2014年1月24日金曜日

一年冬山 タカマタギ

一年冬山 タカマタギ  企画者 水野


面子
OB:CL 鈴木(克) 3年:坂田、松岸、sL 水野 2年:大橋、EH 高辻、sEH 立峻、sF 廣長 1年:W 中村、F 藤原

 「雪山放浪記」(星野秀樹)に影響されて企画した、ラッセル・雪洞お楽しみ企画。普段の冬山山行ではできない鍋も目的の1つ。
 ネットで記録を読むと、ラッセルは相当キツいらしい。審議資料でも「皆で雪まみれになろう!」などと煽っていたが…。






棒立山にて



1/24(金)晴れ
東京 = 土樽駅

 アプローチは坂田家の車とレンタカー。坂田車組の4人は予定通り集合でき土樽駅に22時半ごろ着いたが、EFチェックのためレンタカー組に電話すると、廣長と立峻が京王線の人身事故の影響でなかなか本郷に辿りつけず未だ出発できていない。立峻は携帯が無いのでこういう時連絡がとれず困る。結局レンタカー組が着いたのは1時半ごろだった。
 毛渡橋近くに車が停めれそうだったので朝そこまで車で行くことに。レンタカー組にできるだけ睡眠をとらせたいので6時半に駅出発とする。天気は土曜は曇り、日曜は日本海低気圧が通過し大荒れになりそう。先週の上州武尊で何人か顔に凍傷ができたのは知っていたが、高辻に手の指も凍傷になっていたと言われ驚いた。医者に冬山に行っても問題ないと言われたそうだが、まだ完治してないみたいだし無理はしないようにしよう。
 土樽駅はトイレ(ぼっとん)からのアンモニア臭がキツかった。


1/25(土)くもり
土樽駅 = 毛渡橋 7:30 - 8:07 たるみ 8:20 - 8:30 取付き - 9:10 741m 9:25 - 10:30 970mくらい 10:40 - 11:05 p1040 - 11:18 コル 11:30 - 12:20 ▲(1230mくらい)12:40 - 13:20 棒立山 14:05 - 14:20 ▲

 車で橋まで行き、橋を渡ったところで体操・ビーコンチェック・わかん装着。7時過ぎぐらいには歩き始められるかなと思っていたが、車を停めるのに手間取ったり立峻のわかんが調整されてなかったりして結局7:30スタートになってしまった。しかも立峻はわかん装着のため素手になっていた。ひどい。
 トレースに沿って歩き始める。高速や線路の下を通って進んでいく。平標への標識は埋まっていたのか見当たらない。右に曲がって林道を辿るべきところで、トップは何も言わず目の前の尾根に向かうトレースを辿り登り始めてしまった。隊を止めて林道に戻すか考えるが、平坦な道のラッセルよりトレースありの登りの方が楽じゃないかという意見があり、目の前の尾根(662.2のピョコがある尾根)に乗るまでトレースを辿り、下りながら取り付き点直前で林道に合流することにした。トレースはこの尾根をそのまま登っているようだった。
 林道に向かう途中で立峻のわかんがはずれる。直すのに時間がかかるというのでたるみ。なんと大橋も外れていた。二年会の皆さんしっかりしてください。
 取付き点には赤テープがあるという話だったが、赤テープのある場所まで行くのも面倒だったので適当に取付き。さあいよいよラッセルトレの始まりだ!と思ったら、今週の「3月のような陽気」のせいでかなり雪が締まっていてせいぜい膝程度のラッセルだった。今日も残雪期のような暖かさである。がっくり…。かなり大変だったらしい上州武尊とは比べるまでもなく、初冬企画の爺ヶ岳よりも楽なラッセルだったんじゃないだろうか。予備審議資料には腰や胸ラッセルと書いていたので詐欺だ詐欺だと非難轟々。
 741mをすぎて少しいったところでたるみ。一年会に現在地を聞いてみると900mやら850mなどと言う。楽観的すぎ。とはいえ、この感じなら今日中にタカマタギを打てるかもしれない。14時には行動をやめて雪洞を掘り始めるという方針だったが、15時に変更して、棒立山通過目安を13時とした。
 ラッセルはsL以外の9人で3分交代で回していき、sLは赤布打ちに専念した。とても手が届かないような位置に赤布がたくさん打ってあり、ピークの時期よりだいぶ積雪が少ないことが分かる。
 p1040に乗るところでは大橋・松岸・坂田の3人がそれぞれ雪庇に挑んだ。一番早かった大橋はかなり北側から巻き、ほとんど雪庇がないようなところを行ったらしい。松岸は少し北側から行った。坂田は正面の2mぐらいの壁に向かってもがいていた。この雪庇超えも楽しみの1つだったので好きにいかせたが、後から思えば時間を節約すべきだった。
壁と格闘する坂田
 坂田が上がってくるのを待ち歩き始めると、坂田が脚を攣ったのでコルでたるみにする。次のたるみ(1230mくらい)をサイト地としてサブ装をつくる。ゾンデで積雪量を確かめると3m以上あった。
 sL仕事しろと言われたので出発直後の5分だけ自分がトップに出た。しばらくいくと急登になる。当初「早く鍋食いてー」などとモチベーションの低さを垂れ流していた坂田が急にやる気満々となり、最後20分近くトップをはり棒立山に到着。
 ここまでの感じからタカマタギに行くと15時までの帰幕は無理そうだったのでここでモスる。上越の山々の展望が素晴らしい。
棒立山から下山
 「下りは尻セードでがんがんとばす」(予備審資料より)はずだったが、棒立山直下の急斜面しか滑れなかった。また非難轟々。サイト地につき、雪洞を掘り始める。2m*2.5mを2つ、という方針。坂田は豪華な雪洞型トイレを作ると言い出し、1人で掘っていた。sLは雪崩講習(ほぼ一年前だが…)で習ったピットチェックを教えるためにピットをつくった。
 雪洞をしばらく掘るとブッシュが出現。2*2.5は厳しいので坂田が掘っていたトイレも雪洞として使うことになる。2時間半近くかけて雪洞が完成。ピットチェックを適当に実演して、17:30にようやくサイト開始。
 サイトは2つの雪洞でやる。冬山では普段しない野菜を切ったりといった作業が面倒だったが鍋はうまかった。何故か今回ビールの差し入れが大量にあった。水計算をすると、明日下山のみであれば水作りが要らないことが判明。明日は確実に天気が悪いこと、今日棒立山で展望を満喫したこと、そもそも今山行はピークへのモチベーションが高くなかったことなどから、水作り無しで明日は下山とした。5半7として22時すぎに就寝。
 雪洞について述べると、左端の元トイレは入り口がかなり広かったのでスピーディに大きい空間を作れていた。まんなかのでかい雪洞は入り口の通路が短すぎて入り口の埋め立てに失敗し、風通しバツグンだった。右端の雪洞はそつなく掘れて快適そうだった。3つの雪洞はコッヘルが通る程度の穴をあけてものの受け渡しができるようにした。雪洞間で連絡を取るときは穴に顔を近づけて叫ばなければならなかった。
 雪洞を掘るときの面子の割り振りを考えなかったこと、その上「自分が掘った雪洞がいい」ということでサイトもそのままの面子でやってしまい、上級生下級生のバランスが滅茶苦茶だったのは反省。


1/26(日)雪
▲ 7:40 - 8:30 760mくらい 8:45 - 9:05 取付き 9:15 - (9:45)毛渡橋

 起床係の藤原が寝坊。5:35に自分が起床コールをした。隣の雪洞にも穴から声をかけたが聞こえておらず、10分近く寝坊していた。雪洞を潰すのに意外と時間がかかり、出発が遅れた。天気は雪がそこそこ降っていて視界200mくらい?
 ここからの下りも尻セードは全然できなかった。皆さんすみません。のんびり下ってるうちに、一年冬山なんだから、錬成のために水作りもさせて棒立山までしか行けないにしてもアタックすべきだったかなと思い始めた。
 取付きから昨日のトレースをたどるか林道をラッセルするか二年会に選ばせ、林道を行くことにした。(毛渡橋についた時間をメモし忘れてました。すみません。)
 駒子の湯に入り、藪トレの時期に2回行ったことのある石打ドライブインという焼肉屋で打ち上げ。東京への帰り、太平洋側は非常に天気が良く山がよく見えた。


まとめ
ラッセル余裕、尻セードできないなど行程は物足りなかった。
土曜日は展望が素晴らしく、上越の裏山といった雰囲気を満喫できた。
ワンゲルではビバーク向けの1人サイズの雪洞泊の経験しかなかったので、大きい雪洞を掘り、そこでサイトをして寝る、というのはいい経験になったと思う。

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