2007年8月13日月曜日

夏合宿 ブナオ峠~笈ヶ岳~白山

◎夏合宿 ブナオ峠~笈ヶ岳~白山無雪期縦走FB(山行No.30 長谷川企画)

◯ メンバー:4藤田(藪L)、3木村(藪L)、L長谷川(藪L)、吉村(藪L)、2藤井(道L)、山岸、1大城、高橋
◯1/25000地形図:「市原」「中宮温泉」「西赤尾」「新岩間温泉」「白山」「鳩谷」
◯行動計画
8/6(月) 上越線、北陸線、城端線で福光駅へ―(タクシー)―ブナオ峠▲0
8/7(火) ▲0―奈良岳―大笠山▲1(7.5P)
8/8(水) ▲1―笈ケ岳―笈ヶ岳南のコル▲2(10.4P)
8/9(木) ▲2―仙人窟岳―国見岳▲3(7.8P)
8/10(金) ▲3―三方岩駐車場▲4(3.4P)
8/11(土) ▲4―(北縦走路)―ゴマ平避難小屋▲5(9.2P)
8/12(日) ▲5―白山御前峰―室堂▲6(8.0P)
8/13(月) ▲6―(平瀬道)―大白川温泉(3.0P)
8/14(火) 予備日
8/15(水) 予備日


大学のワンゲルに入ってから、越中・加賀・飛騨三国の国境にある笈ヶ岳にはずっと心惹かれていた。深田久弥に「もし登っていたら百名山に入れていた」と言わしめながら未だに道が通っていないからか、泉鏡花の小説「風流線」で奥山の奥として描かれているからか、はたまた東麓にかつてあった越中桂と飛騨加須良の二つの廃集落によるものかはわからない。ただ折角ワンゲルに入ったからには、いつか絶対行ってみたいと思っていた。
その願いかなって、今年のゴールデンウィークに中宮から残雪を利用して笈ヶ岳の頂上に立つことができた。そのとき目に入ったのが、北にどっしりと構えた大笠山と南の空を占拠している白山であった。いつかその二つの山を結んで歩いてみたいと思った。しかし残雪期に縦走するのは学生として休みが限られているし、自分たちの実力では手に余るような気がしていたので、もし大笠山~笈ヶ岳~白山縦走をやるとしたら薮コギかなと思った。
それを実現する機会は意外と早くやってきた。当初、今年の夏は知床か至仏平ヶ岳稜線が出される予定だったのだが、いろいろ訳あって両方とも出せなくなってしまい、最終的に夏合宿として自分がこのブナオ峠~笈ヶ岳~白山稜線を出すことになった。
今この合宿を振り返ると相当無茶をやっていたなと思う。暑い中濃い薮がずっと続いていてメンバーの疲労度は半端じゃなかったし、とにかくMAXが深く、もしここで熱射病や目つきなどの事故が起きたらどうしようという思いが、薮をこいでいる最中片時も離れなかった。また水についてもかなり際どいことをやっていた。今後この稜線がワンゲル山行として出すことができるか甚だ疑問ではあるが、部内初トレースであるこの稜線(笈ヶ岳~三方岩部分)についての記録として、及び今後の山行運営にあたっての反面教師として読んでもらえれば幸いである。


山域概念図2.jpg
山域概念図(クリックすると拡大)





8月6日(月)日中は晴れ、夕方頃富山周辺では大雨及び暴風、夜は快晴
自分と吉村君は5:30に巣鴨駅に集合。自分の父親の車で練馬IC・関越道・上信越道・北陸道・東海北陸道経由で白川郷へ。白山スーパー林道に乗り、13:00頃に三方岩駐車場に着く。白山スーパー林道は、岐阜県の白川郷と石川県の中宮を結んでいる山岳有料道路だが、途中で引き返すこともできる。林道内での歩行・野営・夜間駐車は全て禁止されていてなかなかややこしいが、今合宿はこの林道なしでは成り立たなかっただろう。MAXの短縮やデポ設置、分離者との再合流など最大限に利用させて頂いた。三方岩駐車場には緊急時用の電話(林道の管理事務所とつながるらしい)が設置されており、管理者である岐阜県森林公社のパトロールカーが頻繁に点検にやってくる。三方岩駐車場周辺の藪の中に段ボール箱5個のデポを置くつもりだったが、適当なブッシュがない。トイレの建物の裏に置けたらよいのだが、管理者に回収されてしまうかもしれないと思っていると、ちょうど岐阜県森林公社のパトロールカーがやってきた。訳を話してトイレの裏にデポを置いていいか聞くと、カラスに荒らされる可能性はあるが構わないとのこと。トイレの裏の柵の中に置いて、その辺にあったブルーシートを被せておいた。デポはガムテープで厳重梱包した上にビニール袋を被せ、その上に両面テープを貼って一味唐辛子をふりかけ、更にその上にビニール袋を被せたもの。去年、北陸地方ではツキノワグマが多数出没したと聞いていたので超厳重梱包にしたが、今考えるとあそこまでしなくてもよかったかも。
本隊との集合時間に余裕があったので石川県側にある親谷の湯まで行き、自分と吉村君はそこに入る。野趣あふれる温泉で(無人・無料)、既に若めの男女が水着を着て入っていたが、そんなものを持っていない自分たちは重要部分をタオルで隠してお湯に浸かった。結果的に先客を追い出す形になってしまった感は否めない。目の前の姥ヶ滝を眺めながらの至福の時間。これから一週間お湯とは無縁な日々が待っている。
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親谷の湯
入浴後は、白川郷方面に引き返し、高速に乗って福光駅まで行き、父親と別れ、本隊を待つ。福光はこの辺で一番大きな町(南砺市役所は訳があって福野にあるらしいが)。駅前には20:00まで営業のスーパー。小矢部川を渡った向こう側には商店街があり、飲食店もチラホラ。ただコンビニは見当たらなかった。
朝8:30過ぎに赤羽を出発した本隊が19:30頃列車で福光駅に着く。例によって藤井は、昨晩寝ていないらしい。先が心配だ。20:30に福光タクシーのジャンボタクシーに乗り、ブナオ峠まで行く。西赤尾からブナオ峠までの道は、舗装はされているが狭路。タクシー代は17000円。ブナオ峠は広場になっており、満天の星空の下各自オカン。
8月7日(火)朝快晴、昼ごろから雲が少し出るが晴れ
5:10出発-(途中藤井不調のため30分くらい休む)-6:45大門山への分岐(タルミ)6:55-(カラミ)-7:05大門山(タルミ)7:15-7:20分岐-7:45赤摩木古山-8:10ナタメ平(タルミ)8:20-9:10見越山手前のピョコ(高橋不調のため長めのタルミ)10:00-10:50奈良岳(タルミ)11:05-12:05 1691地点(タルミ)12:20-13:15(タルミ)13:25-13:50大笠山▲1
5:10ブナオ峠を出発。最初はブナの巨木の中の比較的急な道を行く。道はしっかりしている。トップは藤井だが、ペースが異様に速い。30分くらい登ったときに、藤井が「気分が悪い」と言うので休むことにする。藤井の顔は険しく、かなりしんどそうで、少し嘔吐する。このまま進んでも大丈夫かと聞いたところ、大笠山まではなんとか行けそうとのことだったので、そのまま進む。分岐にザックを置いて、そこに藤井だけ残り、他は空身で大門山に行く。大門山への道はそんなに荒れているわけではなく、すぐに頂上に出られる。頂上からは大笠山が大きく見えるが、白山のてっぺんの方は雲に隠れている。大笠山までですら遠く感じられる。
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大門山で縦走最北端の記念撮影
縦走最北端の記念撮影をして、分岐まで戻り、再び出発する。赤摩木古山頂上は眺望が良い。8:00過ぎから陽射しが強くなり、暑くなる。道はアップダウンを繰り返しながら、しっかりとついている。見越山の手前の登りに少し岩場っぽいところがあり、そこを越えたところで、今度は高橋が「気分が悪い」というので休む。休んでいる最中に高橋が嘔吐する。内容物はほとんど水だけで、水分が吸収できていないようだ。帽子を被らせ、濃い目のパウ水を飲ませ、衣服を水で濡らして休ませる。高橋の体調が落ち着いたところで再び出発する。
奈良岳頂上は低い樹木に覆われ、あまり眺望は利かない。ここで内尾方面に行く道を分け、左の道を下る。下りきると、二重稜線の間の湿地帯となり、木道がついている。これを越すと、道は荒れた感じとなり、倒木や笹が覆うようになるが、道に迷うようなことはない。1691地点手前に岩場の下をトラばるような所があるが、そこで道は不明瞭となり、二年二人は岩場を登ってしまって降りるのに少し苦労していた。草をかき分けて少し進むと再び道は明瞭となる。大笠山への登り手前の鞍部には池塘があり、ニッコウキスゲがチラホラと咲いていたが、ざっと見た感じでは水は汲めそうにない。
急登を登り切ると、桂からの道と出合い、少し進むと大笠山頂上。頂上からは目の前に笈ヶ岳が大きくそびえ、左に仙人窟、右に白山が大きく見える。
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大笠山より南方を望む。右奥が白山、中央が笈ヶ岳、左端が仙人窟。
ここで重大なことが発覚する。テントを二式持ってきているはずなのが、テント本体が一つしかないのだ。代わりにフライは三つある。どうやらフライの入った袋をテント本体と間違えて持ってきてしまったらしい。これには言葉を失った。
ここで選択肢は二つある。一つ目は全員で桂に降り、三方岩から再入山して小屋泊まりだけで白山まで縦走するというもの。二つ目は、三人にここから桂に下りてもらい、残り五人で一つのテントを持って予定通り笈ヶ岳、仙人窟を縦走し、三方岩から馬狩に下り下山組と再合流するというものである。
ひとまず結論を出すのは後回しにして、山頂に自分と山岸、一年生は残ってカレーを作り、藤田さん、木村、吉村君、藤井で30発水を汲みに行くことにする。カレーはすぐ出来たのだが、水汲み隊の方はなかなか帰ってこない。遠くの方で「ホーヤ」の声はするのだが、その声がなかなか近づかない。二時間以上たった後で、かなり疲労した表情で帰ってきた。木村の話によると、山頂から西に藪をこいで進むと気持ちのいい草原(サイト適地)に出て池塘もあるが、その池塘の水は飲めなさそうなので、北の沢を下ったとのこと。沢を下っていくと三段10mくらいの滝があり、スリング手がかりで降りて水を汲んだらしい。三段滝の下はスラブになっていて、それは懸垂下降をしないと降りられないそうだ。木村によると、山頂から水場まで30~40分。
食事後話し合った結果、長谷川・木村・吉村君・山岸・大城の5人で藪入りすることにして、藤田さんと今日体調の悪そうだった高橋、藤井が明日桂に降りてそこからタクシーで白川郷まで行き、藤田さんはそのまま東京に帰り、本隊藪抜け予定日の8月10日まで藤井と高橋は白川郷で待機し、10日に馬狩にあるトヨタ自然学校で待ち合わせて本隊が迎えにいくということになった。
テントには5人しか入れないので、今夜は藤田さん、吉村君、自分の3人がオカンすることになった。オカンした3人は夜通し虫の襲撃に悩まされて寝られなかった。
8月8日(水)朝快晴、昼ごろから雲が少し出るが晴れ
4:45出発-5:35 標高1650付近(タルミ)5:50-6:50大笠山から下りきった鞍部の少し手前(タルミ)7:00-7:45最低鞍部(タルミ)7:55-8:50(タルミ)9:00-9:50宝剣岳(タルミ)10:05-10:50宝剣岳と錫杖岳間の鞍部(タルミ)11:00-11:55錫杖岳(タルミ)12:10-13:00(タルミ)13:15-14:00笈ヶ岳(タルミ)14:20-(途中木村が5分ほど大キジ)-15:25小笈(タルミ)15:35-16:20中宮方面稜線との分岐ピョコ手前の鞍部▲2
3:00起床。吉村君の顔を見ると、虫刺されのため顔が全体的に腫れている。まぶたも腫れていて、視界が狭くなっているらしい。更に悪いことに、一睡もできず、昨日の疲れがとれていないらしい。自分も体中がかゆいが、昨晩抗ヒスタミン剤を飲んで寝たせいか腫れはそれほどひどくない。吉村君には抗ヒスタミン剤を飲んでもらう。
本隊は4:45に出発。まだ明けきらない空の下、笈ヶ岳は黒々とあの独特な形の尖峰をたたえている。見るだけでは近く感じるのだが、実際行ってみると何があるかわからない。不安と期待で胸がはちきれそうだった。
背丈を越える笹をこいで少し進み、笈ヶ岳の方に向きを変え、急な稜線を一気に下る。すぐに潅木が出てくるようになる。潅木はミズナラの低木(ミヤマナラ)が多い。潅木と笹の急斜下りは歩きにくいが、トップの木村は速いペースで進んでいく。標高1650m付近は樹高の高いブナ林となっており、そこは笹の勢力も弱く多少歩きやすくなる。
3Pで最低鞍部に着き、そこからは笈ヶ岳への急な登り返しが始まる。潅木と笹をつかんで登る。そろそろ陽射しも強くなり暑い。熱射病などが心配である。この合宿は全日天候に恵まれ、晴れの日がずっと続いた。それでも午後からは多少雲がかかり陽射しを遮ってくれることが多かった。一番暑く辛い時間帯は午前9:00頃から昼までだった。
宝剣岳からの下りで少々落ちる。今回の稜線は全体的に細く、計画段階では落ちることはないだろうと高をくくっていたが、実際は、ピークから下りるときには間違えた方向に落ちてしまうことが多々あった。一度落ちるとリカバーに苦労する地形なので、ピークから下りるときは注意が必要である。
錫杖岳への登りは激急で、東側が切れている。岩稜っぽいところにうすい踏み跡がついている部分もある。途中岩場の左側を登る部分があった。ここらあたりから笈ヶ岳頂上付近までには、ところどころに残置赤布がある。付けてある位置からして、残雪期のものとは考えられない。自分ら以外にも、この藪を漕いでいる人がいるのだろう。
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錫杖岳より。手前が宝剣岳、奥が大笠山。
錫杖岳、笈ヶ岳のピーク手前は太いネマガリに阻まれる。ピーク付近北側が手強いネマガリに覆われているのもこの稜線の特徴のひとつと言えるかもしれない。
左側にはフカバラ谷が、右側には清水谷や水晶谷がはるか下に見える。わさび平の小屋も見えた。しかし水は稜線からかなり下に下りないと汲めないように思える。この辺りで水を汲めなければ大笠山に引き返すなり、中宮に下りるなりして縦走を断念せざるを得ない。それだけがずっと気がかりだった。
出発してから9P目に笈ヶ岳頂上に着く。ある意味この合宿のメインピークであるのだが、疲れているせいか、この先を思って不安になってか、皆いまいち覇気がない。自分と山岸は3ヵ月前の残雪の時期にもここに立っている。そのときはまさかこんな暑い時期に再びここに立とうとは夢にも思っていなかった。藪稜線はまだまだずっと続いていて、前方には白山がデーンとそびえている。あそこまで行くのか…。遠い…。
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笈ヶ岳頂上にて
笈ヶ岳からサイト予定地である中宮への稜線との分岐ピョコまで向かう。残雪期には雪のしっかりとついた稜線左側をサクサクと歩いていて、潅木藪のイメージはあまりなかったのだが、稜線上には相変わらず潅木藪がしっかりとついている。残雪期には、あまり意識もしなかった小笈のピークも、藪だと手強い。小笈でも下りるときに落ちてしまった。
小笈から先の稜線もずっと潅木藪に覆われており、テントを張れるような場所はなかなか現れない。疲労もピークに達してきつつあったので少々焦りながら進んでいると、中宮稜線分岐ピョコの手前の鞍部への斜面で藪が切れてニッコウキスゲの咲く草地になっているところに出た。鞍部から少し右に降りたところには、池塘跡地があった。サイト適地である。鞍部あたりは溝のようなものが稜線を横切るように走っていて、それを辿ると沢に出られそうである。今日は池塘跡地にテントを張ることにする。時刻は既に16:20。天気図は取れなかった上に、ラジオは甲子園に占拠されて天気予報も聞けなかった。しかしどうせ明日も今日と同様カンカラカンに晴れるだろう。11P行動で皆疲れているせいもあり、水汲みは明日朝一番に行うことにして、今日は早く寝ることにする。食事が終わると皆まだ明るいうちからバタンキューだった。
8月9日(木)朝快晴、昼ごろから雲が少し出るが晴れ
4:45-(水汲みのため西側の沢を下る、途中Lが10分ほど大キジ)-5:30(水汲み)6:00-6:40サイト地(荷物回収)6:55-7:35中宮方面への稜線との分岐ピョコ-8:00(タルミ)8:15-9:00鞍部少し手前(タルミ)9:10-10:00(タルミ)10:10-10:55 標高1690くらいのピョコ(タルミ)11:05-11:50仙人窟1つ手前のピョコの少し下(タルミ)12:05-13:00仙人窟の少し手前(タルミ)13:10-13:55仙人窟1つ先のコル(タルミ)14:00-14:50標高1646地点1つ手前のコル(タルミ)15:00-15:50(タルミ)16:00-16:45標高1646地点から下り切った鞍部▲3
3:30起床、4:45水汲みに出発。雲ひとつない空、今日も暑くなりそうだ…。鞍部を横切るように走る溝を辿って西側の沢を下りる。周囲は笹・潅木の藪だが、沢床は石がゴロゴロしている感じで、ところどころに水溜りがある。途中1~2mの涸滝がいくつかあるが、難なく降りられる。5mほどの少し急なスラブを1回下りる。ホールドスタンスは豊富だが、注意を要する。水を汲みに行く途中Lは大キジをうつ。何か腹が緩い。藪中では飲む水の量が制限されているので、乾物系の行動食はのどを通らず、レーズンとカキピーばかり食べていたせいだろうか。レーズンとはちょっと違うけど、ドライプレーンの袋には、食べ過ぎると腹が緩くなることがあると書いてあるからな…。
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沢への降り口(左)と水が出ているところ(右)
涸沢と2本ほどぶつかった後、水の流れている沢に出た。具体的な場所は、中宮稜線の1626地点少し北から降りてくる沢とぶつかる辺り、標高は1500~1550mくらいだろうか。ここで水を汲む。これからは水が貴重になるのでここで腹いっぱい水を飲んでおく。藪中に入ってからは、常に虫が付きまとっていて鬱陶しかったが、沢中は特にブユの猛攻がすごい。早々に退散して、下っているときに付けた赤布を頼りに、天場まで戻る。
水が得られたので、天場で荷物を回収して更に先に進む。中宮への稜線との分岐ピョコを過ぎると急な下りになる。ここもRFポイントと言えるだろう。藪は更に濃くなった気がする。藪の合間から北アルプスの槍穂連峰が見える。あっちの稜線の上では今の時期多くの登山者が歩いているのだろう。その稜線のシルエットを人気のない藪稜線から眺めるのは、なかなか不思議な感覚である。
鞍部に向かって下りていると、岩峰にぶちあたった。手前で右側(石川県側)にガクッとおりて、岩峰の腹を横切るようにして進み、稜線に戻る。
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岩峰
鞍部の少し手前にも岩場があるが、これは右側に大きく迂回すると残雪期のための残置ロープがありそれを頼りに下りると岩場の右下に出られる。岩場の下端にそってトラばって稜線に戻る。ここにも残置FIXロープがあるが、これはユルユルなので使わない方が良い。
仙人窟手前には小ピョコが何個か並んでいる。道がついていれば大したアップダウンではないのだが、藪漕ぎだとこうした小さなピョコの繰り返しでも意外と難儀で、時間がかかる。仙人窟の2つ手前のピョコ辺りはブナの大径木林となっており、そのせいで下層の藪の勢力も比較的弱く感じる。ここでは、その薄い藪に引きずられて、大きく落ちてしまった。
仙人窟手前のピョコには池塘があり、サイト適地。池塘には水も張っているが、その水を進んで飲む気にはなれない。ここで時間は既に12:30過ぎ。サイト予定地の国見山まではまだ遠く、今日中にたどり着けるかどうかも微妙なので、今日はここで泊まることも考えたが、ここで泊まってしまうと、明日高橋と藤井を馬狩まで迎えに行くことが難しくなる。皆に聞いたところ、まだ進めそうとのことだったので、今日中に進めるところまで進むことにする。
仙人窟から先の稜線は、相変わらず藪が濃いが、時々薄い踏み跡っぽくなっている部分がある。1646地点からの下りは特に濃い。RFポイント。地図上で見ると国見山までもうすぐであるように思えるが、実際に見る国見山はまだ遠い。おまけに国見山への登りは急登となっており、石川県側はスッパリ切れて数百m単位の大絶壁となっていて、近づきがたい雰囲気を醸し出している。パウもあと2~3袋しかない。今日は国見山の登りの手前で泊まって、明日の朝涼しいうちに国見山の急登を登ることにした。1646から下りきった鞍部にテント一張り程度のスペースがあったので、そこにテントを張る。珍しく山岸が疲れている。疲れている山岸を自分は初めて見る。あんな重い荷物を背負って、長い間トップをさせられたら無理もない。今日も、天気図も天気予報も聞けなかった。
改めて水計算をすると、あまり余裕がないことがわかった。自分は水の摂取を制限されるのは大嫌いなのだが、明日は制限せざるを得ないだろう。MAXを12P以内に収めるためにピッチ読みを甘読みし、その甘読みしたピッチ読みをもとに水計算をしたつけが今来てしまった。水分の摂取を制限されている上に、テント内は異常に暑い。大城は苦しそうな息をしていた。自分も暑くて我慢できなかったので、テントの入口を開けて寝たが、不思議と虫は入ってこなかった。テント内のむさ苦しい空気を、虫までもが敬遠したのだろうか。
8月10日(金)昼頃まで快晴、15:00頃曇りになるが、18:00頃から再び晴れ
4:40出発-5:30国見山への急登手前の鞍部(タルミ)5:40-6:30(タルミ)6:40-7:25急登終わり(タルミ)7:40-8:20標高1686地点少し手前(タルミ)8:30-9:15標高1686地点の少し先(タルミ)9:30-10:15瓢箪山手前の鞍部の少し手前(タルミ)10:30-11:15瓢箪山一つ先のピョコを越えたところ(タルミ)11:25-12:20藪抜け・展望台(タルミ)12:45-13:15三方岩駐車場
3:30起床、朝飯はカレーうどんもち。こんな水に飢えているときに、水気がなくどろどろのカレーうどんもちを食わされたのではたまったものではないから、皆いつもよりもずっと真剣にサイトをしていた。味付けもいつもよりずっと薄め。4:40に出発。国見山への登りが始まるまでは、小さなアップダウンを繰り返す。コルの部分にはテント一張り分ぐらいのスペースがある。国見山への急登が始まると、石川県側のトークズレ谷源頭部分が大キレットとなっている。雪に磨き尽くされたといった感じのキレットで、太平洋側にある山岳ではまず見られない光景であろう。壮観ではあるが、藪の反発力に負けて放り出されたりしないか心配で気が抜けない。計画段階ではここを3日目の最後の方に登る予定であったが、疲れて集中力が切れている状態で歩くのは危険である。偶然とはいえ、1日の行程の最初の方でここを通過したのは正解であった。昨日でパウは全て使い切ってしまったので、水に砂糖と食塩20g(一応生理食塩水を意識した)を入れてパウ水代わりにする。後味が悪く、こんな状況でなければ絶対に飲めないような代物だった。あまりにも気持ち悪い味だったので3回ほどで作るのをやめてしまい、その後は真水を飲むようになった。
国見山手前は太いネマガリの笹壁。国見山から先は、今までの細い稜線とはうって変わって、太い稜線となり、上層木は針葉樹のオオシラビソとなる。しかし下層は相変わらず濃い潅木藪で、ペースはなかなか上がらない。水の残りは着実に減っていく。藪抜けはもうすぐそこに控えているのに、精神的圧迫はなかなか小さくならずに、むしろ大きくなる。この日の藪トップはほとんど木村が務めていた。木村のスパートの強さにはいつも感心させられる。
瓢箪山までは人為的形跡は全く見当たらず、ひたすら濃い藪が続いているのみだが、瓢箪山より先はところどころに踏み跡や赤布、赤ペンキなどが現れる。これらは切れ切れとあるだけだが、あるのとないのとでは心強さが全く違う。瓢箪山1つ先のピョコを越えたあたりで展望台が見え出す。やっとゴールが見えた。元気付けられたのも束の間、次のピョコへの登りでシャクナゲの濃い藪で空中藪漕ぎを強いられる。そのピョコからの下りでは、下りる方角を少々間違え、落ちてしまい、リカバーに苦労する。「最後の最後になってまで俺たちをいたぶらなくてもいいのに」と愚痴が出てきてしまう。最後の登りを半ばやけくそになりながら藪を漕いでいると、木村の「藪抜けー」の声。正直なところ、完遂したうれしさよりも、もうこれで藪を漕がなくてもいい、早く水をたらふく飲みたいという気持ちの方が大きかった。皆疲れきった顔をしている。山岸は「初めてカマドの歌の歌詞の意味がわかりましたよ。『長い一日だった、本当に辛かった』とか、『辛いことなど今は忘れて眠りたい』とか。」と言っていた。それだけでもこの合宿の意義はあったというものだ。この時点でもう水はLポリしか残っていなかったので、後半用のLポリは高橋・藤井を迎えに行く際、馬狩で汲むことにして、Lポリの水を開放する。
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薮抜けの記念撮影
展望台からは、概ね稜線の左側(岐阜県側)に細いがしっかりした道がついており、三方岩駐車場から三方岩岳に登る登山道と合流している。三方岩駐車場の水場で皆がぶがぶ水を飲む。たらふく飲んだ後、吉村君が一言「ここの水泥臭いね」。うん、確かに泥臭い。腹を壊さないか少し心配になったが、この後3日間に腹を壊した奴はいなかったので、大丈夫なのだろう。
渇きが癒せたら、デポの開放。デポは4日前に置いておいたままの状態であった。デポの中から、木村がいれておいた石鹸と自分が入れておいたホースを引っ張り出して、先ほどの水場でシャワー。面の皮が厚い三年二人は、観光客の冷たい視線に耐えて、パンツ一丁になって藪の汚れを落とす。
さて、一段落ついたら、馬狩で自分たちを待っているはずの高橋(・藤井)を迎えに行くことを考えなければならない。白山スーパー林道は歩行禁止なので、ヒッチハイクが一番手っ取り早い。白川郷方面に向かう車に木村1人が馬狩まで乗せてもらい、高橋・藤井と落ち合い今夜はそこで寝て、翌朝一番にタクシーで三方岩駐車場まで上がってきて、白山方面に向かい出発することにした。5台ほどあたってみるものの、皆石川県に向かう人ばかりで、白川郷方面に向かう人はなかなかつかまらなかった。最終的に愛媛から写真を撮りに来たおばさんの車に乗せてもらえることになり、一安心。
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無事だったデポ
白山スーパー林道は野営禁止なので三方岩に残る自分、吉村君、山岸、大城は別の場所でテントを張らなければならない。三方岩岳への登山道が稜線上に出るところに、サイト適地があった。しかしそこにテントを張ると他の登山者の通行を妨げてしまうことになる。よって登山者が全員帰るまで、駐車場で待った後にそこまで行き、テントを張ることにした。駐車場に車がいなくなった17:00頃駐車場を出発し、15分くらいでサイト地に着く。テントを張ると、フライを駐車場に置いてきたことに気づいた。しかし今日も雨は降らないだろうと考えて、フライなしでテントを張る。食事後は、デポに使った段ボール箱とビニール袋を燃やすため焚き火。ガスも切れて、夕闇に飛越の山々が淡く浮かんでいる。俺もカマドの歌の意味が初めて分かった気がする。
8月11日(土)快晴
6:15出発-6:30三方岩駐車場(木村・高橋待ち、7:40タクシーで木村・高橋到着)8:10-8:20サイト地(デポ回収)8:30-8:45三方岩岳頂上(タルミ)9:10-9:50(タルミ)10:00-10:25野谷荘司山(タルミ)10:35-11:30美濃原山付近(タルミ)11:40-12:05妙法山(タルミ)12:20-12:50標高1762地点手前辺り(大城腰の不調でタルミ)13:15-14:15シンノ谷の鉄橋(タルミ)14:30-15:10急登を登り切った辺り(タルミ)15:20-15:50ゴマ平避難小屋▲5
残り組の朝飯は、スパゲッティ。7人分のスパゲッティを一気にいれてしまったので、煮ている最中にスパが水分を吸って鍋に水がなくなり、水を足しているうちに茶飯用の水まで使い切ってしまった。藪中じゃなくてよかった。自分は白山スーパー林道の開門は6:00だと思っていたので、6:30をめどに三方岩駐車場に下ったが、実際の開門時刻は7:00だった。7:40頃木村と高橋を乗せたタクシーがやってくる。藤井は体調が優れず、結局帰ったそうだ。強い陽射しの中出発。三方岩岳までの道はよく整備されており、登山者も多い。三方岩岳は藪中からでもずっとその姿が見え続けていた、上部が切り立った独特の形の山である。山頂からは北の大笠・笈ヶ岳稜線と南の白山本峰や三方崩山はもちろん、東の方に北アルプス連峰が剣から槍穂まで連なって見える。
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三方岩岳から見る薮稜線。左から国見山、仙人窟、笈ヶ岳、大笠山
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三方岩岳から見る北アルプス
三方岩岳から野谷荘司山までの間、飛騨側の谷が崩れているところもあるが、特に危険はない。もうせん平には池塘があり、湿生植物が生えていた。
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もうせん平
妙法山への登りは急である。この辺りは大木がなく、陽射しがもろに当たるので暑い。妙法山頂上付近には一部ハイマツが混じる。標高1762地点への登りの少し急になったところで、トップをしていた大城が苦しむ。藪中で水汲みに行ったときに、足を滑らせて尻餅をつき、そのとき腰を打ったのが今痛み出したらしい。大城が回復するまでタルム。
シンノ谷への下りにかかると、道の上に笹が生えるようになり、少々歩きにくい。しかしコースを見失うというようなことはない。シンノ谷には簡単な鉄橋がかかっている。沢に簡単に降りて水を汲むこともできる。三方岩駐車場の水が臭いので、残っていた水を捨てて、ここで必要量を汲むことにする。シンノ谷から針葉樹林の中を急登し、登り切ってから斜面を少しトラばって進むと岩間道との分岐に建つゴマ平避難小屋。ゴマ平避難小屋は2階建ての綺麗な小屋である。水は北縦走路を少し下った沢から汲む。小屋には自分たち以外に3人泊まっていた。夕飯のマーボー春雨を食べながら、木村に天突きの手解きを受ける。Lは、天突きをするのは、一年半ぶりなので、すっかり忘れていた。
8月12日(日)今日もまた快晴
4:50出発-5:40三俣峠(タルミ)5:50-6:37うぐいす平(タルミ)6:50-7:45お花畑(タルミ)8:00-8:45ヒルバオ雪渓下部(タルミ)9:00-9:45大汝峰への登り口の少し手前(タルミ)10:00-(空身で大汝峰を打つ)-10:50発-11:20室堂着
皆寝返りがうるさい。狭いテントから解放されて、寝返りをうちたくなるのはわかるけど、他の人もいるのだからちょっと考えてね。と言いつつ、自分が一番寝返りをうっていた。
いつも通りの時間に起床・出発。今日はいきなり急登で始まる。ブユはまだしつこくついてくる。
急登を登り切ると笹原となる。朝日に輝く笹原の中をでかいザック並んで進む。いかにもワンゲルチックな光景である。東からそよ風が吹き、涼しくて心地よい。ここまで登るとブユもいなくなった。
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朝日を浴びて、そよ風に吹かれて
地獄覗きを越した辺りで限界上となり、高山植物が目立つようになる。右手には赤茶けた山肌を見せる地獄尾根が見える。北弥陀ヶ原辺りからハイマツの樹林となる。藪中でははるか遠くに見えた白山御前峰・大汝峰・剣ヶ峰が間近にそびえ、東の空には北アと御嶽山が浮かんでいる。いよいよ高山に来たと言った感じである。
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地獄尾根を望む
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遠くに御嶽山が
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高山植物
今年は雪が少ないと言われているヒルバオ雪渓の下部を横切り、急登を登り切ると大汝峰への登り口となる。イワギキョウがたくさん咲いていた。そこにザックを置いて空身で大汝峰を目指す。大汝峰頂上からは360°の大パノラマ。いままで見えていた北方稜線や北アはもちろん、いままで白山本峰によってずっと遮られていた南方向の奥美濃や越前の山々も眺められる。計画段階では、美濃禅定道を下り、石徹白まで縦走することも考えたが、やはりずっと南の空を占拠していた白山で合宿を終えるのがふさわしいだろう。
大汝峰から室堂に下る。室堂には水場やトイレ、売店や神社、挙句の果てには郵便局まである。今までずっと人影まれなるところを歩いてきたが、いきなり人ごみの中に入り込む。いろいろ心配事の多い山行であったが、最後の心配事は予約せずに室堂に泊まることが出来るかということだった。11:30から宿泊の受付開始。今まで不安に思っていたことが馬鹿らしくなるぐらいあっけなく受付は終わり、白山荘に泊まることになる。1人1泊5100円也。大城は室堂で迷子になっていた。
食料が余っていたので、ワンゲルでは珍しく1日3回食事をすることにする。12:30頃カレーうどん餅を食し、15:00頃ハヤシライスを食す。ハヤシライスにクリームシチュールーを入れたら、味がマイルドになった。この日は、小屋の煎餅布団にくるまって皆早めに寝た。
8月13日(月)山頂近辺では早朝ガス及び風、平瀬道下山中は曇り、下界は晴れ
3:50室堂発-4:30御前峰着(5:10頃御来光)5:15-5:30室堂(茶飯を飲む)6:30-7:25大倉山避難小屋(タルミ)7:40-8:30ブナ林の中(タルミ)8:40-9:05大白川着
翌日は2:50起床。頂上に一番乗りで着いて、ギャラリーのいないうちに点突きを済ませてしまうつもりで早めに出発したのだが、既に御前峰までの道は登山者が列をなしていた。山頂に着くと、群衆から少し離れた場所で天突きをした。風が強く、寒い。御来光までの30分以上を、フライを被って過ごす。ガスが速いスピードで通り抜けていく。その度に遠くに浮かんだ北アのシルエットが見え隠れする。幻想的な光景である。
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御前峰より
当初はお池巡りコースの方に下りる予定だったが、あまりにも寒いので御来光を見た後、もと来た道を引き返した。ここでLは人ごみによって他のメンバーと離れてしまった。
山小屋で茶飯を飲んで、平瀬道を降りる。平瀬道はよく整備されているし、大倉山避難小屋も綺麗である。高山植物地帯からダケカンバ林、ブナ林への移り変わりが楽しめる。しかし登ってくる人がこれまでと比べ格段に多いので、すれ違いが少々面倒である。
大白川には露天風呂がある。シャワーなどの設備はなく、石鹸の持ち込みも禁止。ただし200円の粉石けんが白水湖畔ロッヂで売られており、それは使ってよい。泡立ちは悪いが、一週間風呂をお預けだった身にはありがたい。入浴料は300円。
白水湖畔ロッヂには緊急用の衛星電話と平瀬の白山タクシー直通の公衆電話がある。風呂上りにメンバー全員に1杯500円のビールをおごった。下戸の高橋はラムネだったが。行動食のカキピーやビーフジャーキーを開放してつまみとする。ビールを飲んでいると、そばにいたお兄さんが平瀬まで車に乗せてくれるとのこと。お言葉に甘えさせていただく。お兄さんは愛知県半田市の人で、8月13日未明のペルセウス座流星群を見に来たらしい。平瀬にある食堂でドテ煮定食を食べながら打ち上げ。ドテ煮の味は、名古屋辺りのと、少し違う気がした。とても美味。平瀬温泉バス停で12:33の高山行きの濃飛バスに乗る。本当は予約が必要なのだが、席が空いていたので全員無事乗ることが出来た。
Lは牧戸バス停で皆と別れ下車し、郡上八幡行きの岐阜バスに乗り換え、白山長滝神社にお参りに行く。これで越前、加賀、美濃の白山三馬場お参りを果たしたことになる。
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白山長滝神社
白山長滝駅から長良川鉄道に乗る。郡上八幡で途中下車して、郡上踊りを見ることも考えたが(ちょうど徹夜踊りの会期中)、急に疲れがどっと出てきたのでそのまま乗車して美濃太田・多治見を経由して実家のある名古屋に帰った。長良川鉄道は名のとおり長良川に沿って走るローカル鉄道で、車窓からは川釣り人が多く見えた。
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白山長滝駅。旅の終わり。
○テント不足のため、夏合宿途中で急遽大笠山から下ることになった分離隊のFB
文責:藤田
行動日8月8日(水)
メンバー 4藤田 2藤井 1高橋
行程 大笠山山頂~桂湖(~白川郷)
��月8日 晴
大笠山山頂500~530避難小屋530~(途中たるみ一回)~634前笈ヶ岳652~(途中たるみ二回)~935桂湖ビジターセンター
本隊の出発を見送り、もう少し明るくなってから落し物がないかを確認して5時に出発。隊の下るペースはさほど悪くない。下り始めて1ピッチ強の間は、道に階段状の補強がなされているものの、その上に両側から植物が覆いかぶさっていて薮っぽく、虫だらけ。昨夜のオカン時もそうだったが、この山域は虫が多い。しかも朝5時台というのに暑い。本隊の行く末が心配になる。夏合宿の核心部に突入せずに引き返すのは残念であったが、同時に少しホッとしてもいた。今思えば大変失礼なことなのだが、この時点では、本隊は完遂するよりも引き返す可能性のほうが高いと思っていた。
2ピッチで前笈ヶ岳に到着、周囲の展望などないようなものだったが一応記念撮影をした。その後はひたすらの単調なくだり。地形図から受ける印象ほど急ではなかったように感じた。ただ、登るとなるとしんどいかもしれない。途中の鎖はたいしたことはなかった。最後にはしごを2,3個下ると桂橋。オートキャンプ場を横目に見ながらビジターセンターまで歩く。日差しは相変わらず強いが、湖の隣であるため風が吹いて多少は涼しい。ビジターセンターにはほとんど何もない。公衆電話でタクシーを呼んで待つ。1030ころに来るといわれたのに1050になってもこないのでもう一度電話をしようかと考えていたら1100ころにタクシーがやってきて一安心、白川郷に向かう。道路の上をやたらと送電線が走っている。タクシーの運転手さんによれば、この辺のダムで作った電力は全部関西電力のものになるという。白川郷に着く直前のコンビニによってもらって藤井の風邪薬を探すが見つからず。ヘルボから分けてもらってくれば良かったかと少し後悔。白川郷に着いたらとりあえず温泉へ。その後、私が帰る15時台のバスまで白川郷を散策。そこここを水が流れる景色にうらやましさを覚える。帰りのバスに乗るバス停で残留組の二人と別れる。バスを待っているときにシモンと二回ニアミスした。

4 件のコメント:

  1. ■興味深く 読ませてもらいました。
    ありがとうございます!!
    記事を読んでいて はっと 気がつきました。
    白山スーパー林道は『歩行禁止』だったんですね^^;
    先に木村さんを白川郷まで送ってあげて 写真を撮りに行けばよかった・・・と反省しています。
    御前峰のご来光 うっとりです。
    また寄らせてもらいますね。
       (質問:天突き とは???)

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  2. あのときは、ありがとうございました。もし白山スーパー林道が歩行可能であっても、三方岩駐車場から馬狩まで歩くのはとても大変です。大変助かりました。
    ずっと青空が続いた合宿でしたが、御前峰の御来光のときは眼下を雲が駆けずりまわっていました。それもまた綺麗なものです。
    天突きとは、合宿でのメインピークで大声を張り上げて行うワンゲル独自(?)の儀式です。周りにいる他の登山者の方からは奇異の目で見られ、行う側としては勇気がいります。

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  3. 偶然このレポを見つけ、全部読ませてもらいました。
    実は私、数年前まで金沢大学のワンゲルに属していました(今はOBです)。
    20~30年前は結構縦走していたようですが(見越山の北にあります高三郎山の麓に部の小屋があり、当時のコースは白山~高三郎というものでした)、ここ10年ほどは現役ですら行ってない伝説のコースとなっていましたので、とても興味深い内容でした。
    地元のワンゲルなのに恥ずかしい限りです…
    しかしどこのワンゲルにも似た風習があるものなんですね。天突きはおそらく自分達が「エール」と言ってたものかも。大学名・学年・氏名を叫んで歌を歌ったり笛を吹いたり。最初は恥ずかしいけどやってしまえば気分爽快・疲労回復になる魔法の行事… 懐かしいです(笑)

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  4.  実はこの合宿を出すにあたって金沢大学ワンゲルのOBの方から記録を頂きました。1975年秋の記録です。そのときも白山~笈ヶ岳~大笠山~高三郎縦走でした。白山山系から流れる長良川下流の濃尾平野出身である自分は、ひたすら南を目指し薮をこいで白山の高山帯に抜けるという設定が好きなのですが、やはり金沢の岳人にとって名峰白山から金沢に抜けるという設定に堪らないものがあるのだろうと思います。
     笈ヶ岳~三方岩間の薮稜線は部内に記録が無く、またネット上を探してもあの稜線で薮をこいでいる記録は見つからないので、金沢大ワンゲルさんの記録は大変助かりました。行動中も、自分たち以外にもこの薮を漕いだ人がいるんだと勇気づけていた気がします。やっている内容は今も昔もそう変わらないのだなと思いましたが、記録を読んでいて驚いたのは、山行や山域に対する情熱や思い入れのすごさです。

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