでとりあえず先へ進んで引き続き探したところ、程なくしてまた右側の笹薮へ分かれる不明瞭な踏み跡のようなものがあり、今度は笹の上の目立たない場所にボロボロの色褪せたピンクテープがあったので、こちらが正しいということで荷物を置いて水汲みに向かう。水汲みは3人いれば十分だが、松田は顔を洗う必要がある一方永田も行きたいと言うので荷物番は山本1人に任せることになる。笹薮をしばらく下ると平坦な湿原帯に出る。下草が短いため踏み跡は消えゆくが、もうしばらく先へ進んでみると水流の音が聞こえて来て、緩やかな斜面の左側の崖から流れてくる水流に当たった。片道5分で水量は豊富。恐らく三川台の先の氷河地形っぽい崖に大量に残った雪渓からの雪融け水で、この時期なら涸れる心配はまずないだろう。また、この水流は崖から落ちて斜面が緩やかになったところでは水路のような溝の中を流れているが、そこに土の蓋が覆いかぶさったような箱型の小さな天然トンネルもあり面白い。段差はあまりないが勢いがあるため、コッヘルを使わなくても水は浄水器用プラチパス一杯に入る。この先は水場が多いので飲みポリは最低1発でよいが、昨日のこともあったし追加水汲みの時間を節約するため、余裕のある人には歩荷を推奨した。松田はここで浄水を使って顔を洗い、飲みポリに沼水が足されていた島と松田はもう飲みたくないという事でプラチパス内側の共洗いまでしっかりやってから水を全部汲みなおしていた。沙漠ではなく緑が続く中であるが本格的な「オアシス」で足を休め景色を楽しみながら心も癒され、元気になってトップ山本で出発。三川台直下は久々の少し傾斜きつめの斜面だが長くはない。三川台はテントをいくらでもテントを張れそうな広場で、核心部唯一の指導標がある。台地林道方面はまあ廃道と言った感じで、そちらへの指導標も折られている。ここから先は所々でテント泊できそうな場所があるので、万一ビバークになってもそこまで苦労せずに場所を見つけられるだろう。そこからは平らで広い尾根が続いて登山道はその右端近くを進み、所々崖の縁に出るとその氷河地形っぽい所の下の方に付着している横に長い雪渓が見える。その先に鎮座する窪みが平らなカールっぽいユウトムラウシ川源流部の台地を見渡す眺望が、緑の中に点在する青い池沼・河川、それに加えて崖の露出する灰色っぽい岩石及び所々付着している白い雪渓と、様々な要素の織り成しにより見事である。

気持ちよさそうな草原に出たところで、よさそうな場所という事で早めにたるむ。道端の草原には動物が寝転がった跡たる草が倒された塊上の領域が複数ある。数と大きさ的に1頭の親と数頭の子で、熊か鹿か微妙なところ。ここでトップは松田に交代。この先所々稜線上の湿原も楽しめる。ここで水汲みできるほか、ロープを使える人と十分な装備があれば場所を選べば崖から雪渓の上に下りて水汲みすることもできるかもしれない。この辺りでも所々笹或いはハイマツの薮がびっしりと登山道にはみ出すところがあるが、相変わらず足元の登山道は明瞭なので道迷いの心配はない。また、熊の糞も何回も遭遇して一気に野生の地の雰囲気を醸し出す。次第に稜線が狭くなって右側のユウトムラウシ川の谷間だけでなく左側の池沼が点在する緩斜面の方も広大な山深い光景を眺められるようになる。次のたるみでトップ永田に交代、次第に上り基調になり南沼の脇を通過。周りの雪渓はわずかしか残っておらずもうすぐ涸れるところ。雪渓が涸れると水の供給が降水しかなくなる南沼も涸れるが、こちらの水量はまだまだあるのでそれまではまだ時間がありそう。

南沼からは急斜面を一気に登って南沼キャンプ指定地に到着。雲がだんだん増えて低くなっており、この登りでその中に突入した。ここでもギリギリ電波が繋がったので天気を確認する。予報を見ると8日・9日は相変わらずで、10日は曇りだが11日が若干悪くなりその後雨続きの予報。高層天気図も見ると、上空の寒気を伴った気圧の谷が大陸から近付いており、大気が不安定な傾向になってしまうようだ。ただ、前線通過直後下層に寒気が入ることで相対的に安定する10日が曇で行動出来そうなので、ヒサゴ沼避難小屋に行った後に下山できなくなる心配はなさそう。このままだとヒサゴ沼避難小屋に停滞後行動できる10日を使って天人峡に一旦下山し、その後は入山予備日含めた17日までの日程内で日帰りで旭岳辺りに挑戦できないか天気を見るというところが無難か。このため、ヒサゴ沼避難小屋には進むつもりで、一方天気がよくないことや体力や行動時間の面からトムラウシに行くか巻くかが微妙なので、それを相談するつもりでみんなの意見を聞くが、ここで想定外のことに島がきついからこのまま一旦下山すべきと主張してくる。行動中にも下山したいと言っていたが、まさか割と本気のつもりだったとは。冷静に地図を見ると、ここからだと小屋に行くよりも下山する方が時間的にも体力的にも大変で日の入りに間に合うか怪しいほどであり、不調者をすぐに病院に搬送する必要があるとかの状況でもない限りは安全第一で考えてもそれはまずないところだが、島の気持ちはいかにも駄々をこねる下級生と言う感じに見えながら、動き方はさすが法曹志望という感じで頑なに色々な山行続行に慎重な議論を次から次へと吹っ掛けて来て、山本もそれに同調するので対応に手間がかかり、受け入れてもらうまでに時間がかかった。2人は単に何となくまるで山中を地獄、下界を天国のような方向性で考えている風にも見えたが、そのような主観的かつ単純な幻想抜きで冷静に実際の状況を客観的にしっかり見ると、まず斜面が急で距離は長く途中にそこそこの登り返しもある下界に下りる方が小屋に行くよりも最初の体力・時間的にきついだけでなく、下りたら居場所を探す手間が大変だし、天気的に再入山を狙っても色々周れる保証は全然ないし、再入山だと主稜線が緩やかな地形的にずっと山中にいればもう通らない長い登りがまたあるせいで体力的にもよりきついということで、どの点を比較検討しても、どうしても下界に下りないといけない事情がない限りは小屋に行く方が楽・安全・適切という結論が導き出せるのだが。因みに、審議の時に西村を中心とした一部の34年会から、最近のLは考え方が慎重過ぎであり、他の多数の隊員とりわけ下級生の行きたい気持ちを阻むことがあってはいけない、しっかり考慮して攻めの考えを受け入れるべきだという強い批判が飛んできていたことから、当初はそういう意見が多数派なのだろうと思い、この山行ではまたあまりそのように言われることにならないよう、また言われてみれば確かに折角はるばる遠いところまでやって来たからにはなるべくこの機会を無駄にせずしっかり頑張ることで存分に楽しみたいという事で、安全性を確保できる範囲では攻めの判断を行うように山行前から下準備もして意気込んでいたが、実際に蓋を開けてみたところ(2年会が抜けてしまった影響が大きいが)何と自分の考え方が他の隊員から反発が出るほどかなり攻める方であったという結末になったことで、割と想定外のことになって驚くと同時に肩透かしを喰った格好になった。これほどまで意外なことになってしまった簡潔な経緯は、こちらとしては周りの色々な意見主張を見て集団行動での適切な意思決定ができるようにしっかり構えたつもりだったのが、結局は色々言ってきた人たちが舐め過ぎの方向性で実態と異なった部分があったからと言えよう。また、明らかに体力的にきつい1年会の山本はともかく、体力そこまで残っていないわけでもなくて、また経験を積んでL権を取得している島がこの漫然とした幻想に囚われたようにも感じられる適当っぽい考え方をしているのは、山行で指揮を行う立場を担いうる者としてまだまだ未熟なものに見えて割と呆れた。島は学業で色々頑張っており忙しくてあまり山に来られていないという事情は承知しているが、今後の山行で判断・指導を行う立場を担うにあたってはもう少し学んだほうが良いだろう。他の1年会は永田がまだいくらか余力ある感じだが、松田はまだ目の痛みが少し残っており楽ではないとのこと。下級生の状況を考えるとこの疲労の中で天気も良くないトムラウシに行くのは無茶だろうということで、カットしてER4で巻くことにする。傾斜は緩いが巨岩がゴロゴロしており道が不明瞭で、黄色いペンキの目印は復活したものの霧のせいで通るべき場所がわかりにくい。北沼までは北沼と手前にももう1つ大きな沼があり、いずれも沼畔の所々に雪渓が残っているので、この時期はまだ新鮮な水が流入しており、もし水場として使う場合も水質の心配はあまりなさそう。基本霧で見通しは悪かったが、それもそれでかえって沼が独特の趣を醸し出す。北沼分岐の辺りで稜線上に出たところで微妙に電波が繋がったが、これを最後に2日後の化雲岳山頂附近まではずっと電波が繋がらなかった。ただ、ここまでの区間は稜線が狭めで核心部であっても稜線上なら基本ずっと電波が繋がったので、情報入手の心配はあまりないと言えよう。北沼分岐の先は一旦石ころがゴロゴロしているところに出て進みやすくなる。たるみでトップ松田に交代。その先の急な下りで再び目印しかない巨岩帯(ロックガーデン)に入り、しばらくずっとその状態が続いた。この時眼鏡をかけていないトップ松田が視力の問題で岩にある目印を見つけづらいと言うので、途中で永田に交代。下りの途中で一旦雲から下へ抜けて視界を取り戻すことができたが、その後次第に雲が下がってきて再び視界不良で周りが見えなくなり、道探しに苦戦するようになる。たるみでトップ山本に交代した直後に天沼手前のコルから進もうとするといつのまにか目印が見当たらなくなっており、少し道迷いした。本来なら薮L権者としての隊運営技術を活かして薮と同じようにトップを3人くらい出して散開で探したいところだが、L以外全員薮の経験が1回しかない面子的に今回それはまず無理であり、また下級生の疲労を考えてRFの練習をさせることよりも何が何でも早く小屋に辿り着く方が優先すべきと考えて、すぐに島に携帯のGPSを出すように指示したが、電池切れとのこと。仕方ないので普通に頑張るしかなく、Lが隊の後ろに戻って探したところ、手前の方で左側の先の方に目印を見つけた。真相は所定の経路からコル東側にある小さな池の方に分岐する踏み跡に迷い込んだのであった。小さな池の畔にはテントを立てられる場所もあったので、多分水場兼ビバーク地としてこっちに来る人がいることで踏み跡ができたのだろう。隊員を呼び戻して先へ進む。この辺りでもどんどん消耗したみたいで、みんなの足取りはどんどん重くなる。天沼は晴れていればいい景色だろうが、通過時は霧が深すぎて沼の向こう側も見えないほどであり、先ほどの北沼の時のような霧中の沼の趣すら楽しめない。また、沼畔を横切るところの木道は濡れており滑りやすかった。最後の1ピッチくらいロングピッチで一気に小屋まで行きたかったが、みんな疲弊しているのでヒサゴのコルでたるみ。ここから先は雪渓を考慮してトップを島にしようとしたところ、島も1回しか使ったことがないとのことなのでLが自らトップを務める。主稜線から外れた途端にまたさっきのロックガーデンのような巨岩帯になったが、沢筋ははっきりわかるのでとりあえず雪渓に辿り着くまでは道間違いの心配はない。あとはこのまま視界不良だと雪渓上での位置がわからないことで、雪渓の融け残り状況次第では左側に十分寄れていないと気付いた時には雪渓からそのままヒサゴ沼にドボンする懸念もあったが、幸いすぐに雲が取れてきて先までしっかり見通せるようになったのでその心配も要らなくなった。しばらくして雪渓に入ったがまだ平坦なので、とりあえず進める所までそのまま進んでみる。次第に下り坂になり、傾斜が一気に急になるところで軽アイゼン着用。しかしここで松田が持ってきた長崎さん寄贈の中古品アイゼンの袋を開けてみたところ軽アイゼンではなく重アイゼンが入っており、誰も紐の結び方がわからなくて結局松田はよくわからないままそれっぽく結ぶことになったほか、これまで使ったことがないと言う永田が軽アイゼンを靴に合わせて調整しておらず付けられなかったため、その場でLが所定のE装以外に念のため持ってきていた六角レンチを使って調整してもらったので時間がかかった。また、ここでヒサゴ沼と小屋が遠くに見えてきたが、何と10張くらいものテントが小屋の前に張られており沢山の人がいるので、小屋に入れないかもと言う話になる。
天気図の時間になるが、明日は停滞なので今日はなくても問題ないとして時間短縮のため天図だるみは省略。雪渓の斜面はまあまああるが、ゆっくり進めば1年会も問題なかった。雪渓は融解が進んでおり既に沼岸より大分上まで消えていたので、ドボンする恐れは全くなかった。雪渓末端で軽アイゼンを外してしまうが、ここでも慣れていない1年会は遅い。雪融け水は大量に流れ出ている。ここから先は小屋まで沼沿いの道になっているが、所々木道が崩落しているのと脇の小さな雪渓から流れ出る雪融け水でぬかるみになっている箇所もあることに加え、疲労の蓄積により相変わらず進みが遅い。沼は大きくて小屋まで意外と距離があり、疲労困憊の状態でやっとの思いで辿り着いた。この時になると時々雲が取れて割と晴れ間が覗くようになっていた。テン場の人が多かったことから最初はもう諦めムードでザックを下ろしてテン泊の準備をしようとしたが、ダメもとで小屋の中を見に行ったところ何と中には誰もいなかったので、即決で小屋泊に変更。悪天候が見込まれるため、明日・明後日と連続停滞で3泊する予定なので2階を使うことにした。日の入りまで時間がないことから、急いで水汲み隊を作って先ほどの巨大雪渓末端に戻って水を汲みに行く。今回はLと島、山本で向かった。地味に片道10分くらいかかる。明日から天気が悪くなる可能性があったのでできるだけ沢山汲みたかったが、浄水に時間がかかりもう日が暮れてしまうので、飲みポリは明日迄の分は既に汲めているという事で、明日の共ポリを汲むときにその後の分を汲むことにして余分な分は途中で中止。薄暗くなった中を小屋に戻る。化雲岳方面への分岐のところでシカに遭遇。よく見えなかったので直前まで気付かず接近してしまい、すぐ先に何かがいると気付いた所で最初は人かもと思いつつよくわからなかったので一応そこにいるのは人間ですかと声をかけたが、反応がなかったのでよく見たところ、2頭ほど尻を登山道に突き出す格好で左側の陰に立っていた。声掛けした後に人間ではないことに気付いて人間ではないと大声で他の2人に伝えたところ、鹿も気付いたようで左側へ去っていた。周囲からは雪融け水の流れや湖の波の音もするせいか、熊鈴を鳴らしていたにもかかわらず当初は向こうも気付いていなかったようで、もししっかり前方確認せずにすぐそばまで接近してしまっていれば怒らせて不測の事態になる恐れもあったので、少し危なかった。小屋に戻ったところ、留守番の2人はぐっすり眠っていた。2人を起こしてサイトマスター山本ですぐにサイトする。外サイトにする理由はないので、広々と快適な小屋サイト。麻婆豆腐は高野豆腐の量が多かったので、LFを務めた荒海山で水が足りず全部入らなかった教訓を踏まえて水を多めに入れたが、かえって水が多すぎて汁が薄くなり完全に麻婆豆腐スープになってしまった。また、汁が多すぎて余ってしまい、おかわりに回ることになったがそれでも余ってしまった。今回はエキノコックス対策で水は全て沸かす必要があるので途中で水を汲み足すのが難しく、最初から多めに入れざるを得なかったところで上手くいかなかったので、今後高野豆腐を使う場合は予め対応する水量を調べるのが良いだろう。水汲みに行った3人は疲れていたのでその間寝ていた2人に茶飯を作らせたところ、3人ともとても眠くて寝てしまった。出来上がったところで一旦起こされたが、飲んですぐにまたそのまま眠ってしまった。疲労を考慮して明日は起床時間を設定せず、それぞれ好きなだけ寝ていいとした。結局この晩は小屋独占になり、2階を丸ごと使ってゆったり寝られた。就寝は20時頃だったと思われる。

 

88(月曜日) 曇時々雨

ヒサゴ沼避難小屋(終日停滞)

8時頃から続々と起床するが、みんなおなかが空いていないのでまだサイトはいいと言う。

空は曇っているがまだ雨は降っていなかったのでLは小屋の周りを少し散歩する。
昨日あれほどあったテントは英語で北海道大学何とか研究室と書かれた研究用っぽい1張を残して他は全ていなくなっていた。まずは小屋前にある砂州っぽいヒサゴ沼の狭隘部を見に行くと、一番奥にある水路の水は右から左へと片方向に流れており、また次に小屋の先へ引き続き伸びている踏み跡の先を見に行ったところ、沼の先は普通の小川になっていたので、ヒサゴ沼は雪渓の雪融け水が流れ下る川の途中にあることが確認された。沼の水は流れているとわかったので、水汲みは雪渓に戻らずに小屋の前で汲んでも水質的に問題なさそうである。窪地の端まで行けば電波が拾えないか試したかったが、踏み跡は次第に不明瞭になって消えた後に植物も低めの灌木薮っぽくなり動きづらくなったので、小屋から多分400mくらい離れたところで引き返したが、ここまで試してみて電波は入らなかった。
戻る途中弱い雨が時折降るようになったが、昼間のうちはまだ降っても霧雨程度であった。また、ネットの事前情報で状態が悪いとされていたトイレは2人分あるうち左側は確かに少し開け閉めしにくいが、右側は全く問題ない。10時頃に小屋に戻ったところ全員起きていたので朝サイトにするが、聞いてみたところとりあえずは昨晩残った麻婆豆腐スープで足りると言うので、新しい料理はまた後で腹が減ってから作ることにして、今はスープを温めなおして食べるだけになった。今日は明日の悪天候に備えて他の登山者がどんどん小屋に入ってくるので、段階的に梯子のある奥側を片付けて場所を空け、占有面積は最終的に1/3強に縮小した。昼になったところでもう少し食べたいと言う人が増えてきたので、ここで本来の朝サイトの代わりとして油ラーメンを作る。味付けはいい感じだが、いつものことだが麺が水を吸ってしまうのは今後改善してほしい所。たくさん食べたいわけではない意見が多かったので、茶飯は省略した。食べ終わったところでやるべきことを片付ける。Lと山本は溜まっていた空き缶を潰し、それ以外の3人は今日の共ポリと明日迄の分の飲みポリを水汲み。昨日の雪渓は距離があり、面倒なだけでなくもし雨が降った場合すぐに退避できないので、水質的に問題なさそうという事から小屋前の沼で汲んだ。水の流れに傾斜が付いていないので、一旦コッヘルに入れてから共ポリや浄水器のプラチパスに注ぐ。ここで缶をつぶし終わって手が空いたLはついでに昨日雪渓から下りたときに泥が付いた軽アイゼンを洗い、また一昨日のスタミナ丼で付いたコッヘル大の焦げをまあまあ削ぎ落した。やることが終わったら小屋に戻り、トランプもないのでただ時折周りの迷惑にならない程度におしゃべりするだけである。16時からは急遽W代行を担うことになったLが今山行初めて天気図を描くが、窓が小さいせいで小屋の中では電波が十分届かないので、冬用出入口の梯子上端との間の渡し板に座って描く。天気図用紙が少いので恒例の天図大会はなしとした。近づいてくる停滞前線のせいで風がまあまあ吹いており少し聞きとりにくかったが、大きな問題はなかった。ただ、もし風が更に強ければ転落の恐れが考えられるほか、雨が降った場合はびしょぬれになってしまうので、あまりいい場所とは言えない。因みに、次の日1階の屋内でラジオを聞いていた人はいたので、今後ここに行く人は可能なら電波が十分届くのであろう1階を確保する方が天気図に関しては楽だろう。地上天気図を見ると前回見たときの予報通り停滞前線が通過するところで、その後の乾燥寒気流入時に一旦天気が良くなりそうだが、近くに高気圧はないのでどうなるかは微妙なところ。みんな停滞で休めたおかげでやる気が戻ってきたようで、天人峡に下山してまた日帰り旭岳挑戦するよりも楽なので、このまま旭岳に抜けたいという意見が増えてきた。ただ、とりあえずは前線通過時の大雨を避けるため引き続き停滞予定なので急ぐことはない。サイトマスターは島で夕サイトはカレーライスだが、量が区切られ方的に少なめということでLがスーパーで売られていたもののうち一番辛いカレールーを買って持ってきたところ一部から辛いという不評があった一方、Lは乾燥野菜にわかめが入っていたことに違和感を覚えたので、今後の山行ではこの辺りの味に気になる人がいれば打ち上げの時に予め調達方針をはっきりさせるのが良いだろう。乾燥野菜に関してはみんなが持ってきたのは色々な種類があったので、どの料理にどれを使うのが良さそうか最初のサイト前に確認するのがよいと思った。また、そもそも乾燥野菜は普通の店では見つけにくいので、余裕があればFがネットで中身の種類も見ながらまとめて購入してリーチする方がよりよさそうである。停滞中行動食は誰も殆ど食べなかったので、今回一応停滞日の行動食は半分としていたが今後はさらなる荷物削減のため0.2日分くらいまで減らしても十分かと思われる。夏休み期間だからか平日にもかかわらず最終的に小屋には20人くらいも入り、一方テントは昨日からいる北海道大学の1張しかいなかったので、昨日と小屋泊・テント泊の割合が真逆になった。夕方から雨が強まり、サイト終了後適当に就寝。

 

89(火曜日) 雨後曇

ヒサゴ沼避難小屋8:35~ヒサゴ沼分岐9:259:36化雲岳9:59~化雲岳分岐10:0810:48五色岳11:19~忠別岳避難小屋分岐11:4612:02忠別岳避難小屋

今日も停滞のつもりで起床時間は設定していなかったが、昨日疲れが取れたせいかみんな7時くらいまで起きていた。他の登山者は強気なシャン暖の人がどんどん減るが、我々は日程に余裕があるので無理せず天気が良くなる時を狙い引き続きのんびりする。起きてみたら何と壁から水がしみ出して壁際が浸水していた。壁際の場所を取ってそこで寝ていたLのシュラフ・シュラフカバーが半分程度、また外して置いていた貴重品入れも濡れてしまい、携帯や充電器は無事だったが財布の中身を乾かさないといけなくなった。他の方向の人たちや同じ方向だが扉を挟んで反対側の壁際の永田は無事で、見た感じどうやら窓の周りが構造的に防水性能弱くて雨水が小屋の中までしみ込んだようだ。ここはLが欲張って窓側を取ったところ罰が当たる格好になってしまった。肝心の雨の方は弱くなっているが、当初は局地的に弱まっているだけだろうと思っていたところ、1階で誰かが流していた天気予報のラジオを聴くと北海道はもう回復基調とのこと。当初の予報よりも早くまた短時間で前線に伴う降水帯が通過してしまったようだ。これを受けて今日は安全に行動出来そうという事で、忠別岳避難小屋までなら短くて今からでも間に合うので急遽出発することにする。ただ、行動方針は高層天気図や明日以降の具体的な天気の情報見て判断したいので、とりあえず少し進み電波が繋がる化雲岳で決めることにする。朝サイトの柚子胡椒饂飩を作って食べ終わったらすぐに片付ける。今後同じような被害に遭う人が出ないよう、それぞれガムテープと油性ペンがすぐに出る永田と島に窓側に雨漏りへの注意書きを設置してもらった。Lが荷物を動かす時に変な体勢になった弾みでこれまでの筋肉疲労の蓄積もあり持病のぎっくり腰が再発するが、湿布を貼り尻の筋肉をしっかり伸ばしてしばらく様子を見たところ、長時間でなければザックを背負っても大丈夫そうなのでそのまま出発する。準備して外に出た後もトイレ組が時間かかりしばらく待ったことと、忠別岳避難小屋までは5pあり時間的に行動する分にはあまりのんびりする余裕もないので体操は省略。トップ山本で出発する。夜の雨のせいで沼が増水しているのと横からも水が流れてくるので所々水が沼沿いの登山道に被っており、分岐で沼沿いから離れて化雲岳方面へ登り始めると今度は登山道を沢のように水が流れている。登り始めて間もなく雲の中に突入するが、雨は降っておらず霧と言う感じ。化雲岳への緩い登りの途中、人慣れして近寄っても平気な様子の瘦せ細った狐と、霧ではっきりとは見えなかったが遠目に兎にも遭遇。今度は山本が手を叩くととすぐに逃げてしまい皆残念がった。稜線上は風が強く、相変わらず霧の化雲岳山頂では岩陰に退避してたるみ。ここで天気予報を確認すると明日は引き続き微妙な天気だが明後日が晴れそう、その後はしばらく悪そうな予報になっている。また、天人峡側から強烈な風が吹きあがっているのでERを下りる方が本ルートを進むより危なそうでもあるので、今日は下山せず前進してできれば明日明後日の2日間かけて旭岳まで進む(また、燃料や食糧が余り気味なので、もしその後の天気が良くなれば日程短縮した時に入山予備日にした分を再度行動予備日に変更してさらに黒岳方面への延長も視野に入れる)ことにした。情報を入手した後は写真だけ撮ってトップ松田で出発。ここから五色岳までは平らなので体力的に楽で隊もぐんぐん飛ばす。北側はコスマヌプリをMax12pに収める必要があった南側と異なりNet記録がいくら速くても読みを山と高原地図より縮めていない関係で余裕のある辛読みであることもあり、読みよりも大幅に縮める。化雲岳分岐からしばらくは稜線が広くて湿原の中の木道を進み、その後植生はハイマツ中心へと変化する。


風は相変わらず強めだが雲は次第に取れ、五色岳到着時点では時々青空や周りの山々が雲の間から覗くほどになっていた。五色岳では良い感じの天気で景色もいくらかみられるほか、ペースが早くて時間に余裕が出てきたので、稜線から外れる忠別岳避難小屋ではまた電波が繋がらないためネットでやりたいことは今のうちにやらないとできなくなるということで長たるみ。みんなネットでやりたいことを終えたところでトップ永田で出発。ここから今日の残りはひたすら下り。コルの辺りは風の通り道になっているせいかハイマツが少なく荒地っぽい。分岐から忠別岳避難小屋への道はまた足元の登山道を沢のように水が流れている。しばらくするとハイマツ帯を抜けて草原に出て、最後に硬くて滑りやすい雪渓を慎重に渡って特徴的な三角形の忠別岳避難小屋に到着。
小屋の出入り口は裏側にあり、テン場はその少し先に小さな平地があるが狭くて少ししか張れなさそう。小屋に入ってみると誰もいなかったので、この後人が来ても満員状態になるのは考えにくいという事で今日も小屋泊決定。2階は屋内の梯子を使う出入りが面倒であり注意書きがあることから床の状態もよくなさそうで、一方で1階は入り口から入って左側は雨漏りしたようで少し濡れていたので、1階の右側半分に陣取ることにした。窓は一応設置されているものの不透明なビニールで覆われており、光が申し分程度に入って来るだけで景色も全く見られないものであり、暗くて居心地よくはないので、荷物を置いて各自乾かしたいものを出すだけですぐにまた外に出て過ごす。ここもトイレは2人分設置されていた。Lはここで財布の中身を乾かすことができた。やることがないのですぐに水を汲ませる。小屋のすぐ前に雪渓の末端があり、雪融け水は水量豊富。今日の滞在中の分と明日の行動分の飲み水は3Lあれば十分。水汲みが終わったら快適な天候のもと雪渓の周りの草原でのんびりゴロゴロする。
永田と松田は小屋から沢筋の右岸を五色岳方面へ登る謎の踏み跡を見に行き、少し先まで進んだがずっと続いていたとのことなので、情報を調べ出せれば今後出す人はどこかの近道ERとして使えるかもしれない。しばし休んで少し冷え始めたところでサイト。サイトマスターはLで、今日もサイトは小屋の中で、献立はビーフシチュー。ガッツリ食べられるのはいいのだが、スパム缶を使うことが多くて個人的には飽きてきた。Lは調理中に小屋の前に出て天気図を描く。地上天気図は相変わらず前線が近くにいるので、安定はしておらず微妙なところ。局地的な晴がいい感じにやって来ることを願うしかない。サイトが終わったところで丁度暗くなってきたので就寝。結局この日自分たちの他に小屋にいたのは1階の左側に来た1日で旭岳ロープウェイから一気にやって来たという強者の単独の若い男性と、2階に行った30代くらいのカップルか夫婦の2組であった。明日はいつも通り2時半起床の予定。

 

810(水曜日) 霧時々雨一時曇

忠別岳避難小屋4:15~忠別岳避難小屋分岐4:30(5:00たるみ5:12)5:38忠別岳6:07~忠別沼6:38(6:57たるみ7:07)(8:04たるみ8:14)~高根ヶ原分岐8:25(8:55雨具装着9:01)9:38白雲岳避難小屋

今日も他に人がいたので起床係を設けなかったところ、なぜか起きたところ4分の遅刻。朝サイトは麻婆春雨で、ラーメンや饂飩と違いこちらは汁があまり要らないので、水を少し吸ってしまってもまあ不自然ではない感じだった。外は微妙な弱い雨が降っていたが、雨漏りの問題はなかった。ラジオを出して天気予報を聞いてみると回復基調のようなので予定通り出発することにする。体操は永田、トップは山本。出発時には雨は止んでいた。最初登り始めはしばらく曇りで忠別岳も見えていたが、登りの途中で雲がかかってしまいそこからずっと霧だった。次のたるみでトップ松田に交代。出発して間もなく、夥しい数の羽虫が密集して飛び回る領域に突入し数分間その状態が続く。今日はこの後も周りの植生がしっかり生えているところで数回同じような状態になった。流石に密度が高すぎて虫除けの効果も全く感じられず、また手で払う人もいたがそれも気休めにしかならないので、なるべく気にせずひたすら進むしかない。忠別岳山頂からも周りは何も見えないが、電波が繋がるのでネットを使うため長たるみ。天気を調べたところ明後日の予報が微妙なものの少し良くなっていたので、もしいい方向に転げばそのまま旭岳だけでなく黒岳まで行けるかもしれないと言ったところ、島と山本がまたすぐに強烈な拒否反応を示し、駄々をこねる感じで下山したいと言う。ただ、これから天気は前線が近くにある天気図的に不安定で、明後日の事はまだ確かなことが言えないので、ここはとりあえず方針を決めるとかではなく選択肢の可能性を示した程度なので、本格的な議論の段階までは行かなかった。トップ永田で出発。忠別沼は忠別岳以外の唯一の今日見どころなので本来ならゆっくり見たかったが、霧で全然見えなかったのでそのまま通過。

開けた場所が多いが霧のせいで周りは全然見えず、斜度の緩い単調な道をひたすら歩く。次のたるみでトップ山本に交代。

更にその次のたるみは開けたところを吹く風が強くて少し寒くなってきたので、低いハイマツが生えているところに分散してその陰で風をしのぐ。ここでLのザックの左の肩ベルトのパッドの下端の裏側半分が断裂していることに気付く。表側のもう半分はとりあえずまだいけそうなので、今日は左側の肩ベルトにあまり力がかからないように進んで小屋で応急処置することにする。トップは松田に交代。しばらくたまに問題ない程度の弱い雨が降ってしばらくして止んでいたが、小屋まであと1ピッチない所で雨が普通に強くなり出した。Lは当初もうすぐ小屋に着くしということでそのまま小屋まで突っ切るつもりだったが、島から着替えたいとの要請があったので停まって着替えたい人を待つ。最初は天気予報悪くないのでどうせまたすぐに弱くなるだろうと考え、強くなった時も着替えるにしたら良い感じのタイミングを逃したような感じだし、今更着替えたら立ち停まっている間にかえって寒くなる方がきついと思ってそのまま進もうとしたが、ゴアマを着ていない人の心情の推測が上手くいかなかったようだ。なお、Lは忠別岳避難小屋出発時点でいつものことだが少しでも怪しい時は念のためという事で一人だけ最初からゴアマを着てザックカバーも付けていたので、周りからするとそれで余計にたち悪く見えたかもしれないと思った(すみません)。少しでも怪しい場合最初から隊全体にそうすることを勧めるべきだった。着替えた後も雨は弱くならず、最後は所々右手切れ落ちた下に雪渓が見えて上り坂が少し急になり、びしょ濡れ状態でやっと白雲岳避難小屋に到着。ただ、今日も読みより大幅に縮まったのが救いだった。当初は小屋泊の予定で予約していたが、従業員に聞いてみたところ変更可能とのことなので、びしょ濡れであることに加えて途中すれ違った人から今日も最近居座っている熊が出たという話を聞いていたことから快適性と安全性を考え、急遽小屋泊に変更。宿泊料は12000円だがそれとは別に名目上任意だが実質半強制(テン場利用の場合も同じ)の登山道協力金1000円も加えて13000円。島は当初後者を踏み倒そうと言っていたが、支払いは全員分まとめてだったので結果登山道協力金は島の分も払った。後者を払った礼品として白雲岳避難小屋手ぬぐいを貰えた。絵は熊と兎の2種類から選べた。ゴアマやシュラフカバーなど濡れていて水が垂れるものは出入口のところにある紐にぶら下げる。区画は2階の場所を指定されたが、向かってみると何と2階への上がり方が山小屋定番の梯子ではなく通路で驚きであった。ザックは区画ごとにある強度のある突起に持ち手部分を掛けて置くように指定された。新しくて綺麗な小屋の中で疲れを癒す。しばらく休んでから雨が弱くなったところを見計らいLと松田で水汲みに向かう。トイレは小屋の外に2人分。霧のせいで水場への道がわかりにくくて途中で他の人に聞きながら探すことになったが、本ルートを少し先に進んだところにテン場の横の雪渓から流れ出る雪融け水と交わる場所があった。ご丁寧に登山道の仕切りの棒にひしゃくが用意されている。飲み水はとりあえず基本11発づつ汲み足した。
Lは帰る途中電波が繋がらないか調べてみたところ、他の登山者に教えてもらいSoftbankは小屋脇の少し盛り上がっている小さい岩の上に立つとたまに途切れるものの辛うじて繋がった。その登山者曰くほかの大手はdocomoが普通に繋がるがAUは繋がらないとのこと。今回の参加者にdocomo利用者はいないので、通信状況は良くないが情報入手はsoftbankで頑張ることになった。小屋に戻ってみると、人数変更が間に合わなかったため余ってしまった3人前のF共装を有効活用して軽めの昼食として作ろうと言っていたキノコ饂飩を既にみんなが作ってくれて丁度出来上がっていた。キノコ饂飩以外にも、Lと永田がここまで出す機会がなかった差し入れを放出。重さと体積の関係のせいか海産物の干物系ばかりが多かった。この後Lはザックの肩ベルトの断裂部分を糸で縫って応急処置し、他の人たちは寝たり小屋に備え付けられている漫画を読んだりしてゆっくり過ごす。また外に出て天気の状況を確認したところ明日は嬉しいことに晴れ予報だが、一方明後日はまた予報が悪くなっており、上空の気圧の谷接近のせいでそこからしばらく天気が不安定そうなので、Lのザックの状況も考えて安全性を重視して黒岳は諦め、島や山本の要望通り明日旭岳からロープウェイで下山することにした。また、前日の宿泊名簿にOB4年会の張さんを発見したので打ち上げに誘ってみたが、それまでに旭川を出発してしまうとのことで残念。夕サイトはミネストローネ。またスパム缶で、今回の山行多すぎてさすがに飽きる。紅茶が濡れていたので夜の茶飯がなくなった。結局小屋は満員状態になり賑やかだったこともあり、20時の消灯くらいに寝た。

 

811(木曜日・祝日)

白雲岳避難小屋5:15~白雲岳分岐5:43(6:01たるみ6:12)6:38北海岳6:50(7:00松田岳7:01)(7:07地図切替7:09)7:29間宮岳分岐7:30(7:32間宮岳7:33)7:35間宮岳分岐7:377:58裏旭キャンプ指定地8:118:39旭岳9:2210:25旭岳石室10:2610:40姿見11:00=(ロープウェイ)=11:08旭岳登山口

いつもの通り2時半に起床しようとしたが、起きてみたところ島曰く4時の点灯時間までは安静にするように注意書きが合ったとのこと。後で確かめたところ確かにあったが目立たない場所だったうえ、口頭の説明では言われなかったのでLは気付かなかったのだ。仕方ないので4時まで寝るが、気圧の谷接近に伴い大気の成層状態が不安定なため晴れていても午後になると激しい大気現象を伴う対流性降水(俄雨)の懸念があり早めに下山したいので、朝サイトはカットして行動食を食べて出発とする。が、相変わらず1年会はパッキングが大変で時間がかかり、結局たった15分程度と大した時間短縮にならなかった。島が入り口に干してあったザックカバーがなくなっており誰かに取り違えられたようだと言うが、間違えて持ち去った犯人は他の登山者ではなく山本だった。外に出てきたところで丁度周りの雲が取れてきて、最終日に相応しい気持ちいい天気だ。Lが他の1年会2人を待っている間ネットを見に行った帰りに何とこの有人小屋でリスに遭遇。体操松田、トップ山本。出発しようとしたところ、テン場先の雪渓に例の最近居座っている熊が出現。怖いからテン泊にしなくてよかったという声が上がる。熊はどこかに消えていったが、念のため最後尾のLはしばらく熊鈴を入念に鳴らす。白雲岳分岐までは若干の登りで、その先はほぼ平坦でまた植生もとても低くて開けているのでずっと眺望良好。前述の通り後々の天気を考えると早く下山したいので白雲岳はカット。それでも今日は読み約8pなので急いで進む。白雲岳の山肌を進む途中数か所雪渓があったが軽アイゼンなしで渡れ、島が1回薄い所を踏み抜いた以外は問題なし。しばらく進むとテーブルとベンチがあったので、少し早めだがここでたるみ、トップ松田に交代。この先でしばらく登りになって着いた北海岳にもテーブルとベンチがあり、ここからは火口内側のお鉢平がよく見渡せる。風は強いがいい天気なのでしばし景色を楽しむ。

写真を撮り、トップ永田に交代して出発。すぐ先の松田岳の山頂にあるはケルンだけで山名標はないが、松田だけ記念に写真撮影。間宮岳分岐の少し北側に山名標が立っている間宮岳の山頂があったので分岐から空身で向かうが、風が強くてしばらく停まりたい人がいなかったので写真撮影だけですぐに引き返して引き続き旭岳方面へ進む。いかにも火山地帯らしい荒地を進み、裏旭キャンプ指定地でたるみ。

テン場は登山道から北に分岐した先にあった。また、少し先で旭岳斜面にある雪渓の雪融け水が登山道を横切っており水汲み可能。トップ山本に交代して旭岳への最後の登りへ出発。登山道を覆っている懸念があった雪渓は既に小さくなっており登山道上から消えていたが、道は不明瞭で普通の斜面みたいに石っぽくて滑るので、踏ん張りにくく歩きづらい。きつかったが読みより大幅に縮めて山頂に到着。山の日だからか人がとても多い。またここまでずっと読みよりかなり縮めて時間に余裕ができていたので長たるみ。気持ちいい晴天のもと皆それぞれ思い思いに展望を楽しむ。写真を撮り終わった後に少し雲が増えてきたが、とってもうっすらとした上層雲と山頂より低い小さな下層雲の塊の組み合わせなので、相変わらずまぶしい日差しが地面に届いて空は青く曇ってきた感じはしない。下層雲の隙間からは遠くの十勝岳やオプタテシケ山から手前の忠別岳までこれまで通って来た山が見えて感慨深い。

みんな気が済んだところでトップ松田で出発。みんな早く下りたいと言うので、ここまで調子よくて読みより縮まっているから問題ないということでロングピッチを切りこのピッチで姿見まで下りることにする。しかし松田は最初速すぎて後ろで滑る人たちが続出し、上りの登山客に注意されたので急ぎ過ぎずすれ違いの時はゆっくり進むようにする。上りの人はどんどん増え、家族連れや若者の集団、中高年の団体などで明らかに登山やっていないような服装の人も少なくない。左側の奥に崖が切り立った天人峡、右側の尾根のすぐ横に今でも噴気がもくもくと上がっている不毛な地獄谷を見ながらひたすら下り続けると姿見の池の展望台横にある旭岳石室に到着。旭岳石室はしっかりとした石造りで頑丈そうだった。ここから先は平坦で普段着の観光客も見られるようになったが、隊の速度は急にゆっくりになって姿見に到着。とりあえずは装備解除をし、土産物も見ながらしばし休む。出発ギリギリのところで11:00発の20分に1本のロープウェイに乗車。12000円で、公式には所要時間10分だが実際は8分だった。客はまあまあ乗っている。ロープウェイで一気に森林限界を超えて樹林帯に入り、旭岳登山口に到着して合宿の全行程が終了、下山連絡を入れる。当初はこの辺りで下山後すぐに温泉に入ってからタクシーで東川の町中に出るつもりだったので、しばらくは土産物を見たり、Lと永田はアイスクリームを購入したりのんびり休むが、ここで島が旭川方面の路線バスがもうすぐ出てしまい、次のバスは4時間後なのでこれに乗りたいと言う。旭川空港は東川の近くにあるので、旭川まで出ると当日中に飛行機で帰りたい島は遠回りになってしまうと確認するが、島はそれでもしっかりした店がある旭川の町中の方がいいと言うので、急遽乗ることにする。旭川電気軌道66系統バスは観光バスの車両だったので大きなザックは床下の荷物スペースに入れられた。途中忠別川に設置されている忠別ダムの先で森林から平地に出て、東川の長い直線道路、旭川空港、東神楽の町中を通って大都市旭川に入り、旭川駅までは11450円で所要時間約90分。島は行きたい場所にとてもこだわっていて、乗車中に色々調べてここに行こうと提案してきた。旭川駅に着いたらまず南側の公園で適当な日陰を見つけて荷物を置き、入山前に茂みの中に置いた2年会分の装備を回収したり、飛行機を使うL以外の全員の危険品をLの適当な装備と交換したり、ゴミを捨てたり形態の電池が切れている人は充電のため携帯会社のお店に持って行ったりそれぞれやるべきことをやる。やるべきことが一通り片付いたらザックをデポして風呂と打ち上げに向かう。値段がやや高めであっても銭湯ではなく温泉にこだわる島が調べてきた「プレミア ホテル-CABIN」というホテルの地下天然温泉で日帰り入浴。案内には11000円と書いてあったがそれは貸出タオル込みの料金で、タオルを持っている人は850円で済んだ。地下露天風呂なる珍しいものがあったので行ってみると、単に天井から大きな換気口が伸びて地上に繋がっているだけだったのでみんなつまらなさそうだった。打ち上げも特に他の意見がなかったので山行の最初の方からずっと打ち上げはジンギスカン推しだった島が調べて行きたいと言ってきた「大黒屋」というジンギスカン料理店に行くことになったが、長蛇の行列ができる人気店で予約も取れなかったので早めの時間だが並びに行ったところ、15:30の開店直前に着いたのにすでに待ち客多数だった。島は以前北海道に1人旅で来た時に行きたかったが叶わなかったので最初からここに来たかったとのことで、1時間ほども並んでいる間に反省会を済ませた。みんな食欲旺盛でジンギスカン料理をがっつり食べ、会計は1人当たり6000(負担は全員分Lと島で折半)くらいとTWVでは稀な高級な打ち上げになった。この日のうちに飛行機で帰ることにした島と山本は駅前18:06発の旭川空港行き最終バスに間に合わせるため早めに切り上げて解散して先に退出してそのまま帰り、直接小屋祭に行くことになっており早く下山した分だけ余った船に乗るまでの時間で即興の道東旅行に行くことになったLと旭川・札幌を観光してから帰ることにした永田・松田はゆっくり食べ終わり、この日はそれぞれ旭川に泊まった。

 

まとめ

運営面で様々な問題に見舞われ、天候の影響も受けて2年会がいない日程的に短い夏合宿になってしまったが、天気予報がいい方向にばかり外れることが多かったおかげもあり、結果的に入山中は特に最近北日本では天候不良がちである割にはいい感じの天気をつまみ食いでき、地域特性上頻発しがちな途中での撤退や一時下山もなく日程の長さの割には効率よく縦走できた。行程を予定より詰めた前半は体力的にきつくなり下級生には少し辛くなってしまったところがあり、カットとなってしまった場所もいくつかあったが、特にTWVとしては久しぶりにコスマヌプリ前後の核心部も踏破して十勝岳から旭岳まで繋ぐことができたので、全体的には色々無理なく経験できた有意義な合宿になった。

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