2008年12月7日日曜日

二年雪訓 巻機山

2008年度山行No.39 二年雪訓 巻機山(12/6,7)
作成者:塚越
��:小松、白濱、L塚越
��:秋山、藤井、山岸
��:W伊佐、F大城、高橋、H塚田、E広瀬

もはや固定化しつつある二年雪訓@巻機山。去年のような富士山雪訓を企画するほどのエネルギーがLになかったのであっさりまっきーに決定。
とはいえ4年会の面々はいままで一度も積雪期の巻機山頂に立ったことがなかった。





12/5(金)土樽周辺は雨、塩沢駅では止んでいた
��雲天)22:55―23:15(小屋)
銀嶺タクシーのジャンボ\6,570+小型\4,250で塩沢駅から雲天へ。雪が全然ない。小屋前にわずかにちょぼちょぼあるだけ。アプローチ中、伊佐の高層天図忘れが発覚。新幹線の遅れでこの日のうちに六日町まで来れそうになかった塚田は翌日バスで合流する手筈であった。ビーコン訓練用に持ってきたピープスが使えない、ということでビーコン訓練は小屋周辺で行うこととする。
12/6(土)雪
��小屋)7:10―7:20(三合目)―8:00(1,050m付近)8:10―8:45(1,200m付近)9:05―10:05(六合目)10:20―11:05(七合目、▲BC)
朝起きたら塚田がいた。どうやら夜中のうちにタクシーで来たらしい。急いで出発。急いでトイレに入った藤井はそのまま小屋にコンパス・マップケースを忘れる。予備地図もマップケースに入れていたので忘れる。非常用パックに予備コンパスが入っていないことも後に発覚。
登山道に入ってからも三合目まではほとんど雪がない。五合目を過ぎても夏道通りに行く。伊佐が初冬と同様に最初のピッチでへばっているのは残念である。しかし荷は抜かない。これは愛の鞭である。途中1200m付近でワカンをつけ、ラジオを聴くために長めにたるむ。ラジオが新潟県全域での雷注意報を知らせるが、そんな風には見えない。雪は降ったり止んだりで、時々晴れ間が見られる。六合目でも天気予報を得るために長めにたるむ。電波が3本たったがネットはできない。緊急連絡先の伊藤にピンポイント予報を調べてもらおうとするが電波が不安定なので諦める。仕方ないので限界下で幕営することにするが、ちょうど日が出てきて視界も晴れ、とても残念な気分になる。
七合目直下でテントを張った後、歩いて1分もしない七合目の広場で雪訓を行う。積雪は70cm。いつになくメリハリのきいた訓練でLは満足。
12:00~13:20アイピケ歩行、滑落停止
13:40~15:40支点作成、搬出
伊佐のラジオ忘れが発覚。広瀬の漏斗忘れが発覚。雪訓中は雪であったが、気温は低くなく、風も弱かった。夜テントの外に出たら星空が見えた。そして夕食の石狩鍋は旨かった。
12/7(日)雪のち晴れ
��▲BC)6:30―6:50(1700m付近わかん→アイゼン)7:05―7:35(ニセ巻)―7:40(避難小屋)7:45―8:10(巻機山)8:20―8:35(避難小屋)―8:45(ニセ巻)―9:10(▲BC)9:55―10:10(六合目)―10:40(五合目)10:55―11:50(小屋)
サイトが早い。ジジ天の茶飯作りが負けてしまうほど早い。しかしテントの外に出てからの準備が遅いのが気になる。夜中のうちに雪が30cmほど積もっていた。雪はまだ降っている。しかし天気は回復傾向であったのでピークを目指す。急かしたらほぼ読みどおりに行ってくれる。避難小屋は入口が板でふさがれていて使えない状態だった。リミットぎりぎりでピークに到着。ワンゲルでは聖地と呼んでいるところだけれど看板があるからピークでいいのだ。記念撮影をしてさっさと下る。
ニセ巻あたりから空が明るくなってきたと思ったら、ガスの下にでた辺り(9:00ごろ)で一気に視界が広がり、空がみるみる晴れていく。高気圧到来。日本海、妙高火打、北アまでもが見える。気分が頗る良い。
撤収して小屋に戻る。五合目以下では雪が減っていた。昨夜も下では雨だったのかもしれない。小屋前でビーコン訓練をやるつもりだったが、雪が相変わらずないので断念し、SABのみをやって帰る。ビーコン訓練は12月合宿でたくさんやることになる。雲天では相変わらずいろいろ頂いてしまった。ハイライトはいのしし肉の煮込み。
まとめ
雪訓でありながらなかなか楽しい山行であった。自分は3度目の巻機雪訓にして初めてピークに立てたのでうれしい。雪が少なかったからこそできたことだとも思う。ここ4年間使われてきたピッチ読みは結構な甘読みである。トップは頑張ってくれた。
ただ訓練としては不十分であったと言わざるを得ない。ビーコン訓練ができなかったのは痛い。一年雪訓、12月合宿では気合を入れよう。
そして忘れ物の多さが気になる。

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