2007年8月15日水曜日

北アルプス

夏合宿道隊 山行No.32
北アルプス:新穂高温泉~裏銀座~後立山~親不知
文責唐木 メンバー5人

��行動計画 (1P=休憩を含めて1時間)
8/1(水) 池袋駅―(高速バス)―富山駅―(タクシー)―折立▲0
前半
8/2(木) ▲0~太郎小屋~薬師沢小屋▲1(7.7P )
8/3(金) ▲1~ギリシャ庭園~日本庭園~三俣蓮華岳キャンプ場▲2(7.2P+1.9P)
8/4(土) ▲2~鷲羽岳~真砂岳~烏帽子小屋(デポ1回収)▲3(8.8P+1.3P)
8/5(日) ▲3~烏帽子岳~船窪岳~船窪小屋▲4(7.9P+0.5P)
8/6(月) ▲4~蓮華岳~針の木小屋▲5(6.2P+1.9P)
8/7(火) ▲5~扇沢(デポ2回収)
後半    扇沢において合流
扇沢~種池山荘▲6(7.7P)
8/8(水) ▲6~鹿島槍ヶ岳~八峰キレット~キレット小屋▲7(7.6P+0.3P)
8/9(木) ▲7~五竜岳~唐松岳頂上山荘▲8(8.7P)
8/10(金) ▲8〜不帰嶮〜白馬三山~白馬頂上宿舎(デポ3回収)▲9(9.5P)
8/11(土) ▲9~雪倉岳~朝日小屋▲10(8.0P)
8/12(日) ▲10~黒岩~栂海山荘▲11(8.9P)
8/13(月) ▲11~白鳥山~親不知goal(8.1P)
8/14(火)  行動用予備日
8/15(水)  行動用予備日
8/16(木)  行動用予備日
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朝日小屋手前水場にて

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親不知にて





夏合宿道隊FB                                       作成2007.9.4
めんつ:3年L唐木 HEK2 2年WFI1 1年I2 T
8/1(水)
前日の予報では、台風5号は東海地方を通り北陸地方にまっすぐ進み、8/3頃北陸に上陸すると予想されていた。そのため、8/4に高瀬ダムブナ立て尾根からの入山を考えていた。しかし、台風の予想進路は西側九州地方にずれ、北陸地方に影響をもたらすのは8/4頃に変わったため、8/3、8/4の小屋停滞を視野に入れつつ、予定通り8/2に入山することにした。ただ、太郎小屋から薬師沢小屋までの渡渉とその先の渡渉で先に進めなくなる恐れがあったため、新穂高温泉からのER入山とし雲の平はカットした。新宿駅バスターミナルには多くの人が見送りに、そして差し入れを持ってきてくださった。(ありがとうございました。) T2さんが関西電力扇沢駅へデポ品を宅配する手続きを前日してくれると思っていた (T2さんは8/3あたりに宅配をしてくれるはずだったのだが、Lは勘違いしていた) が、どうやら手続きをしていなそうなことが集合場所でわかりLは不安になった。T2さんはゼミに行っていて連絡をしようがなかった。駒場が閉鎖され駒場にあるデポ品を回収できなくなるのではないかという恐れもあった。念のためFuに宅配の手続きを頼んだ。(困ったときのFu頼みーありがとう。)平湯温泉までのバスで不安はつきなかった。台風、デポ宅配、そして身体に対する不安。7月中、腰痛の予防、膝の痛み、原因不明の耳鳴りのために医者に何度も通った。不安はあるもののとりあえず、体のケアに関してできることはやったと思っていた。しかし、出発の前日の夜、左足すねから膝に今まで感じたことがない痛みがはしる。当日になっても痛みは消えず、出発当日医者に行って、筋肉を和らげる薬をもらっていた。膝の痛みの鎮痛薬もあわせて飲んでいたが、鎮痛薬が高山病を誘発する恐れがあるらしいとレポートにあった(薬剤師の方はそれらの薬は飲んでも高山病にはならないだろうと言っていた)ので、薬を飲んで良いかどうかも不安であった。(結局、薬を飲んでも大丈夫だった。)
平湯温泉でタクシーに乗り新穂高温泉まで行く。ゲート手前まで行ってもらいそこでテントをはる。
8/2(木)曇り(風強い) 6.6P
4:15発新穂高温泉ゲート〜5:10ワサビ平小屋5:25〜6:20タルミ6:35
〜7:30タルミ7:40〜8:40鏡平8:55〜9:20タルミ9:30〜弓折岳分岐〜10:25タルミ10:35〜11:10双六小屋
ヘッデン行動で林道を歩く。この日の道は去年も歩いた道である。林道を歩いている途中、Lは足が痛くストックでかばいながら歩く。去年は秩父沢にスノーブリッジの渡渉があったが、今年はなかった。たんたんと鏡平まで登って行く。鏡平の登りの最後の方でI2が少し果てる。鏡平でI2の荷物を少し抜く。弓折岳への登りでもI2がばてていて遅くなる。雷の予報がでていて、雷が気がかりだったので、たるんで再びI2の荷物を抜く。睡眠不足からの疲れだけでなく、シャリばてのようでもあったので行動食をしっかり食べさせる。稜線上にでると、南風が強い。弓折岳はカットする。双六小屋への稜線は細くはないので進む。双六小屋テンバでも風は強かった。Lがテンバ代を払いに行っている時に、I1が飛ばされた銀マを回収しに樅沢岳麓北側の方に走っていったらしい。無事銀マを回収して戻ってきたが、誰の銀マでもなかった。強風の中6天をたてることを企てる。Lはテントの中で重し役になり、外の4人はテントを固定しようともがく。30分間苦戦したあげくそれでもテントをたてることはできず、あきらめる。後日聞いた話によると、双六小屋テンバではテントをたてられず多くの人が帰ったらしい。さらには、テント禁止令のうわさまでとびかっていたらしい。小屋の前にあるベンチで差し入れのスイカ、マンゴープリンを食す。異様なくらい多い差し入れでザックが重かったと贅沢な文句が聞こえてくる。1年が夕食は作るのですかとおかしなことを聞いてくる。どうやら、前日集合場所でLは出発日の夕飯と、翌日の夕飯を買ってくるように言っていたらしい。サイトをすませた後、少し風が弱まったようなので、テントをたてる。今度はうまくいく。結局、雷は来なかったが、夜中もテントが壊れるのではないかと思うぐらい風が強かった。テントの北側の入り口の端に寝ていたLは常にテントにくるまれ圧迫されほとんど眠ることができなかった。隣に寝ていたI1もポールが何度も頭にあたってきて痛かったと言っていた。
8/3(金)曇り(風強い、雷は来なかった) 2.3P
11:20小屋発〜いもる〜11:30小屋発〜巻道経由〜11:55タルミ12:05〜12:55タルミ13:06〜13:13三俣蓮華分岐~引き返す〜13:15三俣蓮華分岐〜13:35三俣山荘
朝も風が強い。台風5号は昨夜19:00に宮崎、朝4:30に島根を通過していた。これ以上風が強くなるのかと思い、終日停滞とする。テントが壊れるのではないかと思い、4:45頃テントをたたみ小屋に行く。起きた時には小雨が降っていたが、この頃には止んでいた。しかし、風は強くあたり一面がガスに覆われていた。状況が状況だからということで、小屋の休息所を使ってもよいことになった。1年は誤って買ってきてしまった、昨夜食べなかった賞味期限がきれ無惨な形となっていた夕飯の処理に困っていた。Lは見て見ぬ振りをする。K2が「三俣まで行きたいね。」と、ささやく。Lは強風の中で歩くのは危険だと考えて誘惑に負けまいとしていた。体がときおり若干ふらつく程度の強風であったろうか。その時、Lの予定では、3日終日停滞、4日台風が去って晴れている時に気持ちよく双六、三俣蓮華、5日根性日として烏帽子小屋まで行くことになっていた。この日の天気予報は雨であった。これからさらに天候が悪くなるだろうと考えられた。しかし、予測に反して天気は回復してきた。風の強さは変わらなかったが、まず、視界が良くなり、鷲羽が見えてきて、曇り空に日差しがのぞくようになっていた。K2は天気が良くなる度に「外を見てごらんよ。良くなっているよ」と言う。小屋の中に残っている人もいたが、多くの人は出発したようだった。風が強い中行動するのは危険であり、天候が悪化しないとはいえない状況だから行動しないつもりであった。しかし、あの晴れ間には勝てなかった。すぐには天気が悪化することはないだろうとも考えられた。行動時間が短いこともあって、行動することにした。
最初、稜線コースに行こうとする。しかし、昨日弓折から双六にかけての稜線上で風が結構強くて怖かったとのI2の一言で、巻道コースを行くことになる。分岐までは風は強かったが、分岐より先では風は穏やかだった。稜線を行かなくて良かったと思われた。途中、Lは100%安全であると判断できない限り行動しないと決めていたのに、明確な根拠もなく行動することにしてしまった判断は正しかったのかと憂う。三俣蓮華の分岐に着き三俣蓮華に行くことにする。鷲羽にガスがかかってきていた。途中、双六稜線にガスがかかる。Lはあせる。ガスとともに雲がでてきたら危険だということを聞いていたので、もうすぐ山頂というところで撤退を呼びかける。しかし、分岐に戻る途中でガスは晴れていた。空電が聞こえることもなく、無事三俣山荘に着く。三俣山荘のテンバについた頃には風は穏やかであった。風が穏やかなのはテンバが回りを植生で覆われているためなのか、それともその時風が弱かったためなのかがよくわからなかった。テント泊にするか迷うが、台風が接近していることを考慮して小屋泊にする。事前に電話をした時には水晶小屋には泊まることはできないと言われていたが、どうやら泊めてもらえそうだということがわかり翌日の行程は水晶小屋まででいいとわかり安心する。この日の夕食はI1の創作料理のツナジャガであった。差し入れのウィンナーとジャガイモとツナがマッチしていて美味だった。K2は絶賛していたが、I1の創作料理ならではのきわものを期待していたLとしては少し残念な結果であった。電話があったので在京に電話をする。
8/4(土)曇り(午後一時雨および夕方雷 一日中ガスのため視界はなかった)  2.8P
7:40三俣山荘〜黒部源流標〜8:30タルミ8:40〜9:25岩苔乗越9:35〜10:20水晶小屋
三俣山荘に泊まったお陰でよく眠ることができた。台風は去ったが、台風一過の晴天とはならず、前日同様風が強く、視界がなかった。しばらく待ったが、天候が良くなることは無かった。鷲羽岳を経由せず、黒部源流経由で水晶小屋に向かうことにする。源流経由の道は風が穏やかであった。分岐の方に下っている時、一時視界が良くなったが、1回目に休んでいる時にガスがわいてきて雨がぱらつきだした。雨はすぐやんだが、視界は悪いままだった。雲ノ平分岐の先の沢沿いの道で雪渓の端を通るところがあった。岩苔乗越につく10分くらい前までは水が汲めそうであった。岩苔乗越に着くとやはり風が強く寒かった。水晶小屋に無事着く。自炊する人は一人500mlまでは無料で水がもらえるといことだったのでもらう。夕食はジフィーズですませる。I2は6食分でいいはずのジフィーズを10食分も持ってきていた。天図大会を行なう。天図が初めてのTはかなり苦戦していた。最初、布団は2人で一つであった。K2は知らないおじさんと床を一つにしたくない、寝袋が恋しいなどと言って、一人脇で、寝袋で寝ていた。宿泊者がそれほどいなかったため、布団は一人1つになった。小屋の親切な従業員は寝袋で寝ているK2のところにも布団を敷いてくれた。K2は観念して布団で寝ることにしたようだ。夕方、激しく雨が降り、雷がなっていた。I2は眠る時部屋の明かりがまぶしいのか腕で顔を覆って寝ている。
8/5(日)朝曇り後晴れ 6P
4:50〜5:10タルミ5:25〜6:00本ザック作り6:25〜6:50東沢乗越〜7:15 2833m7:25〜8:35野口五郎岳9:00〜9:05野口五郎小屋9:15〜三ツ岳鞍部(本峰巻道始点)10:20〜11:10烏帽子テンバ(サブ装作り)11:20〜11:45烏帽子岳分岐〜途中空電が入る〜11::55分岐12:00〜12:20烏帽子小屋デポ品回収〜12:30テンバ
朝も辺り一面ガスで覆われていた。明るくなるのを待ってサブ装で出発する。水晶岳は今合宿初のピークであったが、水晶岳頂上ではガスにまかれて回りは何も見えなかった。水晶岳北峰には三角点があったが、南峰はどこにあるかわからなかった。水晶小屋に戻り再出発する段階になって晴れてきた。東沢乗越にいく道は1箇所細いところがあったが、強い風が吹いてこなければ怖くない。(前日の朝、三俣山荘で水晶より先に進まないように言われていた)そこからの道は大石がごろごろとしていてハイマツとのコントラストが美しい。野口五郎岳では待ちに待った北アルプスの展望を拝むことができた。堂々とした水晶岳と赤牛岳が並ぶ稜線が印象的だった。野口五郎小屋に行く途中でライチョウに対面する。(合宿で3回(花見平も合わせると4回)ライチョウに対面した。) 野口五郎小屋で水 (1ℓあたり200円) を汲む。その間にI2は、野口五郎岳のバッチを買っていた。今朝も水晶小屋で水晶岳のバッジを買っていたが、彼は登ったメインピークのバッジを帽子に並べる趣向の持ち主である。今合宿で彼のバッジは10個増えた。2792分岐からお花畑コースを通ったが、展望コースを通った方が良かったかもしれない。ラジオで天気予報を聞くと、高気圧のふちにいて湿った空気が流れていて大気が不安定、午後から雨、所により雷、水曜から高気圧に覆われるということであった。三ツ岳本峰をまいて烏帽子小屋テンバに着く。サブ装で烏帽子岳に向かう。テンバから小屋までは3分くらいであった。烏帽子岳分岐で空身にして登り始めたが、登っている最中に空電が聞こえてきた。今にも雷がなりそうな空模様ではなかったが引き返す。登れなかった記念の集合写真をとってもらう。烏帽子小屋で預かってもらっていたデポ品を回収する。小屋の人は愛想が悪いと聞いていたが、いい感じの人だった。I1はデポ品に自分が入れた行動食が何であったか覚えていなくて楽しそうであった。デポ缶はK2とTがペンチで苦労しつつ解体していた。解体されたデポ缶は思っていたより重量感があった。テントをたててみるとポールが曲がっていたり、テントの下に穴があいていたり、紐が取れていたりしていたので、修復する。水は1ℓ200円で2ℓおまけしてもらえた。ヘリポートで携帯が通じるのでT2さんに電話をする。後半から合宿に参加するのをしぶっている感じであった。試験等で忙しく、トレーニングをつめず、体力に自信が無いらしい。K1さんにT2さんが来るように説得をお願いする。I1は頭痛がし微熱があり、I2は腰が痛いと言う。それぞれ、風邪薬を飲んだり、湿布を貼ったりして様子を見ることにする。I2はオカンすることにしたようだ。罰ゲームなのかと聞いて来る人がいたが、実際、彼は虫と夜明けの寒さに苦しんだようだった。結局雷は来なかった。
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野口五郎岳にて
8/6(月)晴れ(夕方一時小雨及び雷) 8.2P
5:15〜5:35烏帽子岳分岐〜5:50山頂6:20〜6:35分岐6:40〜7:30南沢岳7:45〜8:15南沢乗越〜8:35不動岳(2595.0)手前鞍部8:45〜9:20不動岳9:35〜10:30 2299手前鞍部10:45〜11:35第二ピーク11:45〜13:15船窪岳13:25〜14:15タルミ14:25〜14:26船窪岳テンバ
パッキングに時間がかかる。烏帽子小屋に行くと、4:00頃T2さんから電話があったと烏帽子小屋の人から不機嫌そうに告げられる。やはり参加したくなさそうであり、参加するのかどうかの結論を先延ばしされるのは気がかりだったので、参加するかどうかの意思表示を求めたところ、T2さんは不参加ということが決定した。
前日うつことができなかった烏帽子岳をうつ。途中鎖場が3カ所(トラばり1カ所)あった。烏帽子岳の最も高いところには危険なので立つことはできなかった。烏帽子岳を後にし、白い砂礫の道を進み南沢岳にあっさり到着する。南沢岳から船窪のテンバまでの道は不動岳手前の鞍部から不動岳への登り等をのぞいてほとんど樹林帯であった。南沢乗越手前の道で崩壊に向かっているところがあったが、崩壊地点を巻くルートがあったのでまく。不動岳はかなりの数のトンボがまっていて印象的なピークであった。不動岳直後のロープを下るところから船窪岳の登りの途中までおばさんが後ろからついてきた。福島の女子寮の寮母をやっていて女の子の世話に疲れたから山に来たらしい。南沢岳から不動岳にかけてもアップダウンがあっただが、不動岳以降はさらに地図上では見えないものも含めてアップダウンが激しかった。しかも、暑かった。樹林帯の中の方が、直射日光があたらなくて楽かと思いきや無風状態でムンムンしていてさらに暑く感じられた。船窪岳第二ピークの登りでおばさんがついてこなくなった。Lも途中ではてて遅れる。第二ピークでは「第二ピークというのは寂しいからフナクボマツサワ岳と言おう」という趣旨の看板があった。第二ピーク以降はロープ等で予定ピッチより時間がかかる。1年を空身にしなければならない所は無く、はさんで行く。第二ピーク(2459)先の鞍部で空電が聞こえる。最後のタルミで遠雷を聞き焦る。しかし、50mほど先にテンバがあり、安心する。LとI1は水を汲みに行く。水場はテンバから5分程の所にあった。水場はしっかりと固定されていない梯子を下りた、人がすれ違うのがやっとの所にあり、ザックを落とさないように注意が必要であった。テンバ代をK2に払いに行ってもらった所、小屋の主人にお茶をごちそうになったようだ。16:00頃雨が降り、比較的近くで雷がおちるが、しばらくして雨はやんだ。I2はバッジを買いに小屋に行ったが帰ってくるのが遅かった。誤って七倉岳に行ってしまったらしい。今合宿中最もつらい1日が終わった。餓鬼岳の手前に見える唐沢岳が気になった1日でもあった。
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烏帽子岳にて
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不動岳にて
8/7(火)曇り 5.6P
4:35〜4:55七倉岳5:05〜6:00七倉乗越6:10〜6:50北葛岳7:00〜8:00蓮華の大下りの鎖の上部8:10〜9:20蓮華岳9:30〜10:15針木小屋
パッキング等の準備がうまくいき、早く出発することができた。Tが水を2発持ちたいと言うので2発持ってもらう。今合宿常に彼はもっと荷物を持ちたそうであり、ボッカの担い手としての可能性を見せていた。七倉岳に直接行く道は無かった気がする。テンバのすぐ近くにある梯子を登ったあとに南側に進み小屋との分岐を左に折れると七倉岳に着いた。今朝の食事は卵雑炊であったが、ジフィーズのように物足りず1P目からおなかがすいた。七倉乗越に行く道は途中ヤセ尾根があり風が強いと危険そうであった。途中ロ−プがあり岩をへつる箇所があった。最後梯子を下りた所が七倉乗越。ここでたるんでいる時にI2が北側斜面にザックの中身を10m程落とす。拾いにいけた。蓮華の大下りの最初の鎖は長かった。鎖の最初の部分はなかなか怖かったが、後の部分は落石をおこさないように登って行くだけであった。鎖が終わった後ひたすら登り、最後礫の道をジグザグに登ったら蓮華に着いた。前日に比べ、風があり太陽が雲に覆われていて暑くなく歩きやすかった。蓮華岳登りの途中でK2が遠雷を聞いたというので、蓮華岳のロングタルミを控えて針木小屋に向かう。最初は平坦な道を行き小屋が下の方に見えたあたりから急坂をジグザクに下っていき小屋に着く。針の木岳をピストンする予定であったが、朝から微熱があったらしくI1の調子がよくないのでピストンはカットし、早めに休むことにした。針ノ木雪渓の方に15分くらい下った所で水を汲むこともできたが、1ℓ200円で水を買うことにした。ビーンカレーを食す。タンパク質源として肉の代わりに大豆を使っていたが、物足りないとの声が上がっていた。I2が昔虫を食べていたことがネタになっていた。雷は来なかった。
8/8(水)晴れ6.2P
4:45〜5:05水汲みタルミ5:15〜6:35大沢小屋6:55〜7:35扇沢駅9:55〜10:05作業道入り口〜10:40I1偵察10:55タルミ11:00〜11:05作業道入り口11:10柏原新道登山口〜11:50タルミ12:05〜12:25ケルン〜12:45タルミ13:00〜13:45タルミ13:55〜14:40種池小屋
雪渓前で水が流れていたので水を汲む。雪渓では1年生にストックを持たせる。紅ガラがついている所を歩く。スプーンカット状でえぐれている所は歩きやすかったが、そうではない所は滑りやすかった。落石の心配はなさそうだったので安心して歩けた。途中、左岸に取り付き雪渓歩きを終える。ここから大沢小屋まで思いのほかアップダウンがある道を歩き大沢小屋に着く。大沢小屋の無料休息所で休む。何度か道路を横切りながら歩き扇沢小屋に着く。T2さんが、扇沢駅に見送りに来てくれた。無事、デポ品が扇沢駅に届いていたので安心する。(Fuーありがとう)扇沢駅でT2さんが持ってきてくれたスイカ、チーズ、ゆで卵を食べる。T2さんにゴミや不要な荷物を持って帰ってもらう。100ℓのゼロポイントに入りきらず、ゴミ袋を3つ程抱えてT2さんは去っていく。在京に予定よりLの人数が少なくなった状態でキレット通過は問題ないかと聞かれた。1年が船窪や蓮華で鎖場等の経験をつめ、動きが安定したので予定通り通過すると答える。リフレッシュして後半戦に臨む。
登山口に向けて歩いている時に、種池小屋にいる人にシップを届けてくれるように頼まれる。柏原新道の登山口を間違えて、作業道に入って堰堤のある渡渉にたどり着く。I1を偵察に出して登山道を間違えていたことを確認して戻る。橋を渡り再度登山口から登り始める。柏新道は単調な登りであった。暑くて汗が滝のように流れた。Lは1回目のタルミの時に腹痛におそわれる。いきなりたくさん食べ過ぎたせいだろう。熱中症に注意しながら進み、種池小屋に着く。頼まれたものを届けたらポカリ4本とビール1本をもらった。水は1ℓ150円であった。夕方TとI2が仲良くお花畑でデートをしていた。

8/9(木)快晴 6.5P
4:45~5:15爺岳南峰5:25~6:20タルミ6:30~6:45冷池山荘6:55~7:45布引山7:55~8:35鹿島槍ヶ岳南峰8:55~9:20北峰分岐~9:25北峰9:35~9:40北峰分岐9:50~10:40キレット前10:50~11:40キレット小屋
彼にとっては量が多いのか、I2がカレーうどんもちを死にそうだと言いながら必死に食べている。今合宿中彼は、さほど量が多くない食事でも何度も死にそうだと言って飯を食べていた。ひんやりとした涼しさの中、爺ヶ岳に登っていく。爺ヶ岳、布引山共に登りやすかった。途中冷池山荘で、1ℓ150円で水を汲む。鹿島槍ヶ岳南峰にもあっさりつく。日本海へ至る稜線が見える。南峰から吊尾根の下りは落石をおこさないように下っていく。空身で北峰に登った後、キレットに備える。1年をはさんで行く。キレットまでは水平な道もあり、たるめる箇所も何箇所かある。途中、落ちても大丈夫であったろうが、Tが谷側にこけてひやりとする。Lが落とした石が5m程下にいたI1に当たってしまう。幸い怪我はなかった。キレット前でたるむ。キレットは岩場を鎖で1mぐらい下った後すぐ始まる。まず橋を渡り、スタンスが50cm程ある道をトラバースする。梯子を登る。梯子を登った先で人とすれ違った。再びスタンスが50cm程ある道をトラバースして梯子を登る。梯子の上には板が架けてあった。この後もトラバースしていく。草が生えていたが地面はないため誤って足を踏み下ろさないように注意したほうがよい場所もあった。その後岩をへつる。この先のトラバースはスタンスがあったが、ここでTが少し手間取っていた。梯子を下って急坂を下ればキレット小屋。キレットは天候が悪くなければ、怖さも感じないし、たいしたことはないだろう。キレット小屋ではただで水をもらえた。キレット小屋には漫画が置いてある。Lは、S絶賛のギャラリーフェイクの作者が書いたごめんあそばせにはまり、サイト中も気になってしょうがなかった。小屋には1、2巻しか置いていなかったので、後日Lは漫画喫茶に行ってみるが、その漫画が置いていなく残念な思いをする。漫画に熱中したせいか頭が痛くなった。
鹿島槍ガ岳.JPG
鹿島槍南峰にて
8/10(金)快晴 8.5P
4:45~5:35 2段の鎖を終えた岩場の下5:45~6:25口の沢のコル~6:45北尾根の頭6:55~7:40 G5前7:50~9:20五竜岳9:45~10:30五竜山荘10:45~11:30大黒岳先コル11:40~12:10 2511先鞍部タルミ12:20~13:20唐松岳頂上山荘
口の沢コルまで行くのに時間がかかる。G5、G4あたりは注意が必要。五竜岳に登り始める前にたるむべきであったが、人がいてたるむのを躊躇してしまった。五竜岳(G3)の登りには鎖が2箇所程あり30分程時間がかかった。五竜岳から大黒岳先のさき鞍部までのペースはやたら速かった。日差しが照り付けて暑い。この日K2は歩いている時にトイレに3回も行っていた。牛首の鎖場では2箇所程で人が通り過ぎるのを待ってかなり時間がかかった。牛首は高度感があり要注意であった。小屋から10分くらい下ったところに雪渓から水が流れていて、その近くにテントを張る。トイレが遠くて大変であった。Lはこの日は牛丼を夢見て歩いていたが唐松山荘には牛丼がなく残念であった。小屋の近くで携帯が通じたので在京に連絡を入れる。I2が水場に行くというので見ていると、祖母谷温泉の方に10分くらい歩いたところにあるらしいもうひとつの水場に行きそうな気配である。鎖のあたりで踊っているような感じでふらふらして歩いているので慌てて呼び止める。翌日は終日停滞にするというと皆からブーイング。ETWASの記録では終日停滞にすると皆が喜ぶとか書いてあったのに話が違う。皆元気そうである。ただ、Lはお疲れである。I2はトナカイを数えながら寝る。
8/11(土) 戦略的停滞 ドピーカン
終日停滞とする。Lはこの停滞を戦略的停滞と名づける。合宿も10日目で疲れていて集中力が切れている可能性がある中、八峰、五竜そして不帰と3日連続で難所を通過するのはよくないと考えての停滞であった。Lが疲れていたというのもある。他の人も自分では気づかないが、疲れていたかもしれない。7時起床であったが、おかんをしていたTは5時頃起きて小屋の裏の小高いところで時間をつぶしていたらしい。朝、ウノをする。途中K2が抜けて1人唐松岳へ。9時頃ウノをやめて4人で唐松岳へ。小屋でK2と合流し、K2は再び唐松に行くことになる。小屋の人に快晴なのだから天狗のほうに行けばいいのにと言われる。
唐松から帰ってきてから小屋でI2はラーメンを食べる。この日は、I2以外、夕食がジフィーズのためひもじがっていたが、I2だけはお腹いっぱいで死にそうだと言っていた。
8/12(日)快晴(風強い) 7.6P
4:10テンバ~4:20小屋4:35~4:50唐松岳5:05~5:40二峰北峰5:50~6:45 1・2峰間のコル6:55~8:10天狗の頭手前ピョコ8:20~9:00I2の打撲処置9:05~天狗山荘9:30~10:10鑓ヶ岳10:30~11:00杓子岳南側分岐11:10杓子岳ピョコ11:20~11:30南側分岐11:40~12:25白馬岳頂上宿舎テンバ
テンバが小屋から遠いので、2:45に起きて4:10分出発。10分歩いてようやくテンバを抜けて小屋につく。用を済ませ、あらためて唐松岳に出発する。唐松岳で日の出を見た後、不帰嶮に向かう。二峰北峰まではやせ尾根に気をつける程度。北峰から1・2峰間のコルまで鎖が何箇所かある。3点支持をしながら確実に進んでいく。やはり、悪天候だと一気に難しくなる(危険になるだろう)が、悪天候でなければたいしたことはない。天狗の大下りでも鎖が2箇所あった。天狗の頭を越えた時に見えた白馬鑓の美しさに圧倒される。天狗山荘に行く途中でI2が転び膝を打撲する。ねじったりはしてない様である。インドメタシンを塗って様子を見る。痛そうである。I2にストック2本持たせて進む。鑓ヶ岳の登りでは風が強く、半そで1枚のLは寒さに打ち震え遅れる。杓子岳の登りでは杓子岳頂上から北側に下りる道があるのに、南側にある分岐で空身にして登る。頂上で話したおばさんにりんご1つをもらう。サイト場に着いたら頂上宿舎に預かってもらっていたデポ缶を回収する。なぜか米が1食分多く入っている。そして、なぜかI2は下界装としてバスタオルをデポ缶に入れていた。K2とTはまた缶の解体を行う。缶きりで解体できることがわかりすばやく解体していた。その間残りの3人でサイトの用意をする。3日ぶりの肉はありがたい。頂上宿舎ではメンチカツが1つ100円とお買い得だったので5個買って差し入れる。Lはそれだけでは物足りず、テンバの方にまで出前に来ていた従業員からフライドチキン(150円)を買う。I2の膝の打撲を雪渓で得た氷で冷やす。
8/13(月)快晴 暑い6.2P
4:40~5:10白馬岳5:25~6:20 2504 6:30~7:05雪倉岳避難小屋7:20~7:45雪倉岳8:00~9:05ツバメ平9:25~10:00水平道分岐~10:10タルミ10:25~11:00水場11:20~11:35朝日小屋
頂上宿舎の前で体操をして出発する。1年がトップで行く。朝日で赤く染まった白馬鑓、杓子岳が美しい。白馬岳頂上でこれから行く稜線を眺める。雪倉岳はたいした山ではないように見える。砂礫の道を下っていく。今まで歩いてきた稜線とは違ったスケールの大きさを感じる。馬の背はたいしたことはなく幅広の道であった。2504先から避難小屋までのトラバースの道に雪渓があったが3m程横切るだけであった。この雪渓の下にもうひとつ雪渓があり水が汲めそうであった。遠くから見たらよくわからなかったが、雪倉岳は緑が美しい山であった。雪倉岳避難小屋は改装したらしく、ここを目当てに泊まりに来る人もいると聞いていたが、それほどのものではなかった。雪倉岳の登りではI2がトップでとばしていく。膝を打撲して痛がっているとは思えないほど元気である。
雪倉岳からツバメ平に600m程下っていく。上から見るとやはりこの辺も包み込むようなスケールの大きさを感じる。下っていく途中、ガレ場を西に曲がるあたりで東側に流れている沢から水が汲めそうであった。ツバメ平でフルーツ缶を食す。所々ツバメ平でも十分汲めそうなくらい水が流れていた。この先小屋までほとんど森林限界下であった。水平道分岐までの道の途中で2、3箇所ガレ場を通る。分岐から先水平道を通る。アップダウンが多く、また暑いため疲れる。小屋まであと10分位のところに水量が豊富な水場があった。各自涼を楽しんだ後、朝日小屋に向かう。広々としていて解放感のある気持ちが良いテンバである。水場もある。今山行6回目(?) の天図大会を行う。I2は着実に天図が上達していた。Tも地図を読むようになってきている。この日K2とI1はおかん。夕方頃になって突如出始めた蚊に苦しめられた模様。日本の西にある熱低の影響はいかに。電話があるので在京に電話する。
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8/14(火)快晴 6.8P
4:35~5:20朝日岳5:35~5:50吹上のコル~6:40アヤメ平6:55~7:55黒岩平8:10~8:40黒岩山8:55~9:50サワガニ山10:05~10:35北又の水場分岐11:05~11:50犬が岳12:00~12:10栂海山荘
朝日岳で朝日を見ようと言うのか多くの人が朝早く出発していく。ゆっくりとしたペースで朝日岳に登っていく。途中で樹林帯を抜ける。虫がまとまりついてくる。頂上でも虫がうようよしている。名前に似つかわしくない虫がうっとうしいピークである。吹上コルへの下りでも虫がうようよしていたが、栂海新道に入ると虫が少なくなり安心する。長栂山北東あたりの砂礫の平坦地は街を通してはっきりは見えなかったが海まで見渡せる。解放的である。アヤメ平までの道は石が滑りやすかった。アヤメ平への急な下りを終えて、タルムことにする。Lがアヤメ平にザックを誤って転がして踏み跡を作る。黒岩平までの道では溝状にえぐれていて、所によっては150cmくらいえぐられていたところもありその脇を歩いた。黒岩平では水が豊富に流れていた。黒岩岩、サワガニ山、犬が岳は360度の展望を楽しめた。黒岩山からサワガニ山までの道はアップダウンがあり、暑くて疲れた。サワガニ山の登り始めが急であった。サワガニ山でI1の靴底がはがれた。北俣の水場には標識があり、そこから水場まで西側に3分下った所にあった。(登り5分)ここから栂海山荘でサイトするための水を汲んでいく。栂海山荘には8/12に小野建が置いていったと思われる野菜があった。また、小屋のノートには昨年山岸が山荘に来た際に残した記述があった。小屋には人が多く結局へリポートの所にテントを張ることにする。キジバがすぐ近くにありほんのり匂いが漂ってくる。小屋からも海ははっきりとは見えなくて残念であった。この日歩いた栂海新道は樹林帯を越えたら草原が広がることが繰り返されてなかなか面白かった。道の笹はすべて刈り払われていて歩きやすかった。シキ割の水場を使えるという情報を得る。Tは寝る前に本を読んでいる。I2は顔をひじで覆いながら寝ている。Lは一人おかんする。虫はほとんどいなくて快適であった。夕方東の空が赤く染まっていると思ったら、日が暮れてから遠雷が聞こえてきた。どうやら雷雲だったらしい。
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栂海新道 長栂山あたり
8/15(水)快晴 7.8P
4:35~5:20黄蓮山5:30~5:50水場6:15~6:55下駒岳7:05~8:05白鳥山8:55~9:45シキ割の水場10:00~10:35坂田峠~10:55タルミ11:10~11:50林道出合~12:00二本松峠12:15~13:00タルミ13;35栂海新道登山口
ついに待ちに待った親不知。急な下りで始まる。まだ暗い。黄蓮の水場は東側少し下った所にあった。下駒岳の登りにはロープがあった。白鳥山の登りは半端ない斜度と言うことはなかったが、長く感じられる。Lはその日の疲れがその日の内に取れず毎日の疲れが蓄積していた。白鳥山の登りで果てる。白鳥小屋で無事天つきを終える。小屋の屋上からあたり一面を見渡せる。海がぼんやりと見える。小屋のトイレは傾いていて中に入るのも困難なトイレであった。今山行ワーストのトイレであった。シキ割の水場は細かったが汲めた。ひたすら下る。また、アップダウンもそれなりにある。思いのほか足にかなりくる。最後のタルミでいよいよ下界と言うのにI2は欝そうである。どうやら2日後家族で再び北アルプスに来ることになっているらしい。栂海新道登山口を越える。目の前の道路で車がスピードを出して行きかっている。道路の向こう側に親不知観光ホテルがある。海に続く階段を下りていく。I1とI2は空身だが、なぜか海抜0mに我がザックを持っていくためにLとK2とTは本ザックで行く。視界が開けて海が見える。今山行で最大の衝撃である。予想に反して穏やかな、青い海。白い礫で覆われた海岸。地平線がかなたまで見える。今山行の‘海へ’と言うキャッチフレーズは間違っていなかった。無駄に長いと言われただろう道のりもすべてはこのためであったと思えた。上級生はパンツ1丁で海に飛び込む。60代くらいであろうと思われるオジサン2人組みも後から来てパンツ1丁で飛び込んで来る。童心に帰る。1年は海には入らず海岸で手持ち無沙汰にそれを見ている。
観光ホテルに戻ると入浴は15:00までで5分遅れで入れなかったので、親不知駅の近くにあるマルタンボ(?) という名の温泉にタクシーで行く。入浴し終えた後、糸魚川駅でうちあげ。幻魚なるものを食す。I2は今まで見たことがないくらい真剣な面持ちで帰りの電車を探している。I2はムーンライト信州で帰る。Tは鈍行で帰るという。彼は帰り際、「あっけなかったですね」と一言上級生に言って去っていった。残されたわれわれは糸魚川駅で駅カンして翌日帰った。
まとめ
もう2度とこんな時間の使い方はできないであろう。アルプスは午後から気象が変わりやすいと言われ、特に雷に気をつけていたが、雷と追いかけっこすることなく天候に恵まれた山行でよかった。今日こそは雷が来ると思っても来ないことが多々あり、なかなか観天望は難しかった。1年生にあっけなかったですねと言われたが、それこそが合宿の成功を表す一言であったと思う。事前の準備に力を入れて合宿で1年生が、強いては上級生が楽に感じることができるようにすることが常に念頭にあったが、正直完遂できるとは思っていなかった。全員で終われればいいと思っていた。無理をせず、全員で山行を終えるためにデポを3つ置くことになったが、快くデポ山行に付き合っていただいた上級生には感謝しています。ありがとうございました。何回も審議を開いてくれた審議会、それに毎回参加していただいたK1さんありがとうございました。3つの合宿の緊急連絡先を引き受けていただいたT1さんありがとうございました。合宿、合宿のための山行等でも他にもいろいろな方にお世話になったと思います。本当にありがとうございました。
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