2016年8月26日金曜日

個人山行 ムスターグアタ峰 

                              メンバー:坂田(OB2)

 TWV三年会の時、文登研春山登山研修に参加して以来、いつか高所登山を行いたいと思っていた。今年、ようやくその機会を得た。

C2直下からコングール峰(7719m)を望む



 ムスターグアタ峰は中国南西部、新疆ウイグル地区のパキスタン国境付近にある7546mの山である。セラック帯を除き緩やかな雪面の登降に終始し、技術的に難しい箇所は基本的に無い。登山はKashgar Mountaineering Adventuresというエージェントに手配してもらった。空港からBCまでの往復とBCでの食事やテントは用意してもらい、BCより上は私一人でという登山スタイルである。
 出発直前まで2~3週間富士山で働いていたため、高度順化はある程度できている状態で現地入りした。スバシ(3700m)—BC(4400m)—C1(5400m)—C2(6200m)—C3(6800m)—山頂(7546m)の順にキャンプを作り、少しずつ上部キャンプに荷揚げ往復しながら高度順化していく方法で山頂を目指した。しかし、今シーズンは異例の悪天候で毎日大量の降雪に見舞われ、私を含め、同時期に入山していたパーティーの誰も登頂できない結果となった。

8/2
成田〜北京

8/3
北京〜カシュガル
 カシュガル空港までエージェントに送迎してもらう。マーケットにあるスーパーで行動食や小物類を買い足す。日本の2/3程度の物価と感じる。食事類については充実している。ホテルにいた、同じエージェントでムスターグアタから下山してきたロシア隊と話した。悪天候のため登頂できなかったとのこと。

8/4 晴れ〜曇り
1000カシュガル出発~1600スバシ(3700m)到着
 同じエージェントで同日入山のドイツ隊13人とポーランド隊5人と一緒に移動する。BCまでの車とBCでの生活拠点はポーランド隊に混ぜてもらう形である。カラコルムハイウェイからすぐの地点からスバシ集落は始まるが、今回は一番下の集落で泊まる。コングールとムスターグアタ二つの7000m峰に囲まれた草原地帯で、非常に気持ちのよい場所だ。

8/5  晴れ〜曇りのち吹雪のち晴れ
630日の出-800朝食-900スバシ出発—1230BC(4400m)
 BCまでは車が入れるが、高度順化のため歩いていく。荷物は車でBCまで運んでもらえた。荒地をゆるやかに登ってゆく。マーモットがあちこちを走り回っている。下の方では、キルギス人の泥で作った家の集落が所々にある。今は遊牧の季節で人はほぼおらず、より標高の高い場所で、移動式住居で暮らしている。
 BCは朝食8時、昼食13時、夕食18:30又は19:30と食事時間がおよそ決まっており、食事が無くなるまでは食べ放題である。午前は晴れていたが、午後になるとBCは激しい雷雨と雹に襲われ、あっという間に雪景色となった。そして一時間後、また晴れ間がのぞくとすぐに気温が上昇し、雪は溶けてしまった。日本では滅多にない、天気の急変のしかたに驚く。飛行機で持ち運べないライターやガス缶をBCで購入した。また、上部キャンプで使う予定のテントを二つ借りた。このテントは非常に重く、荷揚げや荷下ろしは大変になったが、事前に用意することはできなかったので、仕方がなかった。同時期に山にいる登山隊は、ポーランド、ドイツ、スペイン、フランスの四隊であった。

8/6  雨のち曇りのち晴れのち吹雪のち晴れ
1020BC—1445C11645C1—1750BC
 体調は良好なため、休養をとらずに荷揚げする。20kg程度持つが、空気が薄く息苦しい。BCからC1まで尾根上の砂利のジグザグ道をひたすら登る。標高4700mくらいで高山植物が姿を消す。さらに登ると、C1はちょうど雪線のラインにあり、砂利の上にテント設営する。C1では短時間しかいないためか、高度の影響は呼吸が苦しい程度しか感じない。C1到着時は晴れていたが、テント設営中タジキスタン側の遠くの山地から急に雲が湧き、雷が鳴り始め、あっという間に吹雪に飲み込まれた。そして30分後、何事も無かったかのように晴れ渡った。晴れると、シャツ一枚でも暖かいくらいの陽気になるのだった。昨日も午後の同じような時刻に悪天が来たので、何か周期性があるのかと思ったが、これ以降必ずしも短期間で悪天が去るわけではないこと、特に時刻に決まりはないことがわかってきた(むしろ数時間に渡って大雪を降らせることが多かった)C1からはコングール峰やカラクリ湖が良く見える。ポーランド隊は荷揚げをせずにC1往復していた。ポーターに1kgC1まで運んでもらうと6USDかかる。昔よりも荷上げ賃が値上がりしている。今回はあらかじめ料金を知っていたので、全部自分で荷揚げした。

8/7  曇りのち晴れのち雪
1150BC—1615C1
 荷上げ二回目、20kg程度持つ。一回目より楽に登れる気がする。しかし、長い単調な登りで重荷を持つのは忍耐力との勝負である。C1ではスペイン隊がC2より降りてくるのに会う。一人が重い高山病のためBCに向けて急いで下山しているとのこと。ポーランド隊もC1泊。C2C3の分のテントの捨て綱作りをしてから就寝する。若干頭痛あり。高山病対策として毎日朝晩に4L以上水分補給するが、水を作るのにも時間がかかる。

8/8  雪のち曇り又は晴れのち雪
930C1—1520C2着、テント設営1645C2—1815C11850C1—1945BC
 ポーランド隊はBCに降りる。私は体調が良いため、引き続きC2に荷上げする。C1から雪面を直登すると5600mの所でセラック真下に平らな雪面の上部C1が現れる。スペイン隊が4張りテント張っている。雪面が硬く、アイピケを使う。冬の富士山と似ている。上部C1より先は、所々に小さいクレバスが点状に空いている。セラックを左から回り込みしばらく登ると1mくらいのクレバスをまたぐfixが張られている。スノーブリッジを歩いて渡る。複雑な形状の斜面を蛇行しながら進む。急登に2本目のfixが張ってある。雪が凍っているため、急斜面のトラバースは慎重に歩いてゆく。クレバス帯を終えると6000m付近から緩い雪原の尾根になる。この辺りから高度の影響が出始め、歩くのが非常に辛い。気温が上がり雪が緩んできたためにアイゼンに雪が付着する。C2直下でアイゼンと登攀具を置いて登る。頭痛と吐き気がする。C2はそこだけ斜面が平らなので下からはテントが見えない。到着すると、テントが数張りある。整地するにも息が切れ、体が思うように動かない。苦労しながらテント設営する。下り始めても、歩く振動が頭と胸に響き、やはり息が切れる。重い雪の下は凍っているため、クレバス帯はアイゼンをつけて歩くが、アイゼンに付着する雪を一歩か二歩ごとに落とさねばならない。頭痛などの体調はC1付近まで下りると楽になる。C1からBCは砂利道を駆け下りる。
氷河末端を見下ろす

8/9  曇りのち晴れのち曇り
BC休養、14301700、片道30分程のキルギス人村訪問
 ポーランド隊はC1に登ってゆく。私は昨日行動が長かったため休養とする。スペイン隊に誘われてBCの少し下にあるキルギス遊牧民の村に遊びに行く。氷河から流れる川を渡り村に入る。ユルタを訪れるとナンとヤクの乳のヨーグルトを出して歓迎してくれる。ムスターグアタの良く見える村で、一瞬山頂が雲から現れるのが見えた。
村から見るムスターグアタ


8/10   曇りのち雪
1340BC—1645C1
 雪の降る中登る。荷上げ三回目、アタック時の食糧の分まで全ての荷上げが終了した。今回は15kg程度持つが、体が高所に慣れてきたのか、気づかないうちに高速で歩けるようになっている。しかしC1到着後はしばらく息苦しい。

8/11曇り又は晴れ時々雪のち大雪
955C1—1505C2
 C2までの登りは、冬山装備とC3用テントを全部持っているわけで重い。しかし順化は進んでいるようで、前回のようにしんどい思いをせずに登ることができる。スペイン隊やポーランド隊、ドイツ隊のシェルパも皆ゆっくりと登ってくる。C2では耳に違和感がある以外特に体調に問題は無い。非常に食欲がある。夜は大雪が降り、テントが埋まる。


8/12曇り時々晴れのち大雪
1100C2—1615C3C3設営1740C3—1840C2
 朝起きてみるととても頭が痛い。テントの外に出ると頭が楽になる。テントが雪で埋まっていて酸欠になっていたのだった。C2より上はスノーシューでのラッセルが続くが、フランススキー隊が6700mまでスキートレースをつけているため、くるぶし〜ふくらはぎ程度のラッセルで済んでいる。ひたすら広い雪原状斜面を登る。スキーには非常に気持ち良さそうな斜面が続く。(C2よりも上部では緩斜面が続くが、C1~C2間はスキーで歩くのは厄介だと感じた。)しかし今日は暖かく雪が重い。C2まではシーズン前半に登った人が大量に旗を打ってくれていたが、C2から先は間隔がまばらなので、自分の竹竿を打ちながら歩く。フランス隊はやや斜度がある6700mにテントを張っているが、私は6800mの斜面が緩くなる箇所をC3とする。下り中、急に天気が悪化。吹雪の中をC2に帰る。夜は水作りから始めて食事と茶飲み終わるのが24時過ぎ。スペイン隊は今日少しだけ登り降りして、明日C3泊、明後日アタックの予定だと言っている。

8/13深夜大雪、のち晴れ又は快晴
1030C2—1230C11410C1—1540BC
 夕方から早朝にかけて大雪が降る。雪に埋まらないようこまめにテントの除雪をするが、朝起きてみると重い頭痛がする。外に出ると楽になる。寒いが入り口を開けながら朝食作りをする。体調は良く感じるのだが、体が重く行動がのろい。出発までに時間がかかる。昨晩も大雪が降ったため、スペイン隊はラッセルを嫌い、BCに降りるという。自分は一足先にC2出発し、BCに降りてゆく。ムスターグアタに来てから珍しく雲が少なく天気が良く、非常に気持ちが良い。青空と白い雪と茶色い大地が美しい。写真を撮りながら降りる。この日が登山期間中、唯一の快晴の日であった。
 下山中フランススキー隊6人と、ドイツ隊7+シェルパ1人がC2に登って行くのとすれ違う。C1でポーランド隊と会う。ポーランド隊はスペイン隊と合わせてアタック予定だったようだが、スペイン隊がBC下山と知り、一隊のみで先に進むのはラッセルで消耗するため好ましくないということで、その場で下山を決めた。なぜか外国隊は皆ラッセルを嫌う。私は再度シュラフや炊事用具をC1からC2に運ぶ手間を省略したいと思い、アタックの時はBCからC2まで直行することに決めた。C1では今後泊まる予定は無いので、いらない物はBCに下ろし、アイゼン等冬装備のみ置いておく。ここ数日の大雪に加え、三日後が天気悪いらしく、フランススキー隊以外は18日以降にアタックを狙っているようだ。BCでは晴れて暖かいため、服をテントに掛けて干す。私は計画していたよりも早くC3までの荷揚げと順化を終えることができ、後はアタックするだけである。





8/14曇り時々晴れのち雹のち曇り
BC休養
 ドイツ隊7人が本国から仕入れた天気予報を聞き、アタックと悪天が被るのを避けるためにC2から降りてくる。フランススキー隊以外の全員がBCに揃うこととなった。入山して初めて体を洗う。熱湯は貰えるので、水と混ぜてバケツで浴びることができる。疲労が溜まっているようで、テントの中でつい寝てしまう。周りをトレッキングする気力がなく、休んで1日が過ぎた。

8/15雪時々曇りのち曇り
BC休養
 朝起きると雪が降っており、BC10cmの積雪に覆われていた。ドイツ隊とスペイン隊は今日C1に向け出発予定だったが、見合わせた。スペイン隊は下山予定日が迫っていたため、登頂を諦め、明日からC2撤収して下山するとのこと。C2直行の自分は明日もBC休養となる。近場へトレッキングに行きたいが、悪天候のためテント内で寝て過ごす。フランススキー隊は悪天の中C3泊なので皆動向が気になっている。18日が下山期限らしいがどうなるのか。7月は天気が良かったらしく、今年の8月は例年よりかなり悪天続きのようだ。

8/16雪または曇り
BC停滞、16:0018:15 BC北氷河トレッキング
 スペイン隊ポーターが朝早くにBCを出てC2のテントを撤収してくる予定だったが、C1より上は大雪で行くことができず戻ってくるとのこと。スペイン隊は今日C1往復して荷物を撤収した。フランススキー隊は登頂を諦めたらしい。ドイツ隊とポーランド隊が昼食後C1に向け出発した。日中雪が降ったり止んだりしている。夕方晴れてきたのでBC北の氷河トレッキングに出かけた。登頂ルートは穏やかな雪面だが、氷河の流れる谷は数100mもの断崖となっている。氷河上は複雑な形状で興味深い。夜は豪華な食事で、フルーツ盛り合わせが美味しい。スペイン隊はBC最終夜なので宴会で盛り上がっている。下界で手に入るインターネットの天気予報では明日から山頂付近では数日間晴れ〜雪で強風ということになっている。しかしこれまでの所、この天気予報はあまり当てになっていない。登頂の確率を高めたいのならば、ヤマテンの猪熊さんに予報を聞くのがよいだろうと思った。


8/17曇りのち吹雪のち曇り
6:50BC—9:50C111:30C1—18:30C2
 ドイツ隊とポーランド隊3人は既にC1におり、C2直行組のポーランド隊の一人とドイツ隊シェルパ2人と4人で朝早く出発して合流する。しかしBC出発時曇っていた天気は徐々に悪化した。C1出発時間はドイツ隊が先でばらばらと出始め、ドイツ隊シェルパの直後に続いて自分は出発したが、一時間ほどで激しい吹雪となり撤退の無線連絡が入った。しかしここで撤退すると、C1に寝袋が無い自分はBCまで降りなければならない。明日以降の天気予報も悪いため、登頂の可能性が無くなるばかりかC3に張ってあるテントの回収ができなくなる。そのため、頑張ってC2まで行くことにした。セラック帯は5回目の通過なので、視界が無くとも地形や危険箇所は覚えていた。一人で延々と膝ラッセルを続けていたため時間がかかり、7時間かけてC2到着となった。C2到着する頃に吹雪は弱まってきた。

8/18雪のち地吹雪
1140C2—1715C3
 今日も相変わらずの悪天候である。しかしC3まではほぼ危険な箇所も無く、3回目の通過なので頑張ってラッセルしていく。幸い半分くらいは強風で雪面が硬くしまり、足首程度までしかもぐらなかったため、昨日予想したよりもスムーズにC3到着となる。強風と地吹雪で、着込んでいても寒く感じる。下山したはずのフランススキー隊のテントが6700mに一張り残っていたので見に行ったら、捨てられたものだった。登山隊はたびたびテントを残置したまま下山することがあるらしい。自分のC3テントはすっかり雪に埋もれていて、掘り出すのに苦労する。

8/19地吹雪時々雪
C3停滞
 アタック予定だが、朝5:30起床し天気をみると地吹雪でアタックは不可能と判断。1~2時間おきに外に出て天気チェックしても、相変わらず強風と地吹雪で、視界は50100m程度。天気チェック以外は寝ていたが、停滞とする。地吹雪のため短時間で雪が吹き溜まり、こまめに雪かきのため外に出なければならない。午後も相変わらず強風であった。


8/20風雪時々曇り
940C3—1120C21500C2—1850C11940C1—2100BC
 朝430に起床するが風雪強く再度寝る。600に起床すると多少風が弱まっているようだ、出発準備を進める。体調は、体が重いものの、食欲はあり、頭痛や吐き気は無い。手の指がむくみ過ぎたためか、5本くらい指先の皮膚が裂けて出血している。8時には、視界50100mで風は非常に強くはないもののある程度は吹いている。山頂付近は暴風の中だと思われる。そして頂上付近まで行けても悪天候の中を無事に下山できる自信が無い。今私以外にこの山に誰もいないために、孤独感や恐怖感からか、弱気になっている、そんな自分に嫌気がさした。早く下りて楽をしたいという思いと、時間とお金をかけて来たのだから登頂しないのは負けだという思いが交錯する。しかし下山のリミットは翌日である。これ以上進まずに撤収しようと判断。自分はよくやった、8月のムスターグアタ登山隊の中で一番高い地点まで到達したじゃないか、と言い聞かせた。テントを撤収し下山準備をする。テントが雪に埋まっているのと風が強くテント撤収に手間取る。歩き始めると2晩のC3泊で消耗しているのか体が重く感じる。途中ガスが取れ下界のカラクリ湖が見える。タジキスタンの山々はすっかり雪を被っている。国境を越えて広がる山々の展望は、ムスターグアタ最後のご褒美である。
 C2に着きテント撤収するが、ここも二晩ですっかり雪に埋まっている。外国隊のテントは、私がC3にいる間に撤収をすませてある。下の方の雪はすっかり凍っていて、捨て綱を掘り出すのに非常に時間がかかった。C2→C1は荷物が多すぎて80Lザックにも入りきらないため、テントとゴミはずた袋に入れ、雪上を引きずって歩く。しかし荷物は重く消耗が激しく、クレバス帯に入ってから数歩歩きしばらく止まる有様である。天気は再び悪化している。風は弱いが視界は50mも無い。とにかく無事に帰りたい一心で、必死に下りる。C1にたどり着くと、ここも完全に雪に埋もれている。電話でBCにこれから帰る旨伝える。翌日ドイツ隊がBCからカシュガルに帰るらしいので、自分も明日帰ることに決める。C1は撤収せず、後からポーターに回収してもらうことにする。C2のテントはC1に置き、他の荷物を全てザックになんとか詰め込み、下山する。BCに着く頃には真っ暗になっていた。


8/21曇りのち晴れ
950BC—1155スバシ着1205スバシ発~1710カシュガル着
 ドイツ隊とともにスバシまで歩いて戻る。ムスターグアタの今年のシーズンはこれで終了し、エージェントもBCを完全に撤収する。今日も山の上は雲がかかっている。予報では三日後から好天に向かうそうだ。スバシからカラコルムハイウェイを下り、雪山が見えなくなる頃には、雲ひとつない快晴となった。
 カシュガルでは一足先に下山していたポーランド隊とともに打ち上げする。エージェントに招待されて北京ダックの高級料理店で舌鼓を打つ。深夜まで何軒か飲み歩く。飲み屋は大抵、漢民族のお店である。カシュガルはムスリムのウイグル人が多く住み、彼らは基本的に酒を飲まないが、わずかにクラブが存在し、男同士または女同士で踊っている。「交際相手がいるのに異性と踊ることは倫理に反する、交際相手がいなくとも恥ずかしくて男女で踊ることはできない」そうだ。

8/22晴れ
カシュガル観光
 1日のカシュガル観光ツアーに参加。これもエージェントがサービスで用意してくれる。旧市街やマーケット、モスクなどを見て歩く。

8/23晴れ
カシュガル観光

8/24
カシュガル〜ウルムチ〜北京

8/25
北京〜成田


まとめ

 時間的金銭的な制約のため、他国公募隊と同一期間での登山となった。登頂率を上げるためには、長い日程を確保することが重要だろう。残念ながら最高到達高度は6800mと微妙な結果に終わってしまったが、高所登山がどのようなものか、ある程度体で理解できたのは収穫であった。なおムスターグアタはスキーの山というイメージが強いが、スキー使用の場合、C2までが大変。私はスノーシューをC2以上では常に使用し、C1~C2では時と場合によってアイゼンと使い分けた。雪が深く、わかんではラッセルが厳しいと感じた。

0 件のコメント:

コメントを投稿