2L高市E一山W茂木F村瀬H高辻、鳩貝
秋企画、槍穂表銀座縦走が台風15号の影響で潰れてしまったのでそのリベンジ企画。
1日目の吹雪と2日目の強風のため大キレットの縦走を取りやめにして槍ヶ岳のみになってしまったが、雪と紅葉で化粧をした北アルプスの景色には一同息を呑んだ。
10/11 晴れ
前回の反省を生かして直通バスではなく、電車での松本アプローチ。天気予報をみると、風力の予報は気になるが(25m/s)天気は晴れの予報で、小屋将の呪いも今回はなかったようだと皆喜んだ。
10/12 晴れ→雪
700上高地735明神820徳沢905横尾925-1005一ノ俣(1705)1030槍沢1115-1200大曲分岐1210-1250天狗分岐1300-1340たるみ1355-1435殺生ヒュッテ
始発の電車とバスに乗って上高地にアプローチ。バスの中でLが突如原因不明の腹痛に襲われ魘される。小屋将の呪い、侮りがたし。630に上高地に着。Lの腹痛が収まるのを待って700に上高地発。天気もよく、全員期待に満ち溢れていたので、いきなりの120分ロングピッチをきって、水平距離11キロの行軍を敢行。横尾まで、観光客に脚力の差を見せつけながらごぼう抜きしていった。4pの読みだったが2時間で済んだ。観光客はどうも、ほとんどが涸沢の紅葉を見に来ていたようで、横尾を過ぎるとあまり居なくなった。暴君高辻は、夏合宿北アメンツおよび一山に数々の暴言を浴びせ場は大いに盛り上がった。この2日間ドビー一山は、発言するたびに四方から罵声を浴びせられていた。その後、再びロングピッチ。2p読みのところを65分で槍沢に到着。ここまでは上りもあまり急ではないのでこんなもんだろう。しかし、一同は槍沢ロッジで驚愕の事実を知ることとなる。
稜線付近の天気予報-10/12pm、雪及び20m/s以上の風、10/13終日、晴れしかし20m/s以上の風。稜線縦走は避けるべし。
一同沈黙。
雪?
20m/s?
暴風雪ですか?
当然、ここで方針会議。しかし、今の空は晴れているし、この状態で撤退するのもありえないだろうということで進むことにした。ここからは、50分弱でたるみを挟んで、ゆっくり進む。大曲の分岐を過ぎた頃あたりから、紅葉が見えてきて、気分よく登る。しかし始めとばしたせいか疲労感がある。天狗分岐あたりから雨がどうも降ってきたので、雨具を着て進む。進んでいると次第に風も強くなってくる。それでも進む。雨が雪(雹?)に変わる。それでも進む。殺生ヒュッテ着の15分前頃だろうか、風がさらに強くなり、顔に打ち付ける雪で顔を上げてられなくなった。
こ、これは、吹雪、キタ━(゚∀゚)━!
などと言っている余裕はなく、一同必死で登り殺生ヒュッテに駆け込む。小屋に打ち付ける風は強く、ものすごい音を立てている。小屋の中から外を見るとみるみるうちに山が白く染まっていた。槍ヶ岳山荘まで登りきるのは、到底不可能なので、今日はここまでとする。ブルジョワな2年会は、テントを張るのを諦め、小屋に泊まることにした。
冬山面子のPC村瀬は、テント泊を主張していたが、黙らせた。翌日どうするかは、翌朝の状態をみて、行けそうなら行って、無理そうなら昼過ぎまでは停滞して様子を見ることにした。同じように槍ヶ岳山荘まで行くのを諦めて、殺生で泊まることにした人で小屋はいっぱいだったが、やはり小屋はいい。浸水の心配もなく温かく就寝。
冬山面子のPC村瀬は、テント泊を主張していたが、黙らせた。翌日どうするかは、翌朝の状態をみて、行けそうなら行って、無理そうなら昼過ぎまでは停滞して様子を見ることにした。同じように槍ヶ岳山荘まで行くのを諦めて、殺生で泊まることにした人で小屋はいっぱいだったが、やはり小屋はいい。浸水の心配もなく温かく就寝。
10/13 晴れ
555殺生ヒュッテ625槍ヶ岳山荘630-700槍ヶ岳710-735槍ヶ岳山荘755-825大喰岳835-900中岳910-955檜尾尾根分岐1005-1015南岳1025-1035天狗原分岐1045-1150天狗池1220-1245天狗原分岐1310大曲分岐1340槍沢1400-1450横尾1500-1540徳沢1550-1625明神1635-1715上高地
朝。外を見てみると、雪がうっすら積もってはいるものも、昨日ほどの強い風ではなく、この先雪が降ることはないようなので、とりあえず槍ヶ岳に登頂することにした。早朝で、雪があり、風もあったので、槍ヶ岳の最後の登りは、G2を始め一同、凍えながら登る。鳩貝は、ひたすら「おおおおぉ」と言って凍えていた。LとPCは軍手も手袋もしてなかったので危うく手が麻痺するところであった。村瀬は、下山後も手が腫れ上がっていた。そして山頂。絶景。ワンゲル生活で一番の(L基準)絶景だったと思う。雪をかぶり、紅葉が鮮やかに咲いている山頂からの景色には、一同声も出ないほど感動した。
各自思い思いの写真を撮る。G茂木にサングラスを貸してかけさせてみるとその様は、まさしくチーマー。しかし寒い。混みだしてきたので10分ほどで下る。というか、風が出てきた。
ほぼ垂直のはしごなど、危険なところでチーマーやドビーの引きつった顔を写真に収めることもできた。下りたところで、方針会議。結果、風も強く、雪や凍った岩が数多くあったので、大キレットより先はまた来年来ることにして、南岳までの大キレット以北のみ縦走して、下山することに決まった。大喰岳、中岳と離れていくにつれて、どんどん綺麗になっていく槍ヶ岳を背に順調に進む。檜尾尾根の分岐からは空身で、南岳をピストン。大キレットは見えなかったがいずれ来るであろう、穂高の山々を見て引き返す。分岐から天狗池までは、50分で読んでいたが65分かかった。岩がところどころ凍っているのも理由の一つだが、とても急なので50分で下りることはまず無理である。天狗池には綺麗に逆さ槍が写っており、槍、逆さ槍、紅葉、雪というわざわざORにとってまで見てみたかった天狗池からの景色を見ることができた。池の脇にみんなを座らせて、一昨年配ったファイルのようなヤラセ写真を撮ってから先に進む。疲労は確かに溜まっていたが、ここから80分のロングピッチをきって槍沢まで行軍する。鳩貝および高辻の攻めのトップで時間を短縮。日没まで、200分。槍沢から上高地までの読みは270分。しかし、昨日登りのこの区間を180分で突破しているので、一気に上高地まで下山することに決まる。こうしてここから上高地までの15kmの死の行軍(Death March)が始まる。横尾まで昨日より10分早く到達。足が棒。構わず進む。流石にもうロングピッチはきれなかったが、全ての区間で昨日以上のタイムを出すことで、たるみの時間を創出することができた。来たときと違い(上高地にしては)あまり人がいなかった。そして上高地に日没時刻に到着。歩きながら考えていたが、横尾は車も入れるし、電波も余裕で通っているので末端にしてもよいのではないだろうか。下山連絡を入れ、一同松本に帰り、終電はもう終わっていたので松本でゆっくりして、翌日電車で帰京。
各自思い思いの写真を撮る。G茂木にサングラスを貸してかけさせてみるとその様は、まさしくチーマー。しかし寒い。混みだしてきたので10分ほどで下る。というか、風が出てきた。
ほぼ垂直のはしごなど、危険なところでチーマーやドビーの引きつった顔を写真に収めることもできた。下りたところで、方針会議。結果、風も強く、雪や凍った岩が数多くあったので、大キレットより先はまた来年来ることにして、南岳までの大キレット以北のみ縦走して、下山することに決まった。大喰岳、中岳と離れていくにつれて、どんどん綺麗になっていく槍ヶ岳を背に順調に進む。檜尾尾根の分岐からは空身で、南岳をピストン。大キレットは見えなかったがいずれ来るであろう、穂高の山々を見て引き返す。分岐から天狗池までは、50分で読んでいたが65分かかった。岩がところどころ凍っているのも理由の一つだが、とても急なので50分で下りることはまず無理である。天狗池には綺麗に逆さ槍が写っており、槍、逆さ槍、紅葉、雪というわざわざORにとってまで見てみたかった天狗池からの景色を見ることができた。池の脇にみんなを座らせて、一昨年配ったファイルのようなヤラセ写真を撮ってから先に進む。疲労は確かに溜まっていたが、ここから80分のロングピッチをきって槍沢まで行軍する。鳩貝および高辻の攻めのトップで時間を短縮。日没まで、200分。槍沢から上高地までの読みは270分。しかし、昨日登りのこの区間を180分で突破しているので、一気に上高地まで下山することに決まる。こうしてここから上高地までの15kmの死の行軍(Death March)が始まる。横尾まで昨日より10分早く到達。足が棒。構わず進む。流石にもうロングピッチはきれなかったが、全ての区間で昨日以上のタイムを出すことで、たるみの時間を創出することができた。来たときと違い(上高地にしては)あまり人がいなかった。そして上高地に日没時刻に到着。歩きながら考えていたが、横尾は車も入れるし、電波も余裕で通っているので末端にしてもよいのではないだろうか。下山連絡を入れ、一同松本に帰り、終電はもう終わっていたので松本でゆっくりして、翌日電車で帰京。
まとめ
中アでは暴風雨、前の北アでは台風、今回は吹雪(暴風雪)。どうやら私は風神に取り憑かれているようだ。いや、もしかしたら小屋将の呪いかもしれない。
今回の山行は、いろいろとあったが、Lとしての素直な感想を言わせてもらうと、今年、一番楽しかった山行だと思っている。こんなにも心身ともに、プラスにもマイナスの意味でも充実した山行は今年自分が行った企画にはなかったと思う。ほかのメンバーも全員が満足できた山行だった。
反省するところがあるとしたら、それはまたトレ山行になってしまったことだと思う。2日で水平移動距離50kmを超える、大峰クラスのハードトレ山行になってしまった。でもこれは全員がL権者だから敢行しただけで1年がいたらどこかでもう1泊しただろう。ただ途中で気づいたのが、この企画完遂した場合、東京に帰るのが夜中、または翌日になってしまうので、2泊3日の学期中にやるのは結構きつかったのかなと思う。
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