2010年1月8日金曜日

二年冬山 南アルプス 聖・上河内

2009年度山行No.33 2年冬山 聖岳・河内岳                 
企画者:大城
面子:4山岸 3伊佐、L大城、高橋、塚田 2HW鈴木、E長崎、F三谷
日程:2009/12/31-2010/1/2



12/30(水) 小雪(夜、便ヶ島)
高尾15:29―21:30飯田21:45―(taxi)―23:30便ヶ島▲
29日にタクシー(アップルキャブ)に問い合わせたところ、便ヶ島までなら問題なく入れるとの事だったのに、今朝電話したら「明日は天気が荒れそうで、降雪があった場合閉じ込められる可能性もあるので大野集落までしか入れない。でも今日中なら便ヶ島までは大丈夫と言われた。そこで高尾駅の集合時刻を予定より早くして、今日中にタクシーで便ヶ島まで入ってもらう事にした。そして高尾に到着して列車を待っていると、再びアップルさんから電話が。「何だか荒れてきたので今日入れない可能性もある。とにかく行ってみないと分からない」との事。東京は快晴なのに…。とにかく入れるところまで入ってもらう事にして、どうしても無理そうならそこから便ヶ島までは歩くことにする。
中央本線から飯田線に乗り換えるとなんと雨が!電車の中で着替えて雨中の林道歩きに備える。飯田駅で水汲みを済ませ、ジャンタクに乗り込む。意外と気温は高く(標高1000mで零度程度)、大野集落周辺に来ても積雪はほとんど無い。結局便ヶ島でも1~2cmほどしかなく何とかタクシーでも入ることが出来た。が、便ヶ島は遠かった(1時間45分)。そして夜間割増ということもありタクシー代が爆発している(35,000円とか初めて見た気がします)。それに加えて大野集落からは落石が多く便ヶ島まで道は悪くなる一方(気分が悪いと言う者多数)。第一の核心はアプローチです。
他にも沢山車が入っていて思いのほかの盛況ぶり聖光小屋には情報どおり管理人がいた(年始年末の山に人が入っている間は、不測の事態に備えて小屋に入っているとの事)。冬期はトイレ使用不可。水も小屋で買うことが出来るもののそれ以外は得られないので事前に汲んでおく必要がある。電話は衛星携帯があるが、公衆電話としての使用は原則禁止。テントは東屋に無料で張ることが出来る(夏期のテン場代は500円/人)。気温が高いため、この日は空中戦をしなくても熟睡できた。

12/31(木) 雪(稜線上吹雪)
6:45―7:40(うちゴンドラ15分)西沢渡7:508:45Co1434 8:55―9:45Co1730 9:55―10:40Co1980 10:50―11:40Co2220 11:50―12:40薊畑12:50―13:50聖平―14:00聖平小屋▲1
デポを作るのに良い場所が無いので、仕方なく東屋の椅子付きテーブルの下に纏めて置く。計画書を登山口にあるポストに投入し出発。小雪がちらついている。しばらくはなんということの無い遊歩道。西沢渡には荷物用ロープウェーがあり、これを利用して対岸に渡る。ロープを引くには結構力が必要だった。水は勢いよく流れており、容易に汲むことが出来る。ここから40mほど登ると造林小屋。この裏手から尾根に取り付くのだが、その取り付きが少々分かりにくい。小さな看板を見落とさないようにしなければならない。尾根は概ね急坂。1380m付近と1600m付近に特に急な部分を右から回りこむように道が付けられておりロープも設置されているが、通過するには全く問題ない。ご丁寧に転落防止用ネットも張ってある。2ピッチ目で三谷のペースが上がらないので水を一発抜く。木がゴーゴーと鳴っており風が強いことが分かる。稜線上はかなり荒れているのだろう。苔平付近でいったん尾根は平坦になる。この辺で積雪15cm程度。トレースもある。途中下りてくる人数人と会った。それにしてもこの尾根はこれでもかといわんばかりに赤布&赤テープ&看板が設置されていて、手持ちの赤布が全然消費されない。「よし、いい木があった」と思って赤布を結び付けてふと上を見ると、同じ木に赤テープが巻き付けてある始末Co2314の三角点を過ぎると流石に積雪が増え、50cm以上はある感じだ。トレースも不明瞭になりひざ程度のラッセル。稜線に出ると風と雪が強い。直前にたるんだのに稜線に出てから長崎が手袋を付け替えたり、三谷がゴーグルをザックから出したりしていた。こういうことは事前にやっておくように。聖平までの地形はやや複雑で、途中一度左の尾根に引き込まれそうになる。晴れていれば何てこと無いのだろうが、この部分でやや時間を費やして聖平着。ここから小屋までは一瞬。小屋は夏は営業小屋で、冬期はその一部が避難小屋として開放されている。新しくてなかなかきれいな小屋である。テン場が8区画ほど。2段になった上のスペースで2区画使って張る。小屋には他に2~3パーティ。気温は小屋の外の温度計で-14℃、中で-6℃。トイレは埋まって使えないので近くに作る。
今日大晦日の晩飯はキムチ鍋。これほど冬山に合うメニューはちょっと思いつかない。キムチ鍋の後は茶半代わりの年越し蕎麦を食す。ところで長崎が塚田に作らせたペミカンを塚田に歩荷させていたことが判明。しかも使わなかったので最終日の下りも歩荷していたらしい。いくらなんでも人が良すぎです。気になるのは明日の天気である。鈴木の天気図を見ると、低気圧が通過し「まさに冬型」という気圧配置になっている。事前に聞いていた天気予報では1/1も荒れる見込みだったため明日もこのような気圧配置が続くものと思い、一旦明日を停滞日とすると伝える。ところがその後天気予報を聞くと、明日の長野南部の天気は曇で降水確率は午前30%、午後20%以下、また冬型は徐々に緩むという。そこで、明日停滞日とするかは明日朝の天候を見て判断することにする。もし天候がそれほど悪くなければ天気は回復基調であるため聖を打てる可能性が高いと考えた。だがこれが大きな間違いであった。

1/1(金) 曇のち吹雪
16:35―7:20薊畑の少し上7:30―8:20Co2460 8:30―9:10(アイゼン装着)Co2600 9:30―9:35小聖岳―10:35Co2860 10:50―11:35小聖岳―11:50Co2500 12:10―12:45薊畑―13:00聖平―13:05聖平小屋▲2
 晴れたに登っているところで起床コール、夢から覚め2010年元旦の朝は高橋の差し入れのお屠蘇と雑煮で始まった。撤収前に三谷を偵察に出す。風、雪とも昨日より弱まり星がちらほら見えるとの事。今でその程度なら今日の昼頃には晴れるだろう。そう思って出発を決定する。明るくなってくると確かに晴れ間が覗いており、ピーク周辺のみ雲に覆われた聖や上河内が良く見えた。わりと穏やか初日の出は残念ながら拝めなかったが、地形的制約もあるのでしょうがない。はじめからラッセルでワカンを付けていく。薊畑より少し上で稜線を右から巻き気味に行こうとしたが、肩ラッセルとなり引き返す。一時トップのみ空身になり何とか稜線上に上がる。基本的に膝~腰ラッセル。2478ピョコを過ぎると二重稜線となり右側の稜線は岩っぽい。中央の窪地は吹き溜まっているので右の岩を乗り越す感じで通過。その先で一箇所左側がかなり切れていて怖かった。限界に出るまではずっとラッセル。限界に出るとラッセルはほとんどなくなるがその代わり風が強い。小聖手前でアイゼン装着。小聖を過ぎると稜線が細くなるがザイルが必要なほどではない。聖の登りにかかると視界が悪くなってくる。風も結構強い。Co2860付近のタルミで鈴木は下山すべきと言う。これ以上天候が悪化するとさすがに危ないので10:50まで待って回復の兆しが見えなければ下山することにする。そして10:50下山開始。復路は往路に比べてかなり風が強くなっておりほぼ恒常的に吹いている。西から吹き付ける猛烈な雪交じりの風のためゴーグルや眼鏡がすぐに曇る。一刻も早く下りたいが、時々立ち止まって耐風姿勢を取らなければならないほど風が強い。限界下に達しテルモスを飲んで一息。行きのトレースはほぼ完全に消えている。聖平まで何とか下るが朝とは様相が一変していた。
聖平小屋に帰りつきどんなに小屋がありがたいものかと分かった。ここで鈴木、長崎、塚田の顔が凍傷になっていることが判明(両頬+鼻)。テント内で火を付け湯を沸かし、タオルに浸して各々幹部を暖める。さらに三谷も顔にゴーグルの縁に沿うように軽い凍傷を負っていることが判明。少し落ち着いた所で伊佐のお得意の差し入れトム・ヤムを皆でいただく。が、今度はその伊佐が足の親指に凍傷を負っていることが分かった感覚が全く無いらしい。適宜懐炉なども使い保温する。サイトできる人でサイトを行い夕飯のすき焼きを食べた後L権者を集めて方針会議。不調者を全員デポしL権者をさらに1名付ければ聖を打てるだけの人数が残らないし、1日停滞したところで治るはずもない。そもそもこれだけ不調者が出ているのだから、聖を打とうなどと考えずすぐに下山したほうが良い。そう判断し、明日の天候に問題がなければ下山する方針にする。天図を見ると、東シナ海に弱い高気圧があって明日は天候が持ちそうだが、その後ろにはまた低気圧が控えておりいつまた崩れるか分からない。ラジオの天気予報でも明日は天気が良いとの事。ということで下山決定。ちなみに後日、塚田は足にも軽い凍傷を負っているとわかった。
今夜は2,3日かけて放出する予定だった差し入れを一気に大放出。なんともひどい元旦になってしまったけれど、少しは正月気分を味わってもらえたでしょうか。

1/2(土) 快晴
▲27:00―7:05聖平(携帯電波チェック)7:10―7:35薊畑(タクシーに電話)7:40―8:00Co2210 8:10―9:00Co1750 9:15―10:00Co1360 10:10―10:50(うちゴンドラ10分)西沢渡11:00―11:25便ヶ島
 56半にして、早く準備できた人小屋の掃除を済ます。伊佐がなかなか小屋から出てこず結局7時出発。それにしても清々しい朝だ。ほぼ快晴で聖は山頂付近に薄い雲が穏やかに流れているのみ。上河内は朝日に燃えている。絶好のアタック日和、ということで下山開始。聖平で携帯の電波チェック。docomoが入りそうだが電波は不安定。薊畑でもう一度試みたところ山岸さんの携帯の電波が入ったのでまたアップルさんに連絡し正午に便ヶ島に来てもらうことにする。下山する尾根上でも何箇所かで通じる模様。帰りはトレースもありサクサク下る。が、途中で伊佐のペースが一気に落ちる。どうやら凍傷になった足の部分に血がめぐりはじめ激痛が走っている模様。タルミにしてほぼ空身の状態にする。さらに山岸さんがストックを渡す。そうやって、なんとか頑張って下ってもらったところちょうどいいくらいの時間に西沢渡に着いた。「渡渉」し対岸でたるんでいると単独行の人が山から下りてきた。その人がゴンドラに乗ったので、何人かで力を合わせてロープを手繰ったところ、バランスを崩し頭から谷に転落…。奇跡的に無傷だったようで本当に良かったです。
後は遊歩道を歩き便ヶ島に戻る。来た時は雪の無かった東屋の中にもうっすらと雪が積もっており、ここでも降雪があったことが分かる。ひょっとしたらタクシーが入れないのではないかという不安もあったが、ちゃんと来てくれていた。この時期は車のトレースが沢山あり、少々積雪があっても入れるのでしょう。飯田まではやっぱり長い。温泉「天空の城」に入り、駅前で打ち上げをしようとしたが、この時期に空いている店など無い。結局ローソンで買出しし、電車内で反省会をやったあと適当に飲んだり食べたりしてそのまま東京に帰った。

・まとめ
5名凍傷という予期せぬ結果を招いてしまった。このような事態が生じた最大の要因は天気予報を過信し基本的に回復基調にあると考えて行動したこと、すなわち天候判断が甘かったことにあると考えられる。聖岳へ至る稜線は、好天であればそれほど危険な箇所では無いのだろうが、今回のような天候で通過するにはかなり危険であったと言わざるを得ない。復路でより天候が悪化する可能性を考慮し、小聖付近で引き返すべきであったのだろう。また、総合的なレベルに関して、何人かの他のL権者は引き返す手前の地点から既にオーバーレベルであると感じていたことが後になって判明した。自分は往路の時点でそこまでレベルが高いとは考えておらず(これは今回のルートが初トレースで無く、過去に2回出されおり何の問題も無く通過しているという事にも関係しているかもしれない)、そのような意識の差をどのように埋めていくかも今後の課題になるだろう。
ラッセル過去に経験した中で最も厳しく、経験値に関してはかなり向上したと思う。聖上河内とも大きく存在感のある素晴らしい山であった。いつか天候の良い時にまた登りたい。アプローチも非常に長く、冬期の南アルプス3000m峰に登る難しさを体感した山行であった。


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