2011年12月18日日曜日

畦ヶ丸

面子:L長崎 H広瀬 EFW松崎 末松


12月17日(金)
今回は土曜出発。集合は新松田7;00とした。夜の12時ごろ末松さんから、体調を崩してしまって山に行けないかもしれないというメールが届く。朝の様子を見て判断したいということなので、集合時間をぎりぎり(新松田9:00)まで遅らせることにした。


18日(土)快晴
新松田8:25=(bus)=9:20大滝橋9:50-10:50タルミ11:00-11:10一軒屋避難小屋-(タルミ)-13:00畦ヶ丸避難小屋(畦ヶ丸空身ピストン10分)▲1
昨晩の時点では多分無理だろうと思っていたが、4時ごろに体調が回復したとのメールが来た。しかしその時僕は爆睡していて気付かなかった。睡眠時間が4時間を切ると目覚ましにも気付かない体質らしい。結局、起きたのは5時ごろ。Lの寝坊のために集合時間を8:00に変更することになってしまい、久々の山行でいい感じのスタートを切れたと思った。8時前に新松田到着。松崎が遅刻したが、ごたごたしていたので仕方ない。末松さんは普通に元気そうだった。25分のバスに乗り、1時間ほどで大滝橋に着く。水汲みをして出発。養成で大滝沢に来た時歩いた道を行く。広瀬さんいわく「沢の下山で仕事道を歩いてる気分」。沢沿いの道なので初夏なんかは気持ちいいだろうが、冬は少しさびしい感じがした。高橋さんに借りたカメラで写真をとってみたが、枯葉ばかりだといまいち映えない。天気は快晴で、思っていたよりずっと温かかった。広瀬さんの将来や末松さんがアメリカにいたときの話などをしながら登る。タルミ2回で畦ヶ丸避難小屋に付いた。ペースは遅くなかったが、最後のピッチでは末松さんの足取りが重く、少しつらそうだった。少し休んだ後、空身で畦ヶ丸をピストンする。展望も無く、長居するほどのピークでもなかったので、すぐ小屋に戻った。サイトの時間までKAGEROUと海老蔵の話をする。このふたつは本山行で最も使用回数が多かった単語だろう。広瀬さんは「もじもじ君の美学」について熱弁をふるっていた。もじもじ君とは、ポエムの制作過程を見せるようなものであるらしい。イミフ。15時からハヤシライスを作る。広瀬さんが働いていた(←特筆事項)。食後また雑談していて松気象通報のことを忘れるところだった。松崎が天気図を書き終わると、宴会を始める。梅酒、ウォッカ、ウィスキー、ぜんざい、メンマ、チーズ、サンマ缶など、差し入れが充実していた。末松さんはお酒は嫌いではないそうだが、あまり好きでもないようだ。小屋に備え付けのストーブに興味を示し、松崎と一緒になんとか火をつけようとしていたが、なかなか難しい。太い薪で火床を作るようにするとうまくいった。これであったかくなると思っていたら、小屋の中が猛烈に煙くなってしまい、窓を全開にしてみんな屋外へ避難することになってしまった。外は月が明るい。松崎は月と気違いの関係についてドヤ顔で考察し、末松さんは星を見ていた。小屋に戻ったころには室内はすっかり冷え切っていた。松崎と広瀬さんはしきりにプログレの話をしている。ワンゲルで音楽の話って珍しい。広瀬さんが高校のころバンドをやっていたという衝撃の事実が明らかになる。9時前に就寝。


19日(日)晴れ
▲1 7:10-7:55タルミ8:05-8:50タルミ9:00-9:40白石峠(加入道ピストン、往復30分くらい)10:30-11:25タルミ11:45-12:20用木沢出合-12:40西丹沢自然教室14:00=(bus)=新松田
5:30起床。Lは少し気分が悪く、サイト中ずっと寝ていた。ごめんなさい。ぐだぐだしてしまい、出発は7:00を過ぎてしまった。末松さんは地図上の位置などがよく分かっていなかったようだが、これは地図のコピーが失敗していたせいもあったようだ。等高線がほとんど見えない。もっとはやく予備地図を渡すべきだった。今日は松崎に地図読みの指導もやってもらうことにする。最初のタルミで広瀬さんが「あのころは若かった」的な話をしていた。このあたりは雪がまだらに残っているが、歩く上では全く問題ない。白石峠に荷物をデポし、加入道をピストンする。このピークも展望がない。白石峠で、広瀬さんがポプラ新人賞をとるにはどうすればよいか、という話になる。とりあえず俳優になるか、EXILEに入るのが近道だろう、という結論になった。下りはEXILEの話が多い。途中見えた白石の滝は立派だった。白石とは大理石のことらしい。用木沢出合から20分ほど歩き、12:40ごろ西丹沢自然教室に着く。次のバスは14:00だったので、しばらく待たなければならなかった。末松さんのナッツやドライフルーツを食べて時間をつぶす。4時ごろ新松田に着いたが、ちょうどいい店も見当たらず、あまりお腹もすいていなかったので打ち上げなしで解散した。


感想
末松さんに一度山に来てもらおう、ということで出した企画。雪訓と重なってしまったこと、ジョゼフィーヌさんが体調を崩してしまったことなどから人数は少なかったが、それなりに楽しい企画になったのではないかと思う。レベル的にもちょうど良かったかと思うが、コースを決める段階でもう少し展望のことを考慮にいれるべきだったかもしれない。

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