2011年11月25日金曜日

沢sL企画 勘七ノ沢

2011年度山行No.45 沢sL企画 勘七ノ沢FB
記:松尾
面子:3L蓜島 松崎 2桑原 sL松尾 1EN松岸 H初坂田 WN三宅

遡行図は「丹沢の谷110ルート」

11/19()

20:00渋沢=20:45大倉

日本上空の低気圧と大陸の移動高が速度を上げたために日曜の天気が好転。永福町で桑原に会うといきなり鈴木さんとの連絡ミスによるツェルトのリーチミスを告白してきた。おいおい。だが桑原は日曜の好天は木曜頃から予想していたと自慢気である。それならツェルトは早めにリーチしてくれ。結局桑原を相模大野で下ろし、鈴木さんのツェルトを受け取って大倉までは歩いてもらうことにする。鈴木さんにはまた面倒をかけてしまった。桑原には大倉入口まではバスがあるにも関わらず渋沢から歩いて来いと言ってしまった。実際大倉入口へのバスとはすれ違っていないらしく最速で大倉に着いたという結論に至り丸く収まったが。

下界訓練では坂田が豪快にハーネスをねじらせておりN権は見送りとなった。しかもヘッドライトを忘れたらしい。緊急連絡先に電話を入れて22:00就寝。暑い。

11/20(日)

4:45大倉―6:00勘七出合6:157:00F1上―7:30F2上―7:55F3上―8:40F4上(たるみ20分、下降決定)9:00―(イモる)10:45F4下―10:55F3上―11:15F2上―11:35F1上―12:00F1下―12:30勘七出合(たるみ15分)―13:45大倉14:05=渋沢

朝は誰も遅れることなく出発。暗くて林道でも歩きづらい。途中で一度沢沿いの道に入ってしまうも、林道に沿って歩けば間違えることはない。日の出まで時間があるので勘七出合で沢装をつけてゆっくりする。坂田のハーネスが小さく感じる。腰骨から股までが長いためらしい(本人談)。なるほど。

最初の堰堤は右岸の明瞭な踏み跡を行く。堰堤を越すところは桑原が残置の手がかりで問題ないと判断。F1は水流左を登り奥木支点のTR手がかり松尾。右岸の残置ボルト二つでそれぞれランナーをとった。壁が脆いため支点が取りづらく工作が遅い。蓜島さんによるとここはボルトを支点にすればよいとのこと。次のF2は右壁を桑原が登りTR手がかり桑原。最後が怖かったのでsLも手がかりを拝借した。松岸と三宅は楽しそうに登っている。左岸を少し上がると堰堤を巻く道が見えるのでそこまでTR松尾。その後はフリー。巻道の上には仕事道が通っていた。ここまでは読みより少し早いが自分でもイモいと感じた。F3は左壁を桑原が、右壁を松尾が登り結局右壁TR松尾。一応ボルトからランナーをとったが蓜島さん曰く不要。F4は右壁を先に通過した桑原が1段でOKと判断していたが2段にすべき。これには納得してくれたが、2段だと切り替える時に無確保になりかねないのでザイル2本で2段と指示するとみるみる不満顔になる。結局はザイル2本の2TR

F5上まで行くとリミット敗退確実な上に、ここからは目を覆いたくなる堰堤が続くので下降決定。

ここでたるみの時間に桑原がザイルをしまうのを面倒がってダブル懸垂を作成してしまった。桑原の工作を別に問題ないと思ったsLはそのまま懸垂で降りようとするが、一直線に下降していたので滝壺に入ってしまう。11月の冷たい水の中、ここで5分ほど格闘の末ようやく滝壺から脱出。別ルートを考える。必死だったので寒さは感じなかったが、滝壺への懸垂の難しさと危険性を身をもって知った。無駄に消耗したsLはここからいろいろミスをする。Fixを張る際の最初の末端を残置2つの流動分散としたあとにランナーをかけてトラバース、ランナーを通過後はそのままクレムハイスト手がかりで下降、という方針を近くにいた蓜島さんに告げる。曰く、それでは最初の末端とランナーの間で落ちたらアウト。ごもっとも。また、その後に取ろうとした最終末端の支点としてハーケン2枚を使用したが、一方をヌンチャクでセットしてしまった。末端支点としてハーケンを使用する場合はヌンチャクではなく、環付きビナを使うべきということも言われた。その他いろいろあり結局F4を下りるだけで1時間近くかかった。

要するにF4は懸垂下降の後、クレムハイスト手がかりで降りたことになる。
この時点でL認定不可なのは分かっていたが、これ以上のミスはしたくない。


続くF3は先程の教訓から滝壺を避けて右岸をTR松尾の後Fix、最後は懸垂桑原で降りた。桑原は笛を吹いた後にもザイルを引っ張ってしまい、ザイルをとろうとした松崎さんがビックリしていた。ここからF2までの初心者誘導でスリング手がかり1回。F2は懸垂松尾。三宅はフリーで降りていたが、下から見ていて安心できる身のこなしだった。松岸の懸垂下降もだいぶ速くなった。F1は懸垂桑原だったが降りた後の荷重チェックで動かなかった。sLはすでにクライムダウンしていたので状況がわからなかったが、蓜島さんがザイルを回収してくれるらしいのでそのまま下りる。ホールド、スタンスに乏しく途中からザイルを手がかりに使った。フリーで降りるのは相当難しいらしく蓜島さんも詰まっていたが、下から松崎さんがスタンスを指示して降りることが出来た。久々に見る息のあった二人。行きはフリーで通した堰堤だが、高度があるため工作することに。残置スリングがいくつかあるのだがここで残置をどこまで信用して使うかということで議論が発生した。とりあえず先に行った桑原が手がかりをセットする。反省会では十分に信頼できるボルトの流動分散として自分たちでハーケンを打つのは不毛でそこまでする必要はなく、ハーケン打ちは時間がある時に養成者が練習させるということになった。また、ちょっとした手がかりの場合は残置のみでも十分なテスティングの上OKとなった。

勘七出合での沢装解除の際桑原にヒルがついていた。その後林道を下って阿闍梨に行って解散。阿闍梨でラーメンを待っている間に桑原が失踪した。



まとめ
水量があり、かつ日が短いとF5まで行くのが難しいので暖かい時期に行きたい沢。完遂を目指すなら仕事道をERとしてとったほうがよい。F4までの遡下降でも沢L養成としては良いと思う。F4上の堰堤を見ないで下れて何よりでした。今シーズン最後の沢企画で松尾L権取得、となるのが美しかったのだが。来年リベンジします。

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