2008年6月15日日曜日

刃物ヶ崎

上級生薮トレ、刃物ヶ崎FB 山行No.11 木村

メンバー:カッコ内は沢経験

��L木村(L)、長谷川(L)、3秋山(L)、山岸(被)、藤井(未)、2大城(被)、広瀬(被)、塚田(初・4日)、高橋(未)


刃物ヶ崎という山がもつ意味は、語るに尽くせない。

矢木沢以奥で唯一"壁"の字を冠する刃物ヶ崎東壁、岳人マイナー12名山で赤倉・小穂口山と競り負けて名山入りしなかった経緯。

我が部における二度に至る敗退の過去や某OBが奥利根放浪の最後に立った峰。

初めての薮山行のネコブで得た、四方を山に囲まれ、自然に抱かれるあの感覚。

数々の意味が"奥利根の特異点"としての刃物ヶ崎をかたち作るが、それだけならその意味も日常に殺されていただろう。

結局のところ、我々を薮に囲まれた孤峰に連れて行ってくれるのは、ただただ、"行きたい"というプリミティブな衝動なのだ。



/13(金)曇り
越後湯沢ー塩沢ー清水2250ー追分ー2340(林道途中)▲0
上級生薮トレなので越後湯沢集合。藤井、高橋はリカバー。湯沢で塚田の下界訓練。
藤井、高橋はすでに御殿下で済ませている。山岸はなぜか車内で下界訓練をしていた。顰蹙買うからやめて欲しい。広瀬は訓練に参加すらしていなかった。塩沢で降り、雲天に計画書を提出後、追分に向かうも清水のゲートが封鎖されている。仕方ないのでここから歩き。ジャンタク7700円だった。そのうち歩いているとたまに道が水没していたりする。サンダルで渡ったが、足が冷たい。いつの間にか追分を過ぎ、工事車両と一般道との分岐をちょっと過ぎて、急に道が悪くなったところでテントなしで寝た。
6/14(土)明け方小雨曇りのち晴れ
▲1 04:05-(たるみ)-0620檜倉山西尾根取り付き0630ー0700 1130m 0715-0805 1370m 0815-0910 1500m 0925-(キジ)-1030 1600m 1040-1130 檜倉山池溏 1150-1230 刃物分岐 1250-1350 p1575手前 1400-1455 1550m 1505-1545 p1530 1555-1645最低鞍部▲2
明け方小雨が降るも起きたのはLと秋山だけ。寝不足。起床して歩き始める。思ったより道が悪い。最初檜倉沢で水を汲むつもりだったが、工事中で汚染されてるかもしれないので途中の支沢で組む。そのうちペイントが登川の沢床に降りたり、薮に入ったりを繰り返してるうちに迷ってしまう。登川本流はナメが綺麗だった。ちょうどトラバース薮漕ぎをさせられる形になり、非常に萎える。塚田は薮初参加なのに水5発持って行動しているので消耗していた。結局最後の堰堤の先で沢床に降り、檜倉沢を出合いから遡行して工事現場に至る。右岸に整備されたでかい階段が見え、さらに萎えた。結局山道には戻らず、檜倉西尾根の最下部から取り付き、登山道を横切ったところでたるむ。薮入り前に無駄に消耗してしまった。塚田はかわいそうなので5発目は長谷川に持ってもらう。30分ほど登ったところで藤井が足を捻る。イラっとくるが水3発を抜いて秋山、山岸、大城が水5発になる。その後藤井はペースを落とさず登ってくれた。山岸がしっかり指導してくれるのでLはネマガリタケの採集に集中できた。1200mで旧酷道、もとい国道を横切る。1300m位まで美しい原生林を行き、薮も下草程度。1500mから雪渓がたまにある。Lはここのところ山に来るたびに腹を壊している。ちゃんとブキは洗っているのにおかしい。キジ撃ってたるみ。1600m付近が植生限界。その付近から濃い笹主体の薮だったのでここでラッセル陣形に組みなおす。快調に進む。徐々に潅木主体になってラッセルの効果は薄れたが、もうすぐ稜線が近いことの証だ。さらに群生した石楠花の合間を縫って笹をこぎ稜線に至る。この植生の変化は幻湿原とまったく変わらない。檜倉の池溏は思ったより大きく、澄んでいる。癒された。アメンボか何かの卵が房のような形をして沈んでいる。池溏の水は煮沸したら飲めそうだ。今回は水を一人4発持ち上げたのでパス。写真撮影をして出発。天気も晴れて来る。刃物分岐でちょっと前に落ちた塚田が離れているのでたるみにする。新潟側は雲がかかっているが奥利根は最高の晴天。目指す刃物ヶ崎、上州武尊、日光白根〜皇海の稜線の一部、至仏、燧、白沢山、平ヶ岳まで見える。この風景を前にして薮をこぐのだから楽しくないわけがない。満足。刃物ヶ崎の右の尾根に岩が露出しているところが見えたが、これは結局核心ではなかった。刃物ヶ崎尾根も濃くない薮で快調に進んでいく。途中1580mピョコで間違い尾根を見に行った秋山が尾根に戻らずトラバース中に、進行角度を告げたため、トップがこれに従い、結果落ちてしまった。さすがに10ピッチ目から疲労が出てくる。p1512まで延ばすつもりだったが最低鞍部の南側にあった棚状雪渓を整地してサイトにする。偵察に出した長谷川、藤井によると、鞍部の北側の薮の中にも適地はあったらしいが、雪渓の上の快適さには適わない。しかも南方には武尊が見える。水が余ったのでカレーのほかに、ジジ天でコンソメスープネマガリ入りをつくり、ネマガリのマヨネーズ和えとともに頂く。美味。ネマガリたくさん取った甲斐があったものだ。就寝。7時間しか練れない。
6/15(日)晴れ
▲2 0430-0520 1540mピョコ 0530-0635 刃物ヶ崎 0700-0835 鞍部の西の1740mベロ 0855-0930 1450mベロ先端 0940-1020 鞍部の東の1470mベロ 1030-1120 家の串西峰 1130-1220 1400m 1230-1320 1320mピョコ 1330-1420 1250m鞍部 1430-1530 p1113-1600 p1009-1640 矢木沢ダム
��時起床。ラーメン餅が美味。さすがに上級生だけなので時間通りに出れる。気持ち昨日より濃いような気がする。結局刃物分岐と刃物と家の串の二つの鞍部間はやや濃く感じた。それほどでもないけど。p1512は岩峰で北側から回り込んで薮に取り付いてもいいし、沢N以上なら岩にアタックも可。さらに登って刃物の肩の雪渓に出る。意外とかかったが頂上へ至る。周りは晴れており、昨日挙げた山々に大烏帽子、柄沢山、巻機、果ては檜倉乗越から北アまで見える。今年の平巻夏合宿稜線の一部も見えている。長谷川が赤布を打ち、みんなで写真撮影。本体は山頂でたるむも、秋山、長谷川を工作に延ばす。結構苦戦しているらしく、工作箇所も多そうなので、山岸、広瀬を応援に出す。ようやくOKが出たので0730本体出発。まずは薮の中を急登を下っていく。そのうち矢木沢側の土のルンゼを5mほど手がかりで下降(下がテラスになっていて落ちても大丈夫。稜線上は絶壁で通れない)し、稜線に戻って長谷川の打った赤布を追う。左手に見える刃物ヶ崎東壁の迫力がすごい。スリングを回収する沢Lが僕しかいないので、隊が伸びてしまった。
追いついたところが最大の核心となる10m岩場。まず上部の土壁を手がかり(土壁の上と中間点の松で連結して振れないようにしていた)で稜線上を降り、下部は矢木沢側に岩壁を手がかりで下った後、その手がかりを振り子にして稜線へ戻る。かなり高度感があり、落ちたら8mほど岩壁を転がった後、冬期の雪の重みで下向きに生えているブッシュに突っ込み、それで止まらなかったら矢木沢の魚の餌になること間違いないだ。藤井は高度感から息を荒くしていてこっちが動揺した。確かにこれは想定外だが、頼むから事故を起こさないでくれと思った。藤井がひとまず通過して安心したが、トップがザイルではなくスリングをカラビナ連結で手がかりを出したせいで、僕はこれを回収しなければならない。スリングダブルで降りようとも思ったが、なんせブッシュの中なので支点付近でカラビナがひっかかってしまう。上部はうまく回収できたが、下部は引っかかってしまったので一旦フリーで降りた。怖すぎ。だいぶ先で核心を抜けて、昨日見えた岩の露出帯にでたトップに弛ませて文句を言う。長谷川「でも俺そこフリーで降りたし」。ザックをおいて回収に戻る。怖すぎ。ここは回収者のことを考えなくても、沢初心者は懸垂下降で通すべきだ。雨が降ってなくて本当によかった。Lが240cmロープを何個もたたんでいるうちに初心者は核心を抜けたようだ。Lも追う。最後は97年にザックを落とした事故のあったローソク岩のある岩場。これは矢木沢側に土の溝をザイル手がかりで下降し、ブッシュの上をフリーでトラバースさせたらしい。Lはフリー。97年の資料をみて思っていたよりは悪くないトラバースだ。適切な処置だろう。やっと隊に合流する。秋山は残値ロープがあったことに感動していた。しかしこの核心には疲れた。。。家の串との鞍部近辺では巨大な松の下に石楠花が生えていて鬱陶しい。家の串側の1470mベロにはサイト適地があった。家の串西峰も眺望良し。家の串東峰では大城が間違い尾根に入ったらしく、トップがそれに続いていた。自分でコンパス切ってれば4人ともがミスするはすがないのに。Docomoでタクシーを呼ぶ。トップがあまり散開しないので、薄い場所があるのに稜線を行っている。今まで細い稜線の薮ばかり行っていたのが祟った。細い稜線なら稜線をはずすとリカバーに苦労するが太い稜線だと薄薮を縫うように勧めるのだが、これは盲点だった。1320mピョコから下は薄い。ここの下りは要RF。その下の1250mピョコからの下りも難しい。両方ともトップが芋って思ったより時間がかかった。このままではタクシーに間に合わないと130分ピッチを敢行。鉄塔から30mほど踏み跡を歩いて駐車場に出る。10分遅れで運ちゃんがイライラしていた。タクシーで水上へ。中型2台で2万弱ほど。水上の町営温泉に入って打ち上げ。Lのカツ丼は虫が入っていたのでタダ。さっきまで薮漕いでた奴が何言ってんだか。。。

登川のナメ、檜倉の池溏、多様な植生、刃物ヶ崎からの展望、核心の岩薮など、かなり変化に飛んだコースでこれぞバリエーションという感じの山行だった。このルートは濃さはそんなにないが薄くもなく、RF的には非常に経験をつめるし、今後も利用価値のあるルートだと思う。1泊2日でいける薮でこれ以上のコースはないのではないか。二泊三日用意できるなら国境稜線からの往復で誰でも連れて行ける。一泊二日で行こうと思うなら、2年以上か、薮合宿を済ませた1年で面子を絞って望みたいところだ。もちろん周到な下界訓練や、沢Lの頭数も必要だろう。雨が降ってもだめだし。しかし刃物ヶ崎稜線で得られる大パノラマはそれを補って余りあるものがあるはずだ。
トップ全員にいえることだが、疲れたときこそ果敢に落ちよう。
まとめ
��.隊運営
今企画は夏合宿の平巻縦走を見越して、Lとなる山岸の手本となる隊運営を心がけた。
��1)隊の迅速化
・負傷者、消耗者への迅速な対応
藤井が足を捻った時にはすぐに水を抜いた。水3発抜いたのは多かったかもしれないが、隊の歩荷力に余裕があったので、一度多めに抜いて、後から藤井に戻した。結果隊は進行速度を落とさずに進め、藤井の回復も早かったように思える。またトップで落ちて消耗したものはしばらく本体後部にとどめた。
・隊の律速の把握
隊の進行が鈍った際、その原因がどこにあるのか、前方に聞き、消耗の程度を確認した。
��2)事故の未然の予防
・事故を起こしやすい状況
その日の行程の終わり近くなどでは、疲労と緊張感の緩みから思わぬミスを起こしやすい。
注意の呼びかけや藪めがねの着用を徹底するのが重要である。
ex.ETWAS95三国峠〜白砂山ではサイト場である白砂山目前で目つきを起こしており、
事故報告書ではその原因として、藪めがねをかけていなかったこと、疲労、気の緩みを挙げている。
ex.2006年GW中ア残雪企画の滑落事故もロングピッチからくる疲労が一因とされた。
��3)ピッチコントロール
・朝一は40分ピッチ
近年では忘れられつつあるが、かつてこのような習慣もあった。
・急激な気温の上昇にショートピッチで対応
��日目10時ごろは急激に気温が上昇し、限界上ゆえに直射日光を浴びることになった。
・核心部でやむを得ずロングピッチを切ってしまったので次のピッチは短く切った。
核心部でのロングピッチは望ましくないが、今回は常にリッジ上で仕方なかったように思われる。
ロングピッチはどんな状況でも反動があるので、やむを得ず切るときはそれを軽減することが重要だろう。
・行程終わりでのロングピッチ
単にタクシーに間に合わせたかっただけだが、ロングピッチの反動を軽減できる。
��4)ラッセル陣形
L権者には周知のことと思われるが、藪漕ぎにおいてラッセル陣形が効果を発揮するのは以下の状況をすべて満たす時である。
・笹主体の濃い藪(潅木では効果半減)
・登りあるいはRFの必要のない平地
・あたり一面が濃い(RFしても薄い場所が見当たらない)
��.核心部についての反省
��1)隊がLの手を離れていた件
・トップとの意思疎通
工作に出した秋山、長谷川は沢L権者でもあり、進退判断できる能力を持っていたはずだが、危険度が審議で想定の度合いを超えた場合に、Lに進退の是非を問うよう、Lは含ませるべきだったし、トップもまたLに確認を取るべきだった。
・隊列の乱れ
最終的に時間短縮のため工作には4人出したが、そのため隊が伸びてしまい、最も多くの情報を持つトップとの意思疎通が図りにくくなった。
薮中とはいえ核心でトップを伸ばしすぎたのはよくなかった。しかも工作を回収するのがLだけとなったのでさらに隊が伸びる原因となった。
・以上のことから来る判断の遅れ
今回工作したのは3箇所で、リッジ矢木沢側のルンゼで手がかり、10mの岩場で手がかり×2+振り子、ローソク岩周辺でザイル手がかりを出した。
このうち、10m岩場が最大の核心であり、自分が下降した感触として(審議で想定外の)懸垂下降が必要と思われたが、自分が下降したころにはトップは核心を抜けていたので、進むしかなかった。
今回の場合、進退は半々でどちらが正しいとも思わないが、Lが進退判断をする機会を逸したという事態は重く見るべきだろう。
・Maxという制度の限界
こうしたことを招いた背景として、隊に「撤退はない」という意識があったと思われる。Maxを超えていたことはこの意識を裏付けるものであった。しかし、最深部近くに核心があった場合、進退判断にMax(=時間的距離)を利用する我が部の制度に限界があることは、89年の野岩国境夏合宿でも指摘されている。こうした状況下では不確実性や危険性を加味した実質的なMaxを通常のMaxとは別に設定して進退判断に生かすのも有効かもしれない。
��2)現場の安全確保
・Lの隊運営のミスによる、初心者のケア要員の不足
これはLがトップを4人出してしまったからだが、初心者3名に対して、大城、Lのみがケア要員だった。幸い、山岸がLの意に反して本体誘導的役割を果たしていたが、大城はケア経験が少なく思ったより役に立たなかった。
Lがトップに4人出したのはRF・工作に長谷川、秋山が手間取っていたからだが、結果的に言えば、安全性とコミュニケーションを重視して本体に広瀬、山岸を留めておくべきだった。
・トップの工作判断のミス
核心上部は手がかりで降りたものの、その手がかりに体重を預ける際に身を乗り出さなければならず、初心者は怖い思いをしていた。Lも怖かったので、あそこは最低限セルフビレーしてから手がかりに体重をのせるよう指示しなければならなかった。
またここで滑落したら命の保証はないので、できれば懸垂下降、最低でも手がかりの末端をビレーループに連結すべきだっただろう。ただ、全員懸垂下降をするには中間の平地が狭かったので何らかの工夫が必要だ。
核心下部も同様、命の保証がないので、手がかりの末端で確保するくらいはしてほしかった。回收したLは下部は稜線上を行くのが良かったようだ。
・情報が少ない地点におけるプレッシャー
この核心についてはローソク岩の岩場しか具体的な情報がなかった。
トップによれば、核心で懸垂下降しているときりがないと思ったそうである。Lも時間を気にしていた故にミスをおかしてしまった。一概には言えないが、こういう状況下で働くプレッシャーがミスを誘発するのは覚えておいてよいだろう。
��3)審議時における判断の甘さ
・地形に対する認識の甘さ
審議では懸垂下降することは無いと思われていたが、実際には一箇所要懸垂の場所があった。
下界訓練時にはFix通過訓練とハーフグローブでの懸垂下降の形の確認はしたが、
審議でのことがあったため、ウォールでの下降はしなかった。(沢初心者の山行参加条件にはfix通過訓練しか含めていなかった)
10m岩場では藤井が高度感からかなり消耗していたが、ウォールでの下降をやっていればましだったかもしれない。
・メンバーに対する認識の甘さ
メンバーで沢未経験の藤井は槍穂を縦走しているので楽観していたが、
核心での藤井の動揺は想定外だった。藤井曰く、「自分の経験をはるかに超えています」。沢経験のある塚田は後から聞くには怖かったらしいが、冷静に対処していたように思える。
大切戸といえど一般山道とバリエーションルートの隔絶は思ったより大きい。
また沢Lがもう一人欲しかったとも思った。慣例に従えば、L権者>初心者ということで4名要っただろう。
核心の写真についての説明
SANY0036.jpg
一枚目の写真は核心上部から下を撮ったものです。
一番手前のスリングが塚田の下あたりの木と連結されていました。
黄色いザックカバーが高橋で手がかり降下→振り子トラバースの途中です。
一番奥に見える岩の露出帯のが安全地帯で、僕が写真の大城の位置まで来たときにはトップは安全地帯に抜けてました。
ここからはローソク岩の岩場は見えてません。
二枚目の写真について
SANY0037.jpg
安全地帯から核心を撮ったものです。左が矢木沢側。
手前の地面が露出しているところがローソク岩の岩場で、ちょうどその上のブッシュの影が投影されている土の溝沿いに下のブッシュまで降下してブッシュ沿いにトラバースしました。降下距離は4~5mくらい。
奥の岩峰が核心。一番上の支点にした松の木が見えています。その下の松が中間支点でそこから矢木沢側に降りてトラバースしました。
一番奥が刃物ヶ崎。

1 件のコメント:

  1. 興味深く読みました。
    コメントします。
    Lの権限について、トーンが強めていこうとする感じなので、この点、気になります。
    → 沢L3人のうち、2人が前に出すぎたのでは?
      トップは沢L1人と被養成者1人のペアがベターではないか?
    Lの意志なしで、うまく隊が動いていくのがベストだと思うので、そのような体制をめざすとよいと思います。かげでの操作のしかたはいろいろあると思います。  
    あとは、まわりの部員の意見もいいところもあると思うので尊重するようにしたほうがいいと思います。
    以上です。

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